176.みんなの前で言っちゃいました


 終業式。 

 あぁ、なんと素敵な響きだろうか。

 長期間の休みに入る最後の学校の日。

 この日は授業なんて何もなく、体育館でお偉い人の話を聞いてちょこっと掃除をするだけで終わる最高の日だ。その後生徒たちを縛るものは何もなく昼前には解放されるスケジュール。大抵の場合生徒たちはその後の休みという最高の日々にかまけてカラオケ行ったりボウリング行ったりして遊ぶことが多いだろう。そうでなくとも家でノンビリと日々を謳歌する。そういったのも大いにアリだ。


 かくいう俺も、普段は学校が終わるやいなや速攻で家に帰るタイプだ。

 いや、正確にいえば道中スーパーによってお菓子やらジュースやらコーヒー豆やら買い込んで一人パソコンの前で宴をすることが多いのだが、まぁちょっとした誤差である。今回の肝はそういった長期休みを前にして誰も彼も浮足立っているということである。


 早朝、日が顔を出してまだ間もない時間帯。

 辺りは寒くまるで身体の芯から凍りつくんじゃないかと思うくらいの冷気に覆われたこの街。

 家を出る前に見た天気予報によるとどうやら日中はマトモでも夜には氷点下に達すると言っていた。普段雪の降らない地域ではあるが、もしかしたらということもありうるとのこと。


 まるで極寒の地、ゲームなら最終盤、ドラゴン属ならダメージ2倍、下手すりゃ地面属性と相まって4倍になってしまいそうな極寒の地となってしまったこの街と朝だが、誰も彼もそんな寒さに震えて目線を下げている生徒などいなかった。

 辺りには俺と同じく今学期最後の登校をしようと同じ方向を向いて歩く仲間達の姿が。

 彼ら彼女らは普段……特に月曜日なんか目線を下げてまるでこの世の終わりかと思うくらい鬱まっしぐらの様相をしていたが今日は違う。誰も彼も楽しげに、合流した仲間たちと会話を楽しみながら歩いていた。

 耳を澄ましてみれば聴こえてくるのは今後の予定のこと。年末どこに行くだとか、クリスマス何するだとか、この後どこに行くだとかそういったことばかりだ。その口調に暗いものなど一切感じられない………いや失礼。部活に精を出している生徒は誘いを断るため申し訳無さそうに、そして少し暗い様子だ。しかしそれを除けば大抵の生徒たちは目の奥が光り輝いていて明るい未来を見据えている。


 俺だって同じだ。

 ともに歩く友人は居らずともその目はまっすぐ正面を見据えている。

 辛いテストを越え、授業を越え、マラソンを越え。長い長い学校生活の中ようやくたどり着いたひとときの休息である冬休みを前にして俺も気が落ちる要素なんて1つたりとも見えなかった。

 辺りにはこの後のスケジュールを話す生徒たちが沢山いるが俺だって予定は埋まっているから問題ない。むしろ安息の時があるかどうか心配になるくらいだ。


 何だかんだ言いながら楽しみにしている日常、そして今日の予定。これからの事を楽しみにしながら歩いていればもう目の前には学校が現れていた。

 今年入学して早8ヶ月とちょっと。あっという間の日々であり長くも感じた日々。けれど今日の登校で今年は最後だ。そう気を改めながら校門を抜け校舎への一歩を力強く踏み出していく。



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



「あの姿は………」


 学校に到着してから暫く。

 校門を抜け、昇降口で靴を履き替えてから教室までの道のり。

 少なくとも100回は同じことを繰り返したお陰で目をつむっても辿り着けそうないつもの道を辿っていると、教室というゴールの直前で見慣れた後ろ姿があることに気がついた。

 きっと俺も浮足立って歩くペースが早くなっていたのだろう。朝早くから会えたその姿に嬉しく思いながら声をかけようと自らの口をゆっくり開いていく。


「麻由加さん!おはよう!」

「!! 陽紀くん。おはようござ――――」

「やっほ~!麻由加ちゃぁん!! おっはよぉ~!!」


 声をかけた相手は麻由加さん。彼女のその声に気付き、ゆっくり振り返ったかと思えば、彼女が入ろうとしていた扉から、周りの5割増しくらいの声量を伴い突如として出現した影が麻由加さんに激突した。

 丁度振り返るさなか。麻由加さんの目線が扉を通る瞬間。だからこそ彼女の受け止めも間に合ったのだろう。殆ど反射的に開いた腕の中に収まったのは昨日、ゲーム部の出し物で会場を盛り上げ、更に俺たちを匿ってくれた司会の女生徒だった。

 文字どおりの飛びつき。それをなんとかキャッチした麻由加さんは互いに目を見合わせ合う。


「誰かと思えば鈴さんでしたか。おはようございます」

「おっはよぉ! いやぁ、いい朝だねぇ。すっごく寒いけど!!」


 誰かと思えばあの人が鈴さんか。麻由加さんとの会話で度々出てくる友人。話したことはなく顔も知らなかったけど、初めて名前と顔が一致した。

 歩いていた足を止めた俺は少し遠巻きに2人の様子を眺める。飛び込んだ鈴さんなる人物も引き剥がされて寒そうにジェスチャーしている。


「そうですね。私も今日は寒くてベッドから出るのがとても億劫になりましたよ」

「麻由加ちゃんでもそんなふうになるんだぁ。てかあれ?さっき誰かに話しかけようとしてなかった?」

「あ、はい。それはすぐそこに陽紀くんが―――――」

「名取さん!おはようっ!!」

「――――きゃっ!!」


 再びの麻由加さんキャンセル。

 鈴さんに促されてこちらにもう一度視線を動かそうとしていた麻由加さんだったが、それは叶わずまたも教室から現れた人物によって彼女の言葉は途切れさせられ小さく悲鳴を上げる程度に留まらせてしまった。

 しかも教室から出てきたのは1人だけじゃない。1人……2人……3人……もっと。10人弱ほどの人が突如として出てきてあっという間に彼女と取り囲んでしまう。


「えっと……皆さんどうなさいました?」

「聞いたよ!昨日あの水瀬 若葉とゲームしたって!?」

「あっ……その……はい」


 わぁ!!

 と取り囲んでいた面々が彼女の頷きに合わせて一気に沸き立つ。

 昨日の文化部フェスティバル。その個人的目玉イベントであるゲーム部の催し。そこで若葉が乱入したとおもったらまさかの正体を晒すというトンデモイベントとなってしまった。

 あの後SNSを回ってみたが案の定情報は出回っていた。しかし肝心の証拠となる写真が無かったため、もしくは変装状態で撮られていたため祭りや大炎上は回避できていた。案外若葉は暴走状態でも写真に対しては気を使っていたらしい。

 だから安心していたが、学校という狭いコミュニティの中じゃ当然広まってるよな。更に麻由加さんが対戦したってことも。


「それにあと一歩のところまで追い詰めたんだって!?ゲーム部部長を赤子のように捻った水瀬 若葉を!」

「え~!?私は追い詰めたけどアッチが命乞いしたからトドメ刺さなかったから不意打ちで負けたって聞いたよ~!」

「いやいや、私は学校側がイベントを盛り上げるために大枚はたいて呼んだのを名取さんが接待したって――――」


 どうしても噂というものには尾ひれがつく。

 最初はまともな情報だったのに後になればなるほど訳の分からない情報が付随してしまっている。

 学校側が呼んだ……?いや、あれはただ若葉自身が暴走しただけだ。


「いえっ、私は単純に負けただけで、全然……」

「でも知らなかったな~!名取さんってゲームも上手なんだね!全然そんな印象なかったよ!」

「そうそう!いっつも本読んでたから正直話しにくくってさ!私達とは住む世界が違うっていうの?そう思ってたんだけど案外俗世的な趣味もあるんだね!」


 人は、人と違う趣味を持つもの、そして明らかに情報がない人については直接関わりにくいものだ。

 それは話しても意味がないから、もしくは情報がないという事自体が怖いから。だから彼女は遠巻きに見られていたのだろう。"深層の令嬢"などと言われて。

 そんな彼女だがゲームという誰しもがとっつきやすい趣味を持ち、話の取っ掛かりを得ればこの通り、人が集まっていくものだ。当の本人は上手く会話に入れず右往左往しているが。


 そんな折、誰かが叩いたパァン!という手のひら同士を叩く音が群の中から突如上がる。


「そうだ!丁度今日終業式でお昼フリーだし、みんなでカラオケでも行かない!?もちろん名取さんも一緒に!!」


 それは誰が発したか、人混みの中での突然の提案だった。

 まさかそこまで話が進むとは思わず麻由加さんは驚きを口にするもその場の空気は一斉に今後のことへと話題が切り替わる。

 どこに行くだとか誰が誰を呼ぶだとかあっという間にその群は1つの個となり新たな人を呼んでいく。女子だけだった手段が『あの深層の令嬢が行くなら』と男子も加わり、麻由加さんが返事をする暇もなくあっという間に集団と化してしまった。


 これは少し不味い流れかもしれない。

 麻由加さんが行きたいなら全然いい。それを望むなら俺たちとの予定を蹴ったって構わない。

 けれど彼女自身が行くとうなずいていない。ただ返事をする間もなく話が進んでしまっているのだ。


 人というのは集まれば集まるほど個人の考えが通しにくくなる。大抵その中の誰かが自然に代表となり、その人の意思で物事が動くようになってしまうのだ。今だって麻由加さんという個人の話は遠くなり、誰かの先導する声ばかりが聴こえてくる。

 遠くから見ていればどんどん人が集まっていき中心にいるであろう彼女の姿が見えなくなってしまった。これは無理やり押しのけて一言いうべきか――――


「――――あ、あのっ!!すみません!!!」


 俺が意を決して一歩踏み出そうとしたその時、集団の中から突然張り上げるような、そして透き通る声が廊下に響いた。

 声の主は間違いなく麻由加さん。彼女が突然端を発したことに皆一様に驚いて彼女の次の言葉を待つ。


「すみません。私、今日学校終わったら用事がありますので」

「そうなの?それって誰かと遊びに行く約束とか?」

「………はい」

「なら丁度いいじゃん!その人も一緒に私達と行くってことでさっ!みんなで一緒に騒いだらきっと楽しいよっ!!」


 きっと、主導する人にとっては何一つ悪意なんて無いのだろう。

 楽しい方楽しい方へと流される人にとって単純に大人数で騒ぐ事自体が楽しい。そういう見方だってもちろんある。

 ただ俺のように一人ないし少人数で十分と言える人にとってそれは理解し難いものなのだ。その認識の違い、理解の差が問題となることがある。この場合流されて行った結果やっぱり楽しくなくてつまらないまま帰るということだってありうるだろう。


 けれど彼女は流されない。いつの間にか人混みを抜け出していた麻由加さんは、遠巻きに集団を眺めていた俺を見つけると急いで駆け寄ってきてその腕を取って抱きしめる。


「ありがとうございます。その提案はとても嬉しいのですが、私は彼と一緒に過ごす予定なので」


 それは一種の宣言と同じものだった。

 終業式後、クリスマスイブ。そんな日に男女二人きりで遊びに行くということはどういうことかくらい高校生なら誰しもが理解していることだろう。

 ギュッと俺の腕を抱き曇りなき眼で見据える集団の皆々様。そのうちの一人、主導していたであろう女生徒が前に出る。


「えっと……名取さん。 もしかしてその……そういうことだったり?」

「いえ。"今は"まだ違いますが………いつかは絶対に」

「………そっか」


 主語のない会話。けれど2人にとってはその意味を問いかける必要もなかった。

 フッと笑みを浮かべて集団側に振り向いた女性とはパン!と手を叩き仕切り直すように大声で告げる。


「やっぱりカラオケは解散!そしてもう一回点呼! 騒ぎたい人!それと名取さんにフラレて寂しい人はワンチャンすら無いからモテないみんなで遊びに行くよっ!!」


 今度は麻由加さん抜きで行われていく遊びの集まり。

 やっぱり。悪い人じゃなかった。話せばわかってくれるんだ。女生徒は主題を変えても着々と放課後遊びに行く集団を形成していく。むしろ今度は男子生徒がより増えてさっきよりも大所帯だ。


「えへへ、みんなの前で言っちゃいました」


 ふと隣から聞こえるは麻由加さんのはにかむ笑みと声。

 そうだな……言っちゃったな……。


「でも、後悔なんて無いんでしょ?」

「もちろんです。陽紀君が嫌って言っても若葉さんのように離れませんから」

「そりゃあ大変だなぁ。俺が一人でクリスマスを過ごす日はこれからこなさそうだ」

「ふふっ、当然ですっ。 これから一生、陽紀くんに寂しい思いはさせませんよ!」


 遠くから集団を眺めつつも俺たちは互いに笑みをこぼす。

 その手は自然とどちらからともなく手を差し出し、そっと繋がれるのであった。

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