169.本日N度目の危機
「ふふふ……」
「麻由加さん……その……」
「なんでしょう?陽紀くん」
「その、近いというか近づいてない……?」
「もちろん近づいているのです。陽紀くんにこうやって、密着するために」
その柔らかな手が肩に触れ、艶やかな髪が手に触れる。
頬は紅潮しているものの、その表情はしてやったりといったニヤリ顔。驚きに満ちる俺の顔をジッと眺めてから目にかかる前髪をスッと分けてみせる。
隣に寝転がるは同級生であり同じ委員会の仲間であり想い人でもある麻由加さん。先程のアイドル2人と同じようにベッドへと乗り込んだ彼女は俺に迫るようにムギュッと身体を押し当てた。
彼女の身体は灯火以上に豊満である。身長の差もあってバランスよく、そしてスレンダーながらに出るところはしっかりと出ている彼女の押し当てた母性の象徴は俺の身体にギュウと押し付けられその形が大きく歪ませた。
完全に意識していないと起こり得ない行動。それに伴って仕掛け人である本人の紅潮していた顔が更に火を吹くほどになってしまっているがそれでも決して止めるという選択肢は存在しないようだ。
暖かく、そして柔らかな俺にはないものを押し付ける彼女は俺の身体にグッと手を巻きつける。それは絶対に逃さない、そして逃げるまいという意思表示にも思えた。
「どうでしょう?えっちな陽紀くん」
「冤罪が過ぎないかな。俺は決して自ら招いて無いんだけど……」
えっちと言われるのは心外だ。
今回のケースも俺は押し倒された側で、決して自ら引っ張ったわけでも誘い受けという形でもない。
腕どころか肩に頭を乗せられているせいで、まさに目と鼻の先に彼女の顔がある。長いまつげに整った顔つき。キメ細やかな肌にシミなどは一切なく、眼鏡越しに見える大きな目は恥ずかしさからか若干揺らめいている。
しかし彼女は俺の言葉を否定するように、そっと目を伏せて軽く首を一度振って見せる。
「いえ、陽紀くんはえっちです。さっきだって若葉さんと灯火さんと同衾して満更でもないご様子でしたし、今だってその顔に書いてます。『女の子と沢山引っ付けて最高だ』って」
「俺はそんな事思ってなんか――――」
「いえ、思ってます!」
「―――――」
恥ずかしくともイタズラをするような、そんな軽い空気感だったが彼女のその言葉は明確な否定の意思を伴っていた。
グッと堪えていた気持ちが決壊するようなそんな言葉。暫く無言の時が続くと、麻由加さんは自ら発した意味を理解したのか「あっ!」とハッとした様子でその身に込めていた力が抜けていく。
「そうでないと、今頃私のことなんて振り払ってしまっていますから……」
「振り払うことなんて……」
「いえ、振り払いますよ。だってお2人とも、あんなにいい子なんですから」
否定するために伏せていた顔。その顔が上がって見えた表情は痛々しくも笑っていた。
何かに耐えているような、苦しさを感じる笑顔。その顔はそうではないと続けようとしていた俺の言葉をグッと思い留まらせた。
「本当は……本当は陽紀くんのこと信じていたいんです。前の学校で灯火さんと一緒に居た時も、家にお泊りすると聞いた時も。でも若葉さんも灯火さんもすっごく魅力的で可愛くって。私のこと好きだと言ってくれていた陽紀くんもきっと可愛い2人に引き寄せられて心移りするんだなって、先程のを見たらそう思って……」
「麻由加さん……俺はそんな事、ないよ」
「いえ、たとえ今はそうでも未来はわかりません。ずっと暮らしているんですもの。来年になっても若葉さんと同じアパートで暮らすんですよね?」
「…………」
彼女の言葉に俺はこれ以上否定をすることができなかった。
ただでさえ好きと言ってくれて、俺も言って付き合うに至らなかった男。ここで違うと言っても説得力というものがない。
自然と俺たちの距離は離れ、押し付けられていた身体も自然と空白が生まれてしまう。徐々に、本当に少しづつだが離れていく俺たち。その距離はまるで段々と離れていく心の距離のようにも思えた。
「いえっ、否定するつもりは無いんです。寧ろ喜ばしいことだと思ってます。喧嘩するより仲良くするほうが良いですし、そもそもゲーム内で結婚をしてるようじゃないですか。きっと私よりもずっと長いこと一緒に遊んでお互いのことも知っているでしょうし、私も仲がいいところを見ると嬉しく……うれ……しく……」
徐々に言葉尻が弱くなっていき、最後まで言葉が紡げなくなってしまう。
目は伏せられ肩が震え、グッと堪えてしまっている。
俺はその姿に手を伸ばそうとして、引っ込めた。
何を言うのか。そんな事無い。俺は麻由加さんのことが好き。そんな空っぽな言葉を言ったところで彼女の何が埋まるというのだろうか。
手持ち無沙汰となった手は地に落ち俺の視線も下がってしまう。彼女のことを好きな気持ち……何を伝えたところで意味なんて無いのだろうか。
――――――否。
そんなことはない。
俺はその答えを知っている。
信じられないと思っていた言葉たち。しかしそれが紛れもない真実だともう何度もその身で味わってきたじゃないか。
あの時彼女は俺に何をした。何をもって俺に言葉の真実性を証明していた。その空虚な言葉に真実味を持たせるため、俺は今一度顔を上げて彼女を見つめる。
「……麻由加さん」
「いえ、気にしないでください。ただの独り言ですので。もう少し待ったらまたさっきのように元に戻って………」
「麻由加さん、顔を上げて」
「はい………? っ―――――!!!」
伏せっていたその顔。持ち上がって目が合う頃にはもう行動を開始していた。
再び顔を下げられないよう顎に手を添え身体をホールドするように手を回す。そこまでしてようやく俺は彼女の顔へと近づいていき、唇を落とした。
驚きに満ち溢れて硬直する彼女の身体。逃げられないようギュッと抱きしめるように手を回し、慣れないながらもグッと力任せに顔を押し込む。
きっと慣れた人から見たらなんて不器用なものだと批評するだろう。けれどそんなことなんて知ったことかと、彼女に思い切りキスをした。
「~~~~~!!」
反射なのか引き剥がそうとするが俺は力任せにそれらを無駄な行動とさせる。しかしすぐに諦めたのか受け入れたのか、俺を押し込んでいた力はすぐに脱力し、ダランと俺の行動に身を任せる。
柔らかさや暖かさ、そして味なんて確かめる余裕すらない力任せのキス。次第に息も限界に達したのかどちらからともなく触れていた唇を離す。
「プハッ!ハァ……ハァ……は、陽紀くん?」
「その……俺からキスしたのはこれが初めてだけど、俺は間違いなく麻由加さんのこと好きだって言えるから」
全てはこの一言を言うための行動。
ただ説得力を持たせるため。今日この日まで若葉は、灯火は俺に好きだと伝えるのにキスなど行動も伴ってきた。
それなのに俺はただ言葉で伝えるなんて相手を不安にさせてしまうのは当然のことだろう。ならば自らも行動をもってそれを示す。彼女はパチクリと目を瞬きさせ、なんとか言葉を絞り出す。
「はじ……めて?」
「うん。だから勝手がわからなくって、痛かった?ゴメン」
勝手がわからずただ押し込むだけのキスになってしまった。
痛かったろう。もしかしたら内側から血が出ているかもしれない。しかしこれが俺の出した結論だ。後悔はない。
「痛くはありませんでしたが……私のこと、好きなんですか?私も、好きでいてもいいんですか?」
「寧ろ前にも言ったかもだけど、こんな俺でいいのなら」
彼女は言葉を失ったのか黙って強く首を縦に振る。
何度も何度も。それは嬉しさか。俺は信じてもらえたことの安堵にようやく身体の力を脱力させる。
―――――そして気づいた時は、俺の身体は仰向けになっていた。
「………あれ?」
突然の視界の変化。さっきまで横向いて麻由加さんを見ていたはずなのに、気づけば上を向いている。
何が起こった?なにか肩に強い圧力がかかった気が……
「陽紀くん……」
「ま、麻由加さん?」
突然の変化に戸惑う俺に掛けられたのは、麻由加さんの呼びかけだった。
それは当たり前、ここには彼女と俺しかいないのだから。けれどよくよく見れば俺の腹部には彼女が乗っていて、手は押さえつけられている。
それが完全に拘束されているのだと気付くのには大分時間がかかっていた。慌てて振り払おうとしても筋肉痛の痛みともともとの非力からびくともしない。
「ズルいじゃないですか……そんな初めてって嬉しいこと……私にくださるなんて……」
「えっ……えっ……?」
ハラリと茶色い髪が俺の顔にこぼれ落ちる。このまま肘を曲げれば接触確実な距離。覆いかぶさって来ている彼女に俺は目をパチクリとさせる。
見下ろしてくる彼女の目は虚ろでハァハァと吐息を漏らしている。嫌な予感がヒシヒシと感じている中、その小さな口を開いた彼女は彼女らしからぬ言葉を漏らした。
「私、昨日ジムで介抱していた時から思ってたんです。陽紀くんのこと絶対襲いたいって……いえ、襲うって」
「い、いや………それはマズイから………色々とヤバイから」
「好き合っているのですからいいですよね。では………頂きますっ!」
「ちょっ……やめ………あ、アスル~~~!!」
寸前に見えたのはグルグル目になった麻由加さんが襲いかかってくる様。
結局最終的に頼るのは我が相棒、アスル。その声を人間の4倍はあるというワンコイヤーで聞き取った彼女は持ち味の脚で全力でこちらに向かってくれたのだろう。
バァン!と叩きつける音に動きが止まる麻由加さん。
なんとか攻守の入れ替わった若葉のお陰で、今日も俺の貞操は守られるのであった。
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