166.甘々な争い


「陽紀君、どう?狭くない?」

「狭い。死ぬほど狭い。タコ型モンスターオクトパスに締め付けられてる時くらい狭い」

「……そっか!快適なんだね!」

「おい」


 右側から話を聞かないワンコの信じられない回答が帰ってくる。


「陽紀さん、私タイミングが悪いことに朝風呂入って無くて……臭くないかな?」

「臭くはないが狭い。狭すぎるからなんとかしてくれ」

「えっ、いい香りすぎて一生嗅いでいたいくらい? しょうがないなぁ……それじゃあ、はいっ!」

「いや俺はそんな事一言も…………ムグッ!!」


 更に左側からも話を聞かない……ニャンコ(?)が回答どころか身をもって示した反応に俺の身体は一気にそちらへ引き寄せられる。

 いつの間にか後頭部にまで回されていた手によって引き寄せられた先に待っていたのは手の主が着用している白藍色のタートルネックセーター。体型が出やすい服の中心部分にほど近い部分、自己主張の激しく柔らかさをも伴ったその場所に問答無用で押し込められた。


 途端、俺の視界は真っ暗闇に。けれどそのせいで五感の他が際立って今現在俺が陥っている状況を嫌というほど理解させられた。

 まずは聴覚。音なんて衣擦れしか聞こえないはずなのに「ふよぉん」と擬音にも似た音が聞こえた気がする。

 つぎに嗅覚。以前から彼女に引っ付かれるたびに感じていた、仄かに甘くもくどくない、石鹸にも似た柔らかく確かに一生嗅いでいられそうな香りに包まれる。

 そして触覚。彼女が自らの胸元へ顔を持って来て感じるのは当然、底しれぬ柔らかさだった。下着を付けているハズなのにそれを感じないほどの母性、そして暖かさと柔らかさ。これまでに経験したどんな高級ぶとんにも負けない底しれぬ優しさの塊だった。


 五感のうち3つの支配。まさにこの世全ての終着点とも評することができるほどの圧倒的な母性だったが、あまりに突然の非現実さに俺は反射でその場から離れようとする。しかし埋もれているせいで声が出せない。


「んっ……!ん~!」

「どうしたの陽紀さん?うん、うん…………そっか。気持ちよくってそのまま寝ちゃいそう?いいよ。ゆっくり寝ちゃっても」

「ちょっと灯火ちゃん!陽紀君が窒息しそうだよっ!だから陽紀君は……こっち!」

「ぷはっ!!」


 もはや呼吸することすら忘れていた俺は右側にいた人物に(ある意味)人生の墓場から無理やり引っ剥がされ、彼女の胸の内に後頭部が着地する。

 ギュッと首下で結ばれるは剥がしてくれた少女の両手。どうやら俺はバックハグをされたようだ。

 こう言うのはおこがましいが、比較するとささやかながらだが確かにある彼女の柔らかさ。先程の圧倒的な暴力とは違いまるで寄り添うようにホッとするような安心感を与えてくれるそれに俺も身体を預ける。


「若葉さん、誘っておいて貰ってなんですが、ここは私に任せて貰って大丈夫ですよ。若葉さんは午後も時間ありますよね?」

「ダメだよっ!午後になったら陽紀君が動き出しちゃうじゃん!動けない状態の今が好き放題出来る最後のチャンスなんだよっ!!」


 そう俺を抱きながら頭の上でやり取りされる言葉達。

 その言葉を聞きながら全く動くことができない俺は2人に聞こえないよう小さく「タスケテ」と呟いた。




 これは俺が目を覚ましてから程ない時間帯。

 土曜日という、客人である灯火の仕事にはまだ少し余裕がある早朝。

 俺は2人の少女の手によってベッドへと運ばれ、彼女たちの間に挟まれるという謎多き展開となっていた。


 平たく言えば添い寝。俺の感覚で言えば包囲網。

 右を見れば金青の髪を持つ美少女ワンコが、左を見れば金色の髪を持つ美少女ニャンコがそれぞれ虎視眈々とこちらに狙いを定めている。

 一方抜け出そうにも動けない俺。昨日のオーバーワークの反動で過去に無いレベルでの筋肉痛だ。今でさえ腕一本動かすのも本当にしんどい。無理。


 そうしている間にも俺のやり取りは両者の間で行われ、この身体はあっちへ行ってのこっちへ行っての。

 最終的に二人とも決着がついたのかボーっと天井のシミを数えている間に元の場所である中間地点へと戻された。


「陽紀君……」

「陽紀さん……」

「な、なんだよ、二人とも」


 俺があっちこっち行っている間ずっと2人の会話が右から左だったせいで、両者同時に肩に触れてくる事態にえもいえぬ驚きに襲われた。

 一体今度は何をされるのか。動けない俺をどうしようというのか。全く予測できない2人にグッと耐え忍んでいると両者の顔はそっと俺の耳元へと近づいてくる。


「「アイドル2人の添い寝、気持ちいいですか?ご主人さま」」

「っ~~~~!!」


 それは蕩けるような甘ったるい声。

 左右同時に囁かれる彼女たちの言葉に身体の芯から震えるなにかに襲われた。

 まるでいつか体験版で聞いたASMRのよう。今回は擬似的ではなく本当に隣からのささやき声。2人同時息の合った声に思わず鳥肌さえも立ってしまい身をこわばらせると開いてしまった両手にすかさず2人の手が絡んでくる。


「さっきは取り合いになっちゃったけど、やっぱり仲間なんだし仲良くいかないとね。陽紀さんも喧嘩してるところなんて見たくないでしょ?」

「それは、そうだが……」

「うんうん、だからこうやって2人で半分ずつ分け合いっこすることにしたの!大人気アイドル2人を誑かして~!このこの~!」


 グリグリと若葉の人差し指が頬にめり込んでいく俺。

 元々動かせないが両手がふさがって為す術もない。両手は二人によって繋がれているのだ。右を見れば若葉の楽しそうな笑みが俺をまっすぐ見つめ、左を見れば灯火の少し恥ずかしそうに視線を揺らしつつもなんとか俺を見ようとする……も、目が合うと急いで離してしまう。恥ずかしいのか


「どうかな?このまま寝られそう?」

「別の意味で無理そう」


 寧ろこの状態でどうやって寝ろというのだ。

 右見ても左見てもアイドルが添い寝していて、ジッと俺の一挙手一投足に注目している。こんな状態で寝られるわけがない。


「そうだよね。それじゃあ眠れるおまじないしよっか!」

「えっ、本当にするんですか若葉さん!?」

「するに決まってるよ!何のために打ち合わせしたっていうの!?」


 打ち合わせ?おまじない?なにを……。

 しかしきっとやられるとしてもさっきのASMRで耐性はついた!予想できればあとは覚悟すればいい!!


「それじゃあいくよ?」

「はい……!」

「「せーのっ!」」


 チュッ――――


 そんな甘い音が、耳元で響き渡った。

 同時に震える俺の両頬。感じる柔らかな感触。

 かろうじて目の端で捉えられたのは目をつむったまま近づいてくる2人だった。

 柔らかな感触の後に離れて見えるのは少しだけ恥ずかしそうにはにかむ両者の表情。


 キスされたのだ。頬に。

 元々不意打ちで唇にキスまで敢行した両者。しかし今度はほんのり甘酸っぱい頬へのキス。

 しかも2人同時に。打ち合わせとの言葉から計画をしたのだろう。しかし恥ずかしそうにする2人を見て俺も順序が前後しているはずなのに恥ずかしさが生まれてしまう。


「えへへ、これは私達に意識を向けるおまじない。改めて麻由加ちゃんには負けないっていう意思表示なんだからね!陽紀君!」

「く、口に直接が良かったのならいつでも言ってね!私だって求められればいつでも……!」

「あ~!それは今日はしないって約束でしょ~!!」


 今度は身体を起こしてまで再び始まる2人の言い合い。

 そんな2人をぽかんとした表情で見ていたら、2人は同時に俺と目が合ってウインクしてくる。


「アイドル2人がこうしてサービスするの、もちろん陽紀君だけの限定メニューなんだからね!」

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