168.同衾の代償
「陽紀くん」
「はい」
昼前の自室でシンプルな応対のみが両者の間でやり取りされる。
シンとした室内。俺たち以外は誰も居らず、ただただ新たに現れた少女と俺のみが顔を突き合わせている。
2人の少女に襲われる寸前だった土曜日の10時過ぎ。
貞操の危機であった俺の身の安全は突如として現れた社長さんによって救いの手が差し伸べられた。
それにともなって俺の左隣にいた灯火はお仕事に連行。右隣にいた若葉は妹の雪とともに1階リビングに降りていってしまった。
結果、この部屋に残るのは俺と眼の前の少女のみ。少女……麻由加さんは真剣な表情で俺をジッと見つめていた。
対して俺も行儀よく椅子に座る彼女をベッドの縁に座りながら向かい合う。
どんな傷も、大抵のものは時間という大きな流れが癒やしてくれるものだ。
それは人間の神秘。もちろん無理なものは無理だが切り傷や打撲など大抵のものはよく食べてよく寝ればいつの間にかすっかり治ってしまう。
それは精神的なものだって留まらない。
時は2年ほど遡った暗黒時代、今やっている『Adrift on Earth』ではない他のゲームにハマっていた当時の俺は学校でスヤスヤ眠りこけている時、授業始まりにやってきた先生に気づいた友人が俺を起こしてくれた。
きっとその友人は完全なる善意で起こしてくれたのだろう。しかし完全に寝ぼけていた俺は目覚めると同時に「サンダーボルト!!」と手を天高く掲げ詠唱してしまった。
もちろんこの世は現実。俺にそんな不思議なものを出す力など存在しない。結果何も出ず叫ぶだけ叫んだ俺は暫くクラスメイトたちにからかわれることとなったわけだが、そんな致命傷にも匹敵する心の傷も時は癒やしてくれた。死にたい
つまり時が経てば筋肉痛だって治ってくれるというものだ。
起きた直後に倒れてから数時間。俺の身体も我慢すればなんとか動けるくらいには回復した。
そうして自力で起き上がった俺はベッドの縁へ掛けて眼の前の彼女を目に収める。
茶色い髪に赤縁メガネが特徴的な女の子。
大人しく礼儀正しい、そして何より優しさに満ちた女の子だ。一部に花をあしらった白いフェミニンなワンピースとワインレッドのカーディガン。その優しさを体現するかのごとく清楚さを醸し出し、その優しい微笑みは周囲の人に心地よい暖かさを与えてくれる。普段はそんな優しい風のような癒やしともなる彼女だが、今日ばかりはなりを潜めていた。
眼鏡の奥からまっすぐ見つめられるは咎めるような視線。今日ばかりは俺も姿勢を正して彼女の言葉を待つ。
「私が何に怒っているのか、おわかりですね?」
「………はい」
キッと眉を吊り上げながら発せられる言葉に背中を丸めて視線を落とす。
俺は彼女に好きだと伝えた。いくら諸々あって付き合っていないとはいえ別の女の子を泊めていたばかりか2人を両隣に侍らせて優雅に横になっていたのだ。
さすがにこれは主観的にもヤバイと理解できる。事故と策略とはいえ明らかに絵が悪い。彼女が気を悪くするのも当然のことだ。
「なんで……なんで……」
ワナワナと震えだすその姿に俺は戦々恐々と姿勢を正す。
次の瞬間には何が繰り出されるだろう。罵声は確実として拳が飛んできてもおかしくない。もしくはそこのミニバッグから包丁が出てくるか手錠くらいなら可愛いものだ。
しかしもし、もし理想を口にするならば「なんで混ぜてくれないの!?」と見当違いの怒りを見せてくれることなのだが、さすがにそれは天地がひっくり返ってもありえないだ――――
「なんで混ぜてくれなかったんですか!?」
「―――――」
―――――天地がひっくり返ってしまった。
いや、ひっくり返ってなどいない。けれど意識的には確かにひっくり返った。
まさかと思って一蹴した回答を何故か当ててしまう。俺はエスパーなのだろうか。いや、回復魔法すらロクに使えないただの人間である。
フンス!と鼻を鳴らして怒ってくる彼女は僅かながらに頬を紅く染め膨らんでいた。可愛い。
「い、いや!アレは完全に2人が共謀した結果だったし……」
「それでもスマホで連絡するなり手段があったじゃないですか!私、雪ちゃんに言われて慌てて来たんですよ!?」
なるほど。犯人は雪か。
あやつめ……一歩間違えれば命に関わるような修羅場を引き寄せおって……
「……呼ばなくって、ゴメン?」
「本当ですっ!さっきの状況……早くに呼んで頂けれれば私も陽紀くんの上っていうベストポジションが狙えましたのに!!」
やめてください(精神的に)しんでしまいます。
右に若葉で左に灯火、上に麻由加さんだって?そんなの色々な意味で心臓に悪いじゃないか。俺を恥ずか死させたいのか。
一層鼻息荒くしてこちらに詰め寄ってくる麻由加さん。けれどそのさなか、突然「ハッ!」と目を見開いて着席し否定するように首を振るう。
「麻由加さん……?」
「いえ、さっきのはやっぱり無しです!」
「さっきの?」
「その……上に乗るということです。冷静に考えたら私の全体重を陽紀くんが受け止める事になって……ダイエットもできていませんしそんな事耐えられませんっ!!」
怒ったと思ったら驚いて、驚いたと思ったら恥ずかしそうに首を振るう。二転三転する彼女の表情にポカンとその姿を見守る。
昨日ジムで彼女の露出したスタイルを見る機会があったが太っているだなんて一切感じられなかった。その大きな胸とは対象的に引き締まったウエスト。ほんの少し肉付きのいい脚と腕などまさに理想と言っていい体型だった。
何を否定することあるだろうと口を開きそうになったが、それはそれで俺の変態性が増すのでそっと閉口する。
「だから…………」
「だから?」
「だから………横にします!!」
そんな可愛らしく恥ずかしがる彼女を見守っていると、突如としてその言葉とともに腰を浮かせた。
立ち上がって迫るようにこちらに近づいてきた彼女はそのまま俺の肩を掴んで自らの体重をもってベッドへと倒れていく。
しかしここからが彼女の策略だった。ベッドの長辺の縁に腰を下ろしていた俺。しかし倒れ込むときには彼女が横向きに倒していたからか枕の上へと着地した。
同時に瞬く間に脚をベッドの上へ誘導した彼女はバサァ!と持ち上げた掛け布団が重力に従って落ちるとともに自身の身体をベッドへと滑り込ませる。
「へっ……?」
事態の飲み込めない俺はそんな言葉しか出なかった。
ボケっとした数瞬のうちに終わってしまう彼女の行動。
出来上がったのはついさっきまでの俺、若葉、灯火と同じ状況だった。
人数こそ一人少ないものの右隣には彼女の小さな顔があり俺の腕を枕にするように横になっている。
「麻由加……さん?」
「混ぜてくれなかったので私も先程のお二人と同じように同衾します。これくらい………陽紀くんなら許してくれます、よね?」
そう言って微笑むのは彼女の優しさ満点の笑顔。
しかしその裏にイタズラ成功した童子のような笑顔と、獲物を前に舌なめずりする獣のような笑みが混ざっているような気がしたものだった。
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