163.垣間見えた変態性


「すみません陽紀くん。私達はここまででして……」

「ううん、ありがとう麻由加さん。後は雪に任せて」

「はいっ!私が責任持って持っていきますのでお任せください!」


 まだ日も高い位置にある金曜日の昼下がり。

 高いといっても油断すればあっという間に夕暮れになり、ドップリと沈んでしまう12月の午後に俺たちはとある曲がり道で麻由加さんと那由多と道をたがえた。


 ジムで運動を終えた帰り道。コンビニ食という運動後に相応しい栄養たっぷりの食事を終えてから6人で帰っているさなかのこと。

 ジムから家に帰る道中にある住宅街。そのうち右に曲がれば家へ、左に曲がれば駅へと続く道への岐路で分かれた麻由加さんはここまでだからと、雪へ2つのバッグを手渡した。

 バッグの中身はそれぞれ個人のタオルや服が入った小さなもの。運動で出しまくった汗を請け負ってあとは家での洗濯を待つばかりの運動着が入ったものだ。


 そんな運動セットの入った2つのバッグを受け取った雪は落とさないよう大事そうに抱える。

 雪が持つバッグはこれで3つ。中身は服とタオルだし重いわけではないがそれだけ持ったらかさばりはするだろう。

 しかしそれでも文句も言わず笑顔で去っていく2人を見送っていく。


「……さてっ!それじゃああたしたちも行こっか!」

「あ、その前に雪ちゃん。3つも持ったら大変でしょ。1つ持つよ?」

「ありがとうございます若葉さん。 それならおにぃの荷物を持ってもらえますか?別に落としても捨てても構いませんので!」

「おい雪、捨てるな」


 俺の数歩先で荷物の再分配をする雪と若葉。これで2人にはそれぞれ自分の分ともう一人の分の荷物を持っているということになる。

 若葉が手にしているのは俺の。そして雪が手にしているのは灯火の。

 何も俺が荷物を預けてふんぞり返っているわけではない。これには立派な理由もあるのだ。


「冗談だっておにぃ。それでどう?灯火さんはまだグッスリ?」

「あぁ。相変わらずだな」


 ジムの休憩所でお昼を食べてから1時間弱。

 俺たちはそれぞれ帰路についていた。

 そっと首を曲げて肩に見える顔に目を向ければ穏やかな表情でスゥスゥと眠りこけている灯火の姿。


 先程の食事からしばらく、俺に身体を預けて眠った彼女はあいも変わらず眠りこけてしまっている。

 みんなの力も借りて俺の背中に乗せ、疲れた脚を引きずってジムを出て十数分。灯火も随分と疲れているらしくあれ以降起きる気配がまったく見えない。

 全員が全員ジムで身体を動かした後。俺も目を回すくらい疲れたのだが身体に鞭打って彼女を背負っている。最初は若葉が背負うって言ってたけどプライドがね……。どうやら俺にも一端の体面というものくらいは持ちあわせているようだ。


 そんなこんなであれから数十分。簡易的だが変装もしたし住宅街というあまり人の通らない道を選んでいるから正体の発覚という意味では問題はない。

 懸案事項があるとするなら俺の体力事情だろうか。最初は死ぬかと思ったが今は慣れたのか苦なんてほとんどない。どうやらアドレナリンが出てランナーズハイになっているみたいだ。まるでスターを取った配管工の気分。

 でもきっと、後からやってくる筋肉痛は大変なことになるだろうな。明日はベッドの上から出ないようにしよう。そうだ。ベッドとPCデスクの行き来だけで一日を過ごそう。


「随分と安心ちゃって……。何人の女の子を落とせば気が済むわけ?アイドルハンターのおにぃ」

「冤罪だ……」


 同じく灯火を覗き込んでいた雪が懐かしの呼び名を告げながらこちらを睨んできて嘆息する。

 俺だって気づいたらこうなっていたんだ。幼稚園時代の約束なんて不意打ちにも程がある。


「ま、1ファンのあたしからしたら歓迎すべきところだけど。でも本当に大丈夫なの?そんなに女の子落としまくって。家で刃傷沙汰なんて勘弁してよね。外でやるように」

「そんなことにはならないから大丈………ん?さっき俺の心配じゃなくって家の心配しなかった?」

「気のせいじゃない?」


 まるで外で遊んで来なさいと言わんばかりの口調で言われたものだからついつい聞き逃しそうになってしまったが、その言葉の中身は物騒極まりないもの。

 つまり外でならいいと?聞き返すも雪はしらんぷり。まぁいいけどさ。


「あたしはお兄ちゃん大好きな妹だからね。今も灯火さんを背負ってるおにぃが体力尽きて倒れないかとヒヤヒヤしてるよ」

「それ、俺の心配じゃなくって灯火の心配してるよな?」

「………バレた?さっすがおにぃ。あたしのことよく解ってるね!」

「まぁな」


 バレバレだっつの。

 舌を出しながら頭を小突いてあざとく見せる雪。何年兄やってると思ってるんだ。

 でもあからさまに俺の心配をされても鳥肌だもんな。このくらいでいいかもしれん。


 しかし雪はそれだけには留まらない。即座にニヤリと口を歪めたと思いきや灯火を背負う俺を四方八方から見渡した後「ニッシッシ」と笑って見せる。


「あ、でもあたしもおにぃの事よく解ってるよ。例えばぁ……キチンと背負うフリしながら灯火ちゃんの胸の感触味わってることとか!」

「…………何のことかな?」


 ダラダラダラ。

 嫌な汗が背中を流れている気がする。


 いやね、背負うということはどうしても灯火の身体はこちらに体重をかけるということになる。もちろん仰向けだと危ないからうつ伏せで。

 そして彼女は背の割に随分と大きなものを所持している。結果背負うと否応がなしにその感触が背中に当たるというわけだ。

 更に硬いブラではなくおそらくジムで見せた際どいタンクトップを下着にしているだろうから柔らかな感触がヒシヒシと。

 つまり予測可能回避不可能な事例というわけだ!俺は悪くない!!


「別にいいけどぉ~。あたしは全然良いんだけど若葉さんはどう思うかなっ!?ね、若葉さん!!」

「い、いやこれはっ……!!」


 ここで若葉をけしかけるのはやめるんだ!!

 変に嫉妬した若葉が飛び込んできたら俺は地面に倒れ込む自身がある。自慢じゃないが俺は貧弱だぞ!今はアドレナリンでどうにかなってるだけで転けたら意識さえも刈り取られてしまうぞ!!


「………若葉さん?」


 しかし待てども若葉から返事が返ってくることはない。

 確かにそこにいる。俺も目の端で捉えていたから間違いない。

 しかし何をやっているかまでは把握していなかった。俺たち兄妹とも二人して若葉がいるであろう場所を見る。


「はぁ……はぁ……。これが陽紀君の汗の……。すごい……クンクン、いくらでも、いくらでも嗅いでいられるよぉ……!!」


 そこに立っていたのは住宅街のど真ん中で服に顔を埋めながらヨダレを垂らすアイドル…………いや、変態の姿がそこにあった。

 雪から受け取ったバッグ。その中身である汗びっしょりのシャツを取り出して顔を埋めては恍惚に浸る表情を見せまた顔を埋める。

 まさしく変態の域。その姿を目の当たりにした俺たちは互いに言葉を失ってしまう。


「―――――」

「はぁはぁ……………はっ!!!」


 しかし彼女も俺たちの視線に気がついたのだろう。

 バッと顔を上げれば同時に目が合ってしまう、合いたくなかった視線。

 どうにも気まずい無言の時。俺は何も言わずに雪へアイコンタクトをして2人一緒に家への道を歩いて行く。


「陽紀君雪ちゃん待って!!誤解なのっ!いや誤解じゃないけどそうじゃないのっ!! 話せばきっとわかってくれるから……だからまってぇ!!!」


 それは置いていかれる若葉の切実な叫び。

 叫び声は町中に響き渡り、駅についた麻由加さんにも聞こえたとか聞こえなかったとか――――。

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