172.父の顔より見慣れた姿
ガヤガヤと楽しげな声が聞こえてくる校内。
今日は終業式の1日前、そしてクリスマスも目前に控えた文化部フェスティバルだ。
廊下、教室など場を問わず生徒たちがそれぞれのグループを作って楽しげに言葉を交わし、幾つかの部活の展示を見て楽しんでいる。
先に挙げた茶道部のお茶振る舞いをはじめ、ボードゲーム部での盛り上がりや漫画部で黙々と読み耽る生徒たちなど様々な場所で様々な催しをしている。
そんな中、俺たちはといえば……
「ねぇ麻由加さん」
「なんですか?陽紀くん」
「非常に言いにくいんだけど、なんというか……近くない?」
様々な場所で活気づいている教室。それらを繋ぐ廊下を歩く俺たちの距離は、非常に近いものとなっていた。
寄り添う……という言い方が近いかもしれない。手を繋いだり抱きついたりはしていないものの彼女の手は俺の袖部分を小さくつまんでおり、互いに触れ合うほどの距離感を保っている。
茶道部までの行きは解放されたばかりで人も少なく、手を繋いでいたとはいえ距離を取っていたから気にならなかったが、人が多くなった今では明らかに引っ付いていて俺も戸惑いが生まれてしまう距離感。
それは以前筋肉痛騒ぎがあった日に彼女を駅まで送るときと同じ構図。あの時は人の目が殆どなかったからこそできたと認識していたが、今この場には学校の生徒達、つまり知り合いばかりの目がある中での距離感だった。
ほら、今もうちの学年で一番有名なサッカー部エース君がコッチをガン見しつつ口あんぐり開けながらすれ違った。それなのにどこ吹く風の彼女はこちらに寄り添いながら歩いている。
「――――誰のせいだと思っているのですか」
「えっ?」
問いかけに反応するように麻由加さんが答えたはいいが、そっぽを向かれたお陰で発した小さな声は雑踏へと紛れて消え去ってしまった。
明らかに口が動いて何か言った様子。けれどその声は耳に届かず読唇術も使えない。俺は思わず問い返してしまう。
「先程茶道部の部長さんとイチャイチャして、これ以上陽紀くんが変な人に絡まれないために必要な措置です」
「あれは……さっきのは俺が手順飛んじゃったからで、俺もあの人もそんな気なんて全然」
「それでもです。陽紀くんは目を離せばすぐに女の子引っ掛けちゃいますから」
誤解かつ冤罪だ。
そこまでモテるのであれば俺の過去は黒歴史ばかりじゃなかっただろう。
目を離せば女の子とか、そういうのはさっきすれ違ったエース君に言うものだ。話したこと無いからよく知らないけど。
「麻由加さんはいいの?その……変な噂回ったりしちゃうかもだし」
「変な噂?どのようなことです?」
「なんていうか、俺と付き合ってる的な……」
「何故それが変な噂になるのでしょう?私としては望むところですが」
「…………」
変わったな。
それが彼女の言葉を聞いて第一に抱いた感想だった。
礼儀正しく先生からの評価も高い。それはいつの日も変わっていない。けれどその一方で大胆ささえも見えたのが近ごろの麻由加さんだった。
浮いた話など一切なかった彼女。そして俺の好きな彼女。そんな麻由加さんがこうして臆面もなく"望むところ"と言われて俺も嬉しい気持ちが胸の中で生まれて広がる。
けれど一方で申し訳ない気持ちも同じくらい心の半分を占めていた。
自分で言うのもなんだが、俺は学校での評判はよろしいとはいえない。
いじめられているとかそういうのじゃない。ただ偶に遅刻するしサボったりするし、授業中眠ったりもしている。
それで成績が全国トップなら面目も立つのだが、いかんせんそうとはいかない。つまり周りからは"怠惰な人"という印象を持たれていることだろう。
誰かに聞いたわけではない。噂話を耳にした訳では無い。ただ自己評価がそうであるがゆえに成績優秀品行方正の彼女が好きだと言ってくれることについて申し訳無さを感じていた。
しかしそれを口にすることはない。彼女は絶対気にしないと言うだろうし、下手すりゃどこぞのワンコのように実力行使にまで発展しそうだから。
その代わりとして黙っていると彼女のクスクスとした笑い声が聞こえてくる。
「おかしな陽紀くんですね。噂なんて気にしませんのに。もし私からの好意に不安があるようでしたら今ここで土曜日の続きをなさいますか?」
「いやっ……!いいっ!いいです!!」
「そうですか。……残念です」
何故そこであからさまに残念がる。
本当に変わったな麻由加さん。そのたまに実力行使に出かけるところが。嬉しいけれども。
「……あら」
残念がりながら俺と一緒に歩いていた彼女だったが、ふとそこで何か気になったらしくおもむろにポケットから一枚の紙を取り出して広げて見せた。
そこに書かれているのは俺も以前配られたイベントの出し物表。そこには部活と簡単な内容、そして実施場所が書かれた単純なリストだ。自分の学校のことなのだから地図はいらない。だからこそ今俺達が向かっている方向について1つの心当たりに行き着いたようだ。
「陽紀くん。次に行く場所なんですが、このルートってもしかして……」
「うん。ゲーム部の出し物だよ」
まだほんの少しだけ歩くが、この先にある出し物はたった1つしか無い。
その行き先はパソコン室。そこはゲーム部が出し物をやっている部屋だ。
そこでは個人的今日のメインである出し物。『Adrift on Earth』のゲームイベントをやっている。
公式のイベントとかそういう崇高なものではない。ただちょっとした宣伝のためにゲームを利用する程度のもの。
あのゲームはオンラインゲームではありPvPというプレイヤー同士の戦闘システムが備わっている。
きっとゲーム部にもユーザーがいたのだろう。PvPコンテンツを使ってゲーム部と対戦してみようといった出し物がゲーム部の催しだった。
俺も催しの詳細が出た時は心底驚いた。そして絶対顔を出すとも誓った。
麻由加さんもゲームのユーザーだからきっと楽しんでくれるだろう。もしかしたら参戦するかもという楽しみも抱きつつ、今日のメインディッシュへと向かっていく。
「やはりそうなのですね。リストを見た時陽紀くんは絶対行くと思ってました」
「もちろん。お菓子程度だけど景品も出るみたいだし結構楽しみなんだよね」
「出るのですか!?アフリマンを倒した陽紀くんですから!相手があの部長さんにだって絶対勝てますよ!」
よせやい。そんなに煽てられちゃ嬉し恥ずかしになるじゃないか。
しかしゲーム部の部長もサッカー部エースくんと同じく有名だ。
ゲームジャンルは違うが何かのeスポーツで優勝したこともあると聞く。既にプロゲーマーに内定しているとも。もちろん話したことはない。
彼女もそれを知っていたのだろう。期待した目でこちらを見てくれるが、さすがにほぼプロの人に勝てるとは思っちゃいない。アフリマン討伐したからといってPvPは全然だしな。
「あ、あそこがパソコン室ですね!」
「だね。 でも思ったより人多そう……」
茶道部で結構時間を潰してしまったのもあるが、見えてきたパソコン室は外からでもわかるほどの活況ぶりだった。
ガヤガヤと人が集まり盛り上げながら教室に設置されているプロジェクターに注目している。俺たちも入ろうかと近づいたところで実況であろう勇ましい声が聞こえてきた。
『我がゲーム部の部長、ついに敗北ー!!』
それは紛れもなく実況のマイクを通した声。同時にチラリと見えたゲーム画面からは"GATE SET"のデカデカとした文字が表示されていた。
試合が決着した合図。そしてプロジェクター下で項垂れている姿から、敗者は優勝経験のあるゲーム部部長だということは一瞬にしてわかった。
「これは噂をすれば影……というのでしょうか?私達が来た途端負けちゃいましたね」
「そうだね。ビックリだよ」
「一体どんな方が倒したのでしょう?それにこの盛況具合……なんだかとっても有名な方が来ているのかもしれませんね!」
そんな言葉を交わしながら俺たちも驚きながら部屋へと入っていく。
きっと盛況なのはその部長が一部界隈で有名だからなのだろう。ジャンルは違うが俺も聞いたことあるくらいだし。
そう思いながら人の隙間をすり抜けていって壇上が見える位置まで移動し目を凝らすと、部屋の最奥にはやりきったかのように天を仰いでいる部長らしき生徒の姿が座っていた。吊るされているスコアには反対側に星が3つ並んでいて部長側のスコアは空白。だいぶコテンパンにやられたようだ。
『強い!強すぎる!! そのヴェールの下に隠された素顔は何者なんだ!?』
熱狂する実況の声がパソコン室をこだまする。
部長を圧倒した挑戦者。ゲームジャンルが違ったのが原因だったかもしれない。しかしそれでも圧倒したのは驚きだ。一体誰なのだろう。
そう思って反対側に座る挑戦者席に目を向けるも、ここからだとモニターに隠れて帽子を被っていることくらいしかわからない。
あ、今立ち上がった。はてさて、そのご尊顔は――――
「………ゲッ」
「あらっ」
立ち上がった顔を見た瞬間、俺は苦虫を潰したような顔、隣の彼女は驚きながらも笑顔を浮かべる。
その顔は立ち上がっても正体が伺いしれぬものだった。
小さい体躯に大きなロングコート、サングラスを掛け大きめのマスクを付けて髪さえも隠すキャスケット。絶対に素顔を明かさないという硬い意思を感じる。
しかし俺からしたらその姿こそ正体を明かすも同義、父の顔より見慣れた姿。
金青の髪を隠すためのキャスケット、美しい翠の瞳と端正な素顔を隠すためのサングラスとマスクは、もはや言うまでもなく"彼女"だということを示していた――――
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