154.新しい家
「先月に続いて今日まで……忙しいのにわざわざ来てくれてすみません~」
「いえ。こちらこそ1ヶ月もの間娘を預かってくれてありがとうございました」
「いいんですよ~! 雪なんてすっごく喜んでましたし!それに東京へ行った時だって陽紀がお世話になったと――――」
朝に比べたら幾分暖かくなった12月の日曜日。
昼頃になれば雪も起きてきて普段ならパソコンに向かいながら休日を謳歌する素晴らしい日だ。
しかし今日は朝からパソコンをつけることはせずこの時間までずっとリビングに居続けていた。
暇つぶし道具といえばスマホくらいだけ。もちろんコレだけでも十分暇は潰せるのだがそれさえも弄ることはあまりなかった。
主にしていたことといえば金青の髪を持つ女の子をあやしていたくらい。そんなこんなであっという間にお昼になって訪問予定のお客さんが訪れた。
彼女こそ一ヶ月ぶりにウチへやってきた足立 咲良さん。
超が付くほどの有名女優でありながら若葉の母親。そして若葉をこの家に置いた張本人である。
目的の一ヶ月。その期限がやってきたということで彼女はここへやってきたのだ。ハーブティーを揺らしながら母さんと会話する凛とした姿はそれだけで様になっている。
「……陽紀君も、ワガママ娘を見てくれてありがとうございます。うるさかったでしょう?」
「えっと………」
おしゃべり好きな母さんとの会話が一段落したと思ったら、今度はその視線が隣に座る俺の方へ。
それはなんて答えればいいんだ……素直にハイといっても地雷感しかしないんですが……。
「わ、私はそんなに迷惑掛けてないもん!」
「そうですか? ならいい加減料理はできるようになりましたか?陽紀君に泣きついたりしていませんか?」
「…………」
答えあぐねている俺に代わって背後に立つ若葉が返事をするものの、即座に切り替えされて俺の背中に隠れてしまう。
料理は……まだあんまり。泣きつきも……さっき盛大にやったな。
朝ごはんを食べてからお昼まで。
俺の殆どの時間は彼女をあやすことに終始した。
確かにいい匂いするとかないてる姿可愛いとかいろいろ柔らかいとか思うところは色々あるけど…………。うん、大変だった。
「すみません陽紀君。こんな不肖の娘の面倒を見てくれて」
「いやぁ……アハハ……」
「ぶぅ……。ママのイジワル」
俺の背後、肩の隙間から正面に座る咲良さんをにらみつける若葉だが当の本人はすまし顔だ。
むしろ勝ち誇っているような気さえしてくる。諦めろ若葉。家事的な意味では勝ち目なんてないんだから。
「ママ……私、まだこの家に居ていたい」
「何を言っているんです。この家の人に迷惑でしょう? 家事を積極的にするならともかく、今のままだと食客どころか穀潰しになりますよ」
「うぅぅ……」
穀潰しとは容赦ない……。
もはや取り付く島もないとはこのことだろう。少しだけ顔を出した若葉はどんどん頭が下がって完全に俺の背中に隠れてしまった。
俺としてはまぁ、もうちょっとくらい居てもいいと思うけど……。
「陽紀さん、今日私が来た理由についてはご存知ですよね?」
「あ、はい。ひと月経ったから若葉を引き取り(?)に来た、ということですよね?」
「っ……!」
若葉から俺へ視線が移るのは彼女の真剣な瞳。テレビドラマで見た威圧感のあるその顔が今目の前にあることに固唾を呑みながらもなんとか答える。
まさに本題の一言。すると俺の肩を掴む若葉の手がギュッと力強くなるのを感じた。
とうとう来てしまったかというような心持ち。俺も、そして若葉も。
一ヶ月というのは短いようで相当長かった。若葉の期待するような進展的なものは無かったものの、雪も加えてみんなで遊んで若葉がじゃれついてきて、俺としても相当楽しい日々だった。
……などと感傷的な思いに更けてしまったけど別にもう会えないという訳じゃないんだよな。
ただちょっと距離が離れるだけ。適切な距離。それを若葉があまりに嫌がるからつられてしまった。
「そのとおりです。予定の一ヶ月、もう家の準備はできましたので――――」
「ちょ、ちょっと待ってママ! ちょっと前にアパート見たけど全然家なんて建ってなかったよ!!」
冷静に頷く咲良さんに若葉が思わず反論する。
確かにそうだ。古いとはいえアパートが建っていたんだ。そこから解体して建て直すとしたら素人目にも一ヶ月でできるとは思えない。
俺自身見たわけじゃないのだが、ネットで調べた限り一ヶ月で家を建てるなんて土台無理な話と書いていた。
「……では、見てきますか?」
しかしそんな疑問を吹き飛ばすような提案を彼女はしてきた。
いつの間にかハーブティーは空になり、その手に上着や鞄を回収していく。
「見てくるってあの家を?」
「えぇ。一度見れば納得もするでしょう。今日これから行く場所が、若葉の新しい家です」
―――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
「――――やっぱり全然できてないじゃん!」
若葉の少し安堵混じりの言葉が俺たちの間を駆け巡る。
それは自身の言葉の証明とともにまだ猶予があると示すような言葉。
咲良さんがこれから現地に向かうと言ってからおよそ5分後。
俺たちは角にある以前若葉が住んでいたボロアパート前までやってきていた。
灰色の防音シートに囲まれた区画。今日は工事もやっておらず許可も貰っているということでその先に足を踏み入れると、それは見事な空き地が広がっていた。
まさに何一つとして存在しないまっ平らな空間。地面と石と草だけのシンプル過ぎる空間。
若葉がそういうのも無理はないだろう。しかし同時に連れてきた咲良さんは上下に肩をすくめて見せる。
「むしろ一ヶ月で解体工事が終わったんですよ。これは早い方です」
「でも前は一ヶ月で建て替えるって!」
「いえ、私は一ヶ月工事をするとしか言っていません。そして完成形が今のこの状態です」
「えっ………じゃあ、私はこれからこのまっさらな何もない土地で夜を過ごせってこと……?」
まさかそんな事……。
と思いもしたが現実問題建物なんて完全に跡形もなくなっている。
ソロキャンか?テント張ってコーヒー飲んで一日を過ごすのか?
これで寝るとなったらもう野宿しかないだろう。しかしそれは壁も屋根もない状態。一晩ならともかくこれなら以前のボロアパートのほうがマシなレベルだ。
「もちろんそんな事ありませんよ。……こちらです」
「「…………?」」
動揺する俺たちを促すようにまっさらな土地から出ていく咲良さんを目にして俺たちは互いに顔を見合わせる。
無言で家から遠ざかっていく咲良さん。家から空き地までと同じくらい……おおよそ合計10分くらい歩いただろうか。彼女はとある建物の前で立ち止まってこちらへと振り返る。
「こちらが若葉の新しい家になるのです」
それはパッと見はこじんまりとした小さな集合住宅。
三階建てで奥行きは2部屋すらなさそうな小さな建物。
しかし管理人は居ないながらもオートロックも取り付けられていて最低限ながらのセキュリティはあるように見える。
――――彼女は、咲良さんは根っからの芝居好きなのだろう。
家を出る時から今までの順序立てて勿体つけるような誘導の仕方。そしてバッとミュージカルのように大手でその建物をアピールする姿は見事様になっていて、眼の前でクルリと壇上さながら大きく回ってみせた彼女は再び俺達の前で言ってみせた。
「ここがこれから新しく住まうことになる、
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