174.”正体不明”


『け……決着!けっちゃ~っくっ!やはり……やはり強かった!サドンデスまでもつれ込んだ熱戦を征したのは、"正体不明"のチャンピオン!!』


 ワァァァァ!!

 パソコン室にかつて無い程の熱狂が場を盛り上げる。

 "正体不明"という未知性、そしてほぼプロゲーマーの部長を撃破したという事実が人が人を呼ぶ結果となり、20前後しかいなかった観客が今や満室となってしまうというパソコン室。

 プロジェクターからつい先程まで表示されていたのは2人のプレイヤーが織りなす熾烈な争い。互いに今にもその首を狩ってやろうという気迫で攻撃を畳み掛けていた。


 このゲームのPvPは突き詰めれば詰将棋に近いものがある。攻撃を与え、自分の体力が減れば回復をし、相手の隙を見て一気に体力を削り取る。互いにそんな事を繰り返すものだから実力の拮抗した者同士の対決だとどうしても戦闘時間が長くなる。

 しかし集中力・読み間違い・単純な操作ミスなどちょっとしたことでその歯車が狂うのが戦局を大きく左右してしまう。最初は一進一退の拮抗した勝負だったが少しの歯車の違いが徐々に徐々に差が出始め、最終的に相手の攻撃をいなしきれなくなって撃破されてしまうのがこのゲームの特徴だ。

 もちろん一発逆転の手段は残されているから追い詰めたからといって確実に勝てるような、そう簡単なものではない。結果10分弱も続いた戦闘はついに幕が下りた。


 10分もの長い時間戦えば人が人を呼ぶのもそう難しいものではない。

 画面にはまるでエフェクトが踊るように互いへ攻撃を舞い続け、それさえも収まった今は画面に"GATE SET"と大きな文字が表示されている。

 それは文字通り決着の合図。実況が叫ぶようにこの勝負、若葉の勝利で決したのだった。

 実況と同時に沸き立つ観客たち。それはいつか見た若葉のライブ映像を彷彿とさせるもの。それに反応するように戦いを魅せてくれた若葉はこちらに向けて手を振ってくれていた。

 それを見た麻由加さんも最初はモニターを前にして放心していたが、若葉が差し出された手を取り同じように観客たちへ笑いかける。

 ノーサイドゲーム。すなわち試合が終われば敵も味方も関係ないのだ。そんな麻由加さんに実況が駆け寄っていく。


『お疲れ様でしたっ!まさか部長を倒した挑戦者とここまでの接戦になるとは!!それもまさかあの"深層の令嬢"がここまで!もしかして経験者だったりしますか!?』

『ありがとうございます。えぇ、まぁ……ほんの少し、嗜む程度ですが』

『まさしく暑い勝負でした!あと一歩のところでしたがまさしく惜敗といった結果に!どうでした!?今の勝負を振り返って!』

『えぇ、はい。胸をお借りする気持ちで挑みましたが実力は出し切れたと思います。成長も、感じ取って貰えたでしょうか』


 肩で息をしながら実況の人と会話していた麻由加さんだったが、"成長"の言葉とともにチラリとこちらへと目線が配られる。

 それはあの日よりも確かに成長しているということ。あと一歩、足元にまで手が及んだという麻由加さんの証。


 それから幾つか言葉を重ねた2人は会話を締めるように実況のコメントが差し込まれる。


『はいっ!突然の指名だというのにありがとございました!続きまして"正体不明"の挑戦者……いえ、王者にお話を伺いたいのですが、構いませんか?』


 麻由加さんに続いて実況がマイクを向けるのは隣にいる"正体不明"こと若葉。

 さっきまで絶えず観客に向かって手を振っていた若葉だったが、駆け寄られるとスマホ片手に頷いて見せる


『無事勝利を納めることができましたチャンピオンです!随分と接戦でしたが彼女が実力者というのはご存知だったのでしょうか!?』

『…………』


 よくあるようなヒーローインタビュー。

 けれど問いかけられている彼女からは返ってくる言葉はない。

 スマホに返事を打っているのかと思いもしたがそうではなさそうだ。手にしていたスマホは持ち上げることすらなく画面が点灯する気配も穴井。

 完全に無返答のという名の返答。返事が返ってこないと思ってなかった実況も再びの静寂に少し戸惑ってしまっている。


『その……チャンピオ――――あっ!』


 実況からの再びの呼びかけ。しかしその言葉は最後まで紡がれること無く、驚きの声とともに風を切る音がスピーカーから聞こえてきた。

 若葉がマイクを手に取ったのだ。そのまま機械音声に頼るようにスマホへマイクを近づけるかと思われたが、そうではなく自らの口元へ持っていく。

 これは……まさか………


『はい。遠目からでも分かりました。この人は強い。強くなったのだと。だからきっといい勝負が出来るだろうと確信し指名させてもらいました』


 ざわっ――――と、透き通るような声がスピーカーから出ると同時にざわめきが観客から上がる。

 ついさっきまで"正体不明"を体現するかのように機械音声に頼っていたのだ。外見もわからず声もわからない。なのに突然の肉声に驚きの声が上がるも、彼女は何一つ気にすること無く話を続けていく。


『今回は場所の慣れもあって私が勝てましたが次はどうなるかわかりません。それにここまで白熱したのは皆さんの応援があったからこそです。だから……』


 物怖じしない、そして可愛らしさが全面に出た彼女の声。

 ここまで人がいるのだ。きっと声だけで答えに出る人が出てきてもおかしくないだろう。数は限りなく少なくはあるが、所々から「まさか……」といった彼女の正体を予感させる声が聞こえてくる。


 所々でどよめきが上がる観客たち。それを知ってか知らずか彼女はマスク越しでも分かるほどニッと笑って帽子にサングラス、そしてマスクを同時に手をかける。


『だから私も久しぶりに盛り上がっちゃった! みんな~!応援ありがとね~!!』


 ふわり。

 彼女が身を隠す上で象徴的でもあったキャスケットが空を舞う。

 狙ったのか、はたまた全くの偶然かブーメランのように回転しながら観客の群衆へと突撃する帽子はポスンと俺の手の内に収まった。

 これが宙を舞いここにあるということは、すなわち彼女の身を隠すものがなくなるということ。

 現に慌てて見上げた彼女の正体を隠すものは何もなく、金青の髪と翠の瞳をこれでもかという具合に晒していた。


「キャー!!!」


 若葉が正体を現してから数秒。事態を把握するまでにいくらかのラグはあったものの即座に観客からは主に女子たちを中心とした黄色い声が巻き上がる。

 まさかこんなところに。何故こんなところに。誰しもが夢にも思わなかったであろうアイドル『水瀬 若葉』の来訪。そしてゲームを盛り上げた立役者である事実。

 さすがはトップアイドルといったところだろう。この場は瞬く間に驚きの声に満ち溢れ、ファンであろう黄色い声を上げた女子たちは前へ前へと突き進む。


『あはは。みんな喜んでくれてありがと~! 歌ったりはできないけどみんな楽しそうでお忍びで来て良かったよ~!』


 駆け寄っていく生徒たち。押しのけられる俺。

 完全に場の空気が変わってしまった。なんで突然正体を!?混乱のさなかにいると隣の雪が袖を引っ張ってきて意識を取り戻す。


「おにぃ!これどうするの!?」

「どうするって言っても……」


 若葉は完全にアイドルモード。壇上で笑顔を振りまいていて生徒たちが取り囲んでいるせいで接近しようにも近づけることができそうにない。

 どうするって……この場をか!?今はまだ人がこれくらいしかいないにしても、すぐに噂は広まってあっという間にこの部屋は大変なことになる!でも今の俺にどうするかと言われても何も浮かばない。

 どうしようかと頭を回転させていると群衆の隙間を通り抜けてこちらに向かう女性との姿が。


「陽紀くん!」

「麻由加さん!抜け出せたんだ!」

「はい!友人の手を借りてなんとか……。ですがどうしましょう。若葉さん……」

「あぁ……」


 壇上に立つはアイドルモードで生徒たちと会話をしている若葉。その下には大量の人が集まっている。

 やはり噂は人を呼ぶもので、話を聞いて駆けつけた生徒たちが徐々にではあるが集まってきていた。

 これはまずい……!今ならまだどうにかなるだろうけどこれ以上集まったら人で溢れて最悪事故になる!


「若葉!…………くっ、だめか……」


 人混みの外から呼びかけても歓声に紛れて無意味に終わってしまう。

 彼女はアイドルモードとして一種のトリップになっているようだ。笑顔で集まる人と応対してばかりでこちらに気付く気配もない。


 これはまずい。しかしまずいことは解っていても取れる手段が一切ない。

 無理やり引っ張り出すか?ダメだ。

 若葉を連れて逃げるにしても逃げ場が1つしか無い。そもそもあの群衆の中から若葉だけ逃がせられることすらできないだろう。


 どうしようかと頭を悩ませる俺。続々と集まってくる生徒たち。

 もはや事故になるのも時間の問題……そう思われたが、突如として混沌としたこの空間に救いの手が差し伸べられた。


「コラッ!みんな騒いで何やってるの!!」


 学校には序列というものが存在する。目に見えなくとも確かにあるピラミッドが。

 一番下は生徒たち。最も責任がなく最も人が多い序列。そしてその上に位置するは先生。ここは盗んだバイクで走り出したり最後のガラスをぶち破ったりするような治安最悪の学校などではない。先生の指示には普通に従う至って普通の学校だ。


 いくら混沌と化した場でも序列が上のものが声を上げればそれに従うのが常になる。

 俺が諦めたその時、この部屋にやってきて声を上げたのはわが校の先生だった。

 しかも厳しいことで定評のある生徒指導担当の先生。先生の鶴の一声でこれまで黄色い声を上げていた生徒たちも一瞬の内に落ち着きを取り戻していく。


 混沌の後に残されるのはただ荒廃した地のみ。

 先生の誘導に従って散り散りとなった部屋に取り残された若葉はようやく我を取り戻したのかサッと顔を青くして、隅で見守っていた俺たちのもとへ駆け寄ってくるのであった。

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