175.TPOを守れていないのは
「さて……何か言い残すことは?」
「うぅぅ………」
俺の前には一人の女の子が小さく丸まって座っている。
眼の前……正確には視線を下げた先にいるのは背中を丸めて視線を下げて唸りながら正座をする、金青の髪を持つ少女。
そんな彼女が何も言葉もないように唸りを上げながら涙目で俺を見上げてきた。
家での俺ならグッと来て適当に言葉を濁しながら何だかんだ許してしまいそうになるような潤んだ瞳。しかし今日ばかりは看過できないとその目をキッと見つめ返――――やっぱダメ。なんか恥ずかしくなって目を逸しちゃう。
そして俺の目逸しを好機と見たのか、彼女は丸めていた背筋をピンと伸ばして言い放つ。
「確かに暴走しちゃったのは私だけど………後悔もないしむしろ誇らしいと思ってるよ!!」
「だ・か・らっ!それで怪我人が出たらどうするつもりだったんだぁぁぁ!!」
「わぁ~~!! ごめんなさいごめんなさい!!頭グシャグシャしないでぇ~!!」
反省も後悔も無い今回の元凶。
そんな彼女の髪をグッシャグシャにしてやるとようやくその口から反省の弁が出てきはじめた。
ここはパソコン室に隣接する準備室。
本来ならパソコンの授業をする教員が準備をするために詰める場所。
しかし今日は文化部フェスティバル。その場所はパソコン部が出し物の準備をするための控室と化していた。
辺りには私物であろうバッグ、そしてノートパソコンや周辺機器の数々。オマケに予定されているであろうゲームのパッケージなどが並んでいる。
扉の向こうから聞こえるは気を取り直して行われるイベントのゲーム音や歓声など。
そんな忙しいさなかにも関わらず俺は目の前の彼女に向かってお説教タイムを刻々としていた。
先程突然始まった若葉によるファン感謝祭。本当にゲリラ的に、誰にも正体を知られることなかった彼女が取った行動は、突然それまで隠していた変装をバラすことだった。
そんなことになれば辺りは騒然となるのは当然だ。こんな狭い町の小さな学校でも……いいや、逆に小さいからこそ噂は一気に駆け巡りパニック寸前となった。
生活指導の先生には大いに助けられた。あの鶴の一声がなければどうなっていたことか。今日のところは生徒ではなかったということもあってとりあえず不問。しかし俺に後ほど俺にはお説教が待っているだろう。
諌めてくれた先生と、そして一旦の隠れ場所としてここを提供してくれたパソコン部部長さんには感謝しか無い。「敗者は勝者を応援するものさ……」と哀愁たっぷりに語っていたのはそっとしておこう。
そんなこんなで若葉が正体を晒しても問題ない空間。俺は腕組みして正座する若葉と向かい合う。一応ここはカーペットだから正座でも痛くないはずだ。
「それで、なんで突然あんな正体を晒したんだ?」
「だってぇ……
まぁ……そんなことだろうと思った。
まだアイドル休止して2ヶ月ちょっとだもんな。そう簡単に癖は抜けないか。
勝負も白熱していたし、きっと勝負しているうちに当時の熱が戻ってきたのだろう。
「それに、陽紀君が通う学校だから、……ちゃんに負けないよう外堀―――――」
「うん?後半なんだって?」
「ううんっ!なんでも無い!!」
俺の通う学校が……なんだって?
それ以降ボソボソと言うに留めて肝心のところがサッパリ聞き取れなかった。
俺は今度こそ聞き取ろうと彼女の目線に会うようしゃがみ込み前のめりになって見せる。
「何かに負けないってのまでは聞こえたんだ。もう一回頼む。なんだって?」
「いや……それは……その……なんでも無いってばぁっ!!」
「うわっ!!」
――――腰据えて座ること無く、しゃがむだけに留めたことが今回の敗因だろう。
彼女の言葉を今度こそ聞き取ろうと問いかけた瞬間、彼女の手は俺の身体を押し込み2人揃って後ろへと倒れ込んでしまった。
声を上げながら倒れた俺はそのままバランスを崩して尻もちを。
そして押した本人である若葉は尻もちをつく俺の胸へ飛び込むように身体を突っ込んできた。
「……ってて。危ないじゃないか若葉」
「えへへ、ごめんね、恥ずかしくって突き飛ばしちゃった」
「まったく……。今日はなんだかさっきの暴走といい、ちょっと浮足立ってるよな」
「そうかな? そうかも。大好きな陽紀君の学校で色々な人とお話できたからかな?」
「…………」
"大好きな"という枕詞と胸元からのぞかせる満面の笑顔。それだけで俺の頬は熱くなるのを感じて目を逸らした。
臆面もなくそんな事を言える若葉。もはや何も隠す気が無い彼女はそのまま犬や猫のように俺の胸元へ顔を擦りつけてくる。
「むふ~。陽紀君ったらいい匂い~」
「ほら、今は学校なんだからそういうのはダメだって」
「え~。じゃあお家だったらいいの?」
「そういうのも違くてな……」
ちょっとした失言。家でもダメだ。むしろ何処でもダメだ。
「え~。じゃあ今だけっ!ほら、今は私達以外誰もいないんだしさっ!」
「ダメだって。そういう時に限ってタイミング悪く誰かが――――」
そう。こういう時に限って誰かが来る。
引き剥がそうとする俺と引っ付こうとする若葉。2人の攻防が繰り広げられるとガチャリと部屋のドアノブが回される音が…………
「あ~。あたしたちが居ないことをいいことに2人イチャイチャしてる~!」
「――――ほら来た」
やっぱりね。けど何だかんだ運は良かったみたいだ。
飛びかから現れるは2人。一人は妹の雪、もう一人は麻由加さん。若葉が隠れた後の様子を見て回ってくれていた2人だ。
傍から見れば今の俺たちは抱き合っている格好に見える危険な状態。。今この光景を人に見られたらヤバイと背中に冷たいものが走ったが、事情を知っている2人だと気付いてからはフッと肩の力が抜けていく。
「おにぃってばリアクション薄い~!あたしたちじゃなかったらどうするつもりだったの~!?」
「その時は大人しく若葉にプロレス技でも決めて誤魔化すよ」
「えっプロレスごっこ!?陽紀君私とプロレスごっこするの!?」
「若葉、ステイ」
なんだか最近若葉の脳内お花畑度が上がった気がする。
嫌われるよかよっぽど嬉しいんだけどね。嬉しいけどTPOって大事だっていう話。
「それで、外はどうだった?」
「うん。パソコン室は大丈夫そう。先生の一喝が効いたみたい」
「別の出し物をしているクラスメイトに聞いてみたのですが、やはり噂は止められていないようです。ですが今まで見つけられていないことからもう帰宅したという噂も結構流れています」
「そっか……ありがとう2人とも」
様子を見に行ってくれた2人。どうやら学校中に彼女の存在は知られてしまったようだ。
しかし帰ったと思われたのなら好都合。もう問題なさそうだ。若葉をここから帰す時はウチの担任……図書室の先生に頼めばフォローしてくれるだろう。
「それで2人は反省会終わった?そろそろ麻由加さんがご褒美におにぃの胸へ飛び込みたがってるよ」
「えぇ!? ゆ、雪さん!! そんな事私一言も……!」
「またまた~。あんなに言ってたじゃないですかぁ。おにぃとのデートが中断されて寂しいって」
「そ、それは……!だからといって飛び込みたいというわけでは……!!」
……そういえば今日は麻由加さんとデートしていたんだったな。
それなのに色々とあってすっかり中断してしまった。なら、俺も結構恥ずかしいけどここは我慢して――――
「――――麻由加さん」
「なっ、何でしょう陽紀くん!!」
「その……えっと……来る?」
「そ、それは………」
俺は立ち上がりつつ彼女に向けて手を広げる。
それはこの身全体で受け入れる体制。彼女のその意味にすぐ気づいたのだろう。しかし行動に移すには勇気が足りないようでチラチラと見てはくるも足は棒のようになって動かずにいる。
そしてそんな様子に痺れを切らしたお節介な妹が、ここに一人………。
「ほら麻由加さん!おにぃもそう言っていることなんですから!ほらほら!」
「わっ!雪さん!? そんな押さな……きゃあっ!」
「おっと」
俺と麻由加さんの距離を詰めるよう、グイグイと押していく雪。きっと最後の最後で思い切りひと押しに力を込めたのだろう。
グイッと直前で突然加速度を増す麻由加さん。そんな彼女に俺もその身で受け止めギュッと抱きしめる。
「大丈夫?麻由加さん」
「は、はい……。すみません突然。若葉さんといい感じでしたのに……」
俺たちはチラリと足元で座っている若葉を見る。
彼女はこちらを見上げつつ頬を膨らませてはいるが妨害する気配は見えない。
「む~。本当は勝者である私がって言いたいところだけど、デートの邪魔しちゃったのは事実だし……。今だけだよっ!」
「……はいっ!ありがとうございます、若葉さん」
こんなときでも感謝を忘れない麻由加さん。優しい。
その後も俺は彼女を胸に寄せてそっと抱きしめる。彼女の肩に手を回しながらTPO守れていないのは自分もだなぁと心の奥底で自嘲するのであった。
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