167.魔の手と救いの手
―――――あれからどれだけの時が経過しただろう。
1年?それとも10年だろうか。
時間の感覚が全くない。瞬きするほどの一瞬だった気もするし人の生を幾度も終えるほど果てしない時だという気さえする。
総ての人において流れる時間は常に一定。しかし体感からしたらそれぞれ確かに違うものだ。
学校に行っている時なんか1日の終わりが遥か遠くの高みに見えるし、逆に休日ゲームして過ごすと瞬く間に一日を消費してしまう。
とあるネットの海によると人生において20歳前後で体感的な一生の半分を終えるという。残り5年前後でその域に達するかわからないが、そうであればなんとも不公平な時間の流れ方だろう。
そんな高校1年生の冬。
体感的な人生の半分までまだいくらか残っている俺は、ベッドで横になりながらボーっとそんな事を考える。
あいも変わらず人を誘惑するように芳醇な香りが鼻をくすぐり、柔らかな感触が両腕にヒシヒシと伝わってくる土曜日に朝。
俺は2人の女の子を侍らせながら寝転がっていた。
言葉にすると大層マズイ発言。けれど事実なのだからしようがない。
両隣の少女の争い?から幾時か。俺は黙ってボーっと天を眺めていた。
人は自身の考えとは相反した時間の流れを体感する。ずっと居たいと思えばすぐ終わり、逆にすぐ終わりたいと思えばなかなか終わらない。なんと皮肉なことだろう。
チラリと目線だけ動かして時計を見れば時刻は午前10時。1年だか10年とかほざいたが、まだまだ全然時間が経っていなかった。
一体いつになったら解放されるのか。そんなことばかりを考えて遅く感じる時を過ごす。
ツゥ―――――
「っ!!」
俺の頬に触れていた2本の細い感触がツゥと滑る感覚とともに、思わず身震いをしてしまう。
驚きと恨めしい視線。そんな意思を込めた目を右隣に向けるとクスクスとイタズラが成功したような笑みを見せてくる。
してやったりといったようなニッとした顔。金青の長い髪をベッドに広げながら俺と同じ方向を向く彼女はスリスリと頭を押し付けてくる。
まったく、俺が動けないのを良いことになにを………
フッ――――!
「ヒュッ……!!」
そんな彼女にため息をついた一瞬の隙。
今度は反対側の耳に突然吹きかけられるのは突風だった。
何事かと鳥肌を立てながら180度視線を移動させれば、俺の耳に息を吹きかけた左側の少女はほんの少しだけ口をすぼめながらムッとした顔で身体に回す腕の力を込めてくる。
「むぅ……」そんなむくれ面とともに押し付けられるは彼女の持つ豊満な胸。
まるで"私を見て"と言わんばかりのそれは俺によそ見を許さないようにグッと身体を引き寄せる。
「あの、そんなに引っ付かれると休めるものも休めないんだけど……」
「「やーー!!」」
2人して争ってる癖してこういうときだけ抜群のコンビネーションを見せる否定の声。
もともと身体を動かせない俺はどうすることもできず2人の接触を許しもう一度天を見上げた。
筋肉痛。それは身体を酷使したことにより襲ってくる反動。
傷ついた筋肉がなんとかとかいう小難しいことはわからないし興味が無いが、今日のこれはベッドから出られないという過去イチの重症だった。
そんな折を狙ってかベッドに潜り込んでくる2人のアイドル。きっと普通なら大手を振って喜ぶほどの出来事だろう。けれど色々と後ろめたくもある俺は素直に喜べなかった。
確かに嬉しい。2人のアイドルに好意を寄せられてこうして身までも寄せられている。けれどその分好きな人への後ろめたさもあって複雑な気分だった。
ベッドの上で行われた2人の争いも一段落した10時ジャスト。彼女らは俺の横でピッタリとくっつきながらジッとこちらを見続けていた。
右隣……金青の髪を持つ若葉は俺の頬に手を添え少し見下ろす形でギュッと自らの胸元に抱き、左隣……金色の髪を持つ灯火は俺の身体を抱きながら胸元より見上げる形でその瞳に俺を映している。
上も下も、右も左も全方向からの包囲網。誰しもが憧れ恋するほどの2人のアイドルに迫られている俺はジッと耐え時が過ぎるのをひたすら待つ。
きっと11時……が仕事だったからおおよそ10時半になったら灯火が外出して俺もフリーになるだろう。段々と痛みもマシになってきた筋肉痛といえども無理すれば動けなくはない。今は2人に取り押せられていてそれすらも不可能だが若葉一人になればどうにか対処できるかもしれない。
「灯火、もう10時過ぎたけど準備しなくていいのか?」
「準備は終わってるし半の迎えに乗り込めばいいだけだけど……陽紀さん、私に早く出ていってほしいの?」
「そ、そういうわけじゃないんだが……」
まさしく見透かしたような、ジッと寂しそうに瞳を潤わせる琥珀の瞳は俺を怯ませるのに十分すぎる威力だった。
いつの間にか足さえも巻き付きギュッと抱きついてくる。その様はまるで親に甘える子猫のよう。言葉少なげながらも行動で示す灯火。胸に頭を乗せて目を細める彼女の庇護欲は俺もそれ以上追求する口を噤ませるほどだった。
「私は今日一日フリーだからずっとこーしてられるよっ!ギュー!」
「若葉さん……ズルい……」
「だってゲームでも結婚してるんだもん。リアルでも一緒に居るのはトーゼンだよね?」
いや、そのりくつはおかしい。
俺の頭を引き寄せて自らの胸元で強く抱きしめた若葉は自信満々に訳わからない理屈を鼻高に述べてくる。
それだったらまずゲームで結婚の前に顔合わせが必要だろう。そんなのゲームじゃない。婚活だ。
「それにズルい言ったら灯火ちゃんもだよ」
「私?」
「うん、その服……いかにも陽紀君好みって感じでズルいもん!!」
そう言って頭上から憤慨の声を発する若葉。
灯火の今の格好はシンプルなタートルネックセーターだ。彼女の憤慨する理由を予測するならばしっかりと体型が出る服ということだろう。
小さな背丈の彼女に不釣り合いなその大きさは寝転がっていても健在だ。今は俺の抱きついているおかげでその形が大きく歪んでいる。
「これは他のだと太って見えるからだけど……陽紀さん、こういう服好き?」
「…………キライじゃないよ」
彼女の純粋な問いかけに目を逸らして答える。
そういうのに貴賤はない。しかしキライでもない。しかし彼女はその言葉だけで満足したのか「そっか」と告げてもう一度顔をこすりつけながら甘えてくる。
「陽紀君のえっち」
「不可抗力だ……」
一方を立てればもう片方が。
若葉から刺すような視線をジッと耐えながら攻めに転じる若葉を耐える。
頭に感じているが彼女も無いわけじゃない。寧ろバランス的には相当良いといえる。だからそんな風評被害は流さないでくれ。麻由加さんの耳に入ったら嫌われる。
「私もおっきくなるように毎日運動したり色々してるんだけどな……灯火ちゃんはなにか特別なことしたの?」
「いえ、特別なことなんて全然……。でも、試したことはありませんが、大きくなる方法なら聞いたことがあります」
「えっ!?何!?どんなの!?」
そういうのは俺の居ないところで、女の子だけの空間でやってくれませんかね。
俺を挟んで繰り広げられるセンシティブな話題にジッと聞き流したくも聞き流せない会話を耐える。仕方ないだろう、嫌でも耳に入ってくるんだから。
「それは………好きな人に沢山揉んでもらうことです」
「それって………」
しまった!!
陽紀は"逃げる"を使った!!しかし逃げられない!!
筋肉痛はもとより包囲網が形成されている今において逃げようと思っても未動き1つ取れやしない。
しかし同時に捧げられる2人の視線。これは……貞操の危機!!
「陽紀君……」
「陽紀さん……」
「まて、話し合おう二人とも。俺たち人間は話し合う生き物だ。だから……な?」
そんな必死の抵抗も悲しいかな、言葉だけでは止まらないのが2人というものだ。
徐々に徐々に迫っていく俺を襲う魔の手。ゆっくりゆっくり近づいてくる2人の手が俺へと触れそうになった瞬間、突如としてコンコンとノックの音が聞こえ返事を待つこと無く扉が開かれる。
「ヤッホー!ウチの稼ぎ頭……じゃなかった、お姫様。ちょっと早いけどお仕事の時間だよ…………あらら、お邪魔だったかな?」
「お邪魔じゃありません!待ってました!!」
結局その手が止められたのは外的要因。灯火を迎えに来てくれた社長さんが、一筋の汗を垂らしながらも救いの手が差し伸べられたことだった。
まさかの助け舟に声を大にして呼びかけたはいいが、その影から現れたのはもう一人――――
「若葉さんに灯火さん……。二人一緒に何をされているのですか……?」
――――そう、困惑した様子で姿を晒したのは麻由加さん。
まさしく俺が2人の女の子を侍らかしている現場を、想い人である彼女に見られてしまうのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます