152.彼不在の世界でも


 ど派手な魔法やスキルが撃ちひしめく洞窟。

 歴戦の猛者たちが予め配置された敵たちへ次よ次よと隙間なく攻撃を叩き込む。


 その動きに迷いはない。

 1つの塊となっている敵集団へ先制攻撃してから注目を集め、その間を縫うように移動して敵ごと次の集団へと突っ込んでいく。

 1グループ、2グループとある程度集まったところで叩き込まれる範囲攻撃たち。全力で迎撃しているモンスターたちはその統率の取れた動きに為す術もなく倒れていく。



 ここはゲーム『Adrift on Earth』のとあるダンジョン内。

 フィールドとは別エリアに隔離されてザコ敵と大型モンスターの討伐を主にした探索ステージ。

 初心者にとっては尻込みするようなドラゴンひしめく洞窟内。しかし慣れた者にとってはただの通路でしか無い道を4人の勇者たちは我が物顔で走っている。



「――――ってわけでね、帰ってからお父さんに会わせて貰ったけど優しくていい人だったんだ~!」

「それは良かったですね。私にとっても羨ましいことです」

「そうね。お姉ちゃんにとっては"お義父さん"になる人に挨拶は大事だものね。 ちょっとアスル。なんで私達を呼んでくれなかったのよ?」

「え~、私達が帰ってきたの夜遅かったからマズイかなって。 だって"陽紀君とデート"してたんだしね!」

「「むぅ…………」」


 一人の明るい声にもう2人の姉妹は揃って唸り声を上げる。

 声が明るくなるのも当然のこと。明るい少女は想いを寄せる彼の父親と対面できたのだ。

 そしてなんと父親の職業は記者。もちろん少女はいろいろ・・・・とやり取りし、いろいろ・・・・と取引も交わす事ができた。想像以上の成果に笑みが溢れるのは仕方がないことだろう。




 穏やかな談笑の中でも画面の中にいるキャラを動かす手は止まらない。

 ゲームでは10を超える近い凶悪なモンスターが一斉に襲いかかってきているにもかかわらず何食わぬ顔でそれをいなし談笑を続けていた。

 誰かの足並みが崩れれば統率が乱れ、即座にパーティー壊滅するという綱渡りのような状況。それでもまるで食卓を囲みながら談笑する友人同士のように緊張感など何一つなく敵をバッタバッタとなぎ倒していた。


 余裕なのも当然のこと。

 ここのメンバーの大半は最高難度を誇るアフリマンの討伐者だ。全プレイヤーの中で撃破率0.1%未満のボスを倒した彼女らにとって今更ほぼ全員が難なく突破できるダンジョン程度では朝飯前にも満たないだろう。

 そんな破竹の勢いでダンジョンを駆けるのはアスル、セツナ、リンネルの三人。そして――――


「でも若葉さん、本日帰っておられたということは明日早朝にでも伺えばセツナとリンネルさんも間に合うんじゃないです?」

「……!そうよファルケ! そこのとこどうなのよアスル!居るなら私とお姉ちゃんは朝イチで行くわよ!?」

「いてくれたら良かったんだけどねぇ……。今日帰ってきたのも雪ちゃんの受験を励ます為で仕事の合間を縫ってきたみたい。明日始発には出ていくって」

「そうですか……残念です」


 ダンジョンを駆ける4人目、ファルケの質問はいい着眼点だったが無情にも無駄な抵抗だと判明してリンネルの肩を落とす声が聞こえる。


 ハァ……と誰かのため息が聞こえるボイスチャット内。そんな一瞬の脱力が隙を生んでしまった。

 この中で最も経験値の少ないリンネルが攻撃を緩めた途端、一体のモンスターが方向転換をする。


「……あ、お姉ちゃん!一体敵視漏れたよ!」

「えっ……?あっ!ごめんなさい!若葉さん!危ない……!」


 それは敵視調整ヘイトコントロールが不十分だったのが原因。ひしめき合う中でモンスター重なり合い、隅々まで攻撃が行き届いていなかったのだ。

 ヘイトが移ってしまった一体のドラゴンが方向を180度転換して杖を持つ回復職の元へ突進していく。


 回復職は盾職に比べて天と地の差が出るほど脆い。それは攻撃を受ける設計になっていないから。

 さすがに一発程度でやられることはないものの、駆け出し盾職のリンネルがパニックになっている以上即座にヘイトを取り返すのは至難の業だろう。

 しかし杖を持つキャラクターは迫ってくるドラゴンを前にしながらもニッと笑ってみせる。


「大丈夫大丈夫。――――ファルケ」

「ん、りょうかいでーす」


 ドラゴンが向かう先に待ち構えるは杖を持つ回復職、アスルこと若葉。

 自分が狙われているにもかかわらずアスルは動揺など1つもせずただ一言仲間の名前を告げてみせた。


 グォォォ…………


 その直後、ドラゴンの腹部に何かが弾けるエフェクトが発生した。

 同時に断末魔を上げたドラゴンはアスルに到達することなく倒れ込む。

 敵の体力が0になった合図。しかし向かってきた時点で敵の体力はまだ3割は残っていたはず。それをファルケはブーストアイテムで威力を底上げした猛烈な攻撃で対処したのだ。

 その後間をおかずに盾職が持っていた敵たちも次々と倒れていく。

 残されたのは勇者4人。先導するリンネルは進行ことも忘れて「凄い……」とただただ呟いた。


「まだ体力残っていた敵を一発で……それもアスルさんも動揺することなく……」

「ファルケが出せる一発の火力はわかってるからね。スキル再使用可能時間リキャストタイムも戻ってきてそうだったからあとは任せようかな~って。ね。ファルケ?」

「はい。若葉さんはみんなの持つスキル一つ一つの火力とリキャストを把握してますから。あとは長いこと一緒にいて相手が何を言いたいかなんとなく分かりましたし」


 それは困難をともに越した者のみが通じ合う阿吽の呼吸。

 若葉がもしもセツナの名を呼んでいたとしても同じように最大火力の魔法で撃破していたことだろう。しかし今やっているのは雑魚の殲滅。一体相手の撃破は詠唱が必要な魔法職のセツナより攻撃を即撃ちできる弓使いのファルケのほうが適しているとあの一瞬で通じ合ったのだ。


「ま、とは言っても元はと言えばアスルがヒール厚くして敵視ヘイト稼いだのが原因じゃない?」

「セツナったらひど~い!確かに私の回復は付け焼き刃だけどさぁ……」

「わ、私はすごく助かってますよアスルさん!」


 セツナのからかいにアスルは憤慨するが即座にリンネルがフォローする。

 今日のダンジョンは一部職業の変更が起こってる。アスルとリンネル。2人のメインが盾職のため片方があぶれることとなるためだ。

 しかし今回の目的はリンネルのストーリー導線にあるダンジョン攻略。ならばとアスルが慣れない回復を買って出たのだ。


「ところで若葉さん、セリア……陽紀さんはまだ戻って来そうにないです?」

「陽紀君?うん。今日も寒くてゆっくり湯船に浸かるって言ってたから。出てもアイス食べてゆっくりするんじゃないかな?」


 本来アスルは回復職ではない。それでも杖を持つのはメインヒーラーである陽紀がお風呂に行っているから。

 きっとダンジョンの出口では陽紀の操作キャラであるセリアが待っているだろう。ただし中身のないカカシ状態だが。


「やっぱりちゃんと把握してるのね。 いいわねぇ同居生活。楽しい?」

「うんっ!すっごく楽しいよ!!」

「羨ましいです若葉さん……。私なんて隔週でしか会えないのに……」


 そう残念がるファルケこと灯火も隔週で来るというのは十分破格である。


 隔週で会う計画。

 これこそ以前東京で帰りを見送った後に計画したこと、『通い妻計画』。

 2週に1度行くものだがそれでも軌道に乗ってきた身ということで、仕事に穴が開くと社長には随分と難色を示された。

 しかし会いに行く3日分の仕事を他の日に回すことでなんとか解決している。その分灯火の睡眠時間は全盛期の若葉に匹敵するほど短いものだが、彼女は苦とも思っていない。

 それこそ愛の力。灯火は陽紀が東京に出向く以前と以降で別人かと思うくらい生き生きと活動していた。


「私も今が一番幸せかも」

「いいわねぇ一緒に暮らせて。でもそろそろ無駄話はおしまい。集中して。ボス戦よ」


 早々に話を切り上げるセツナに他3人は「はい」と短く返事をして意識を切り替える。

 神速の勢いで突き進んでいたダンジョン。今はもう最深部に待ち構えるボス直前。

 少女たちは一斉に武器を構え、宝箱を背にしているボスのもとへと向かっていく。


 その後陽紀が戻ってくる頃にはレアドロップを手にしてホクホク顔のリンネルが立つ結果となってたらしい。


 どうやら陽紀の居ない女子たちは思ったより仲良しのようだ――――。



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 ―――――――




 メーデー。メーデー。メーデー。

 緊急事態が発生しました。


 時刻は朝6時半。日もようやく登り始めたという時間。

 まだ温まっていない家は寒く、でさえ布団から出るのが億劫だと少しだけ思ったほどの12月のとある日曜日。

 何も予定が無い休みの日。最高で幸せな彼の家での朝。


 この時間は雪ちゃんも眠っていて、もちろん陽紀君なんてもってのほかで夢の奥深くまで潜り込んでいることでしょう。

 起こそうとしても「日曜日だから」「休みの日くらい」と毎日似たような言葉を並べ立てて5分10分となあなあで伸ばそうとする陽紀君。

 そんな"いつものやり取り"を迎えるまで2時間は先の話と思っていた今日この朝。


 それなのに――――なのに、目の前には信じられない光景が――――


「おはよう。早いな若葉。悪いが朝ごはん作ってるから顔でも洗ってきてくれないか?」


 それはキッチンでフライパンを熱しながらこちらを一瞥するだけに留める大好きな人、陽紀君。朝ごはんの当番でも無いのに、なにか予定が組まれているわけでもないのに私より早く起きて着替えて朝ごはんを作ってた。

 こんな朝早くの時間に起きているなんて、どう考えても緊急事態。エマージェンシー。2度見3度見しても変わらない彼の姿に私はまさか夢かと思って顔を洗いに向かっていく。


「陽紀君が早起き!?あり得ない……何かの前触れ……!?」


 その意図がわからない混乱者、若葉はパジャマ姿のままフラフラと歩くも答えが出ることなど無い。


 もちろん顔を洗って戻ってきても、彼の姿は幻覚幻聴のたぐいではなく変わらずそこに立っているのでした。

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