150.ヒミツの彼氏
「おまたせ陽紀君っ!もう相手の人来た!?」
「いや、まだ…………」
人の多く行き交う街の駅前。
土曜日ということもあって男女問わず多くの若者を中心にそれぞれ目的の場所へ赴こうと足を動かすその広場に、私は駆け足でたどり着いた。
こちらを見ずに返事をするのは私の彼氏の陽紀君。――――って言いたいところだけど、絶対否定されるから頭に(未来の)をつけておく。
ここは家の最寄り駅から数駅離れた場所にあるそこそこ大きな街。以前陽紀君と遊びに行った場所でもあるし、ここらへんで遊ぶとしたら真っ先に候補に上がる栄えたところ。
私は駅に着いたタイミングでちょっとお手洗いに行っていたけど、陽紀君は駅前の待ち合わせ場所に既にスタンバっていたみたい。
人が多くたむろするメインの広場より少し離れた位置にある草陰に隠れて私も顔をのぞかせると、遠くにスマホをつつきながら誰かを待っている雪ちゃんが立っていた。
12月だというのに膝丈くらいのスカート。タイツでなんとか暖をとっているけれどそれでも少し寒そう。上はフワフワモコモコのボアブルゾンでオシャレはバッチリ。やっぱり本当にデートなのかな?
「それにしても今日は寒いな……雪もあんな格好で大丈夫なのか?」
「あっ、それならさっき暖かい飲み物買ってきたよ! はいどーぞっ!」
「おぉ助かる……ありがとな若葉」
私は全然寒くない。だって陽紀君が喜んでくれるだけで心はいつでもポカポカだから。
でも気温的に寒いのは当然。もうとっくに12月へ突入しているから。
冬至まではまだ少し日があるけれど風に揺らめく木々は葉を失ってもうすっかり冬の装いだ。
オシャレは我慢とは常識だけど実際にそうしているのはデートと思しき男女ペアのごく一部のみ。特に今日は寒いみたいだからみんな暖かそうな格好をしてる。
だからお手洗いを終えてここに来る前にコンビニで暖かいコーヒーとお茶を買っておいた。
もちろん私はお茶だけれど、コーヒーで身体を温める彼は白い息を吐いてふぅと目を細める。
ジッと見つめる彼の姿はロングコートにサングラスと明らかに似合っていない格好。家を出る前に聞いたけど変装用の格好みたい。
自分のものではない、家を漁って出てきたサングラス。見慣れてないのか似合っていないのかどうしても浮いてしまっているその姿。けれど私はお構いなしにその横顔をジッと見つめる。
「……? どうした若葉?やっぱりこの格好変だったか?」
「ううん!全然変じゃないよ!すっごく似合ってる!!」
「…………そっか」
私の視線に気がついたのかサングラス越しに正面を向いている視線がチラリとこちらへ向けられる。
とっさに答えて視線は外れたけど似合っていると言われて嬉しそう。本当は浮いていて全然似合ってないけど私自身のためのちょっとした嘘をついちゃった。
私はアイドル。家の中ではその限りではないけど、こうやって人目の多い場所へ出るには変装は必須だ。
今日の格好は白いロングコートにサングラスとキャスケット。そう、彼と殆ど同じ格好。
全く一緒という訳では無い。コートのメーカーだって違うしサングラスなんてフレームもレンズもぜんぜん違う。
それでもコンセプトは一緒。その事実だけでなんだかペアルックをしているような気持ちになって彼に変装を解いてほしくないと思ってしまった。
同じ格好で街中に出る。それってつまりそういうことだよね?
「ねぇ陽紀君、やっぱりこれって私たちはデー…………」
「デートじゃないからな。普通に妹の様子見だから」
「むぅ……」
せっかくの提案がすぐに否定されちゃった。
むぅ、男女2人でで街中に出たらそれはデートなのに。私と陽紀君はデートなのに頑固さんなんだから!
「それにしても遅いな……。相手と何時に約束してるんだ?」
「あと5分で10時だからそろそろじゃないかな? もうちょっと待ってみようよ!」
私がむくれている間に彼はポツリと呟いてみせる。
待ち合わせ場所という情報もわからず寒空の下。まだ10分も待っていないけど体感的には1時間も経っているような気分に襲われる。
腕を組む彼の指が上下にせわしなく動くのを見て私もその程度しか経っていないのかとビックリした。
……でも雪ちゃんがデートって言う相手は誰だろう?
この1ヶ月結構雪ちゃんと話してきたつもりだけどそんな話題なんて一切出てこなかったのに。私や陽紀君に言っていない秘密の彼氏が存在したのかな?でもそれならわざわざ昨日宣言する必要なんてないし……うぅ~ん……。
「待ってる相手が本当に彼氏だったら陽紀君、どうするの?」
「どうってそりゃあ……どんな相手か見定めるしかないかな」
「うんうん。でも、もしその相手が陽紀君のお眼鏡にかなわなかったら?」
「それだったら乗り込むしかないな……。ゲームで俺に勝たない限りは遊ぶことも許さんって」
「それはさすがに理不尽すぎるよぉ…………」
陽紀君にゲームで勝つってそんなの至難の業過ぎるよ……。
彼も私も同じ、ゲーム最難関のボスを倒した実力を持っている。実装からどれだけの日数で倒せるかを競うレイドレースに参加していないといっても、アフリマンを倒せるだけである程度の実力を持っていると証明されている。
だから陽紀君に勝てる人ってそうそう居ないんだよ。ゲームをやっていない相手ならなおのこと、その条件は厳しすぎると思うな。
なんだかいつもと様子が違う陽紀君。
でも、陽紀君がそう思うってことは――――
「―――陽紀君ってやっぱり雪ちゃんのことすっごく大好きなんだね!」
「なにを……? そんな事ないぞ。いつも煩いしやかましいししつこいし、相手を見定めるのも俺のテリトリーに入ってほしくないだけだってば」
またまた早口で誤魔化しちゃって。
一切視線をこちらへ向けず心なしか早い速度で説明する彼の姿は、私から見ても誤魔化してることなんてバレバレだった。
何だかんだ言って、雪ちゃんの事大好きな陽紀君。
私から見たらそういうところすっごくポイント高い!惚れ直しちゃう!!
「大丈夫だよ陽紀君!私は雪ちゃん大好きな陽紀君でも纏めて大好きだからっ!」
「そういうのじゃなくって俺は単純に自分のためで―――――」
「あっ! あの人がそうじゃない!?」
「――――っ!?」
―――私の宣言を否定しようと彼がこちらに振り向いたその瞬間だった。
これまでスマホを見ていた雪ちゃんが顔を上げたと思いきや、パァッと笑顔を輝かせてその手を大きく振っている。
その笑顔を向けていると思しき先……駅から一直線に向かってくる人の中に目当ての人物らしい姿が私達の目にも入った。
雪ちゃんのアピールに少し照れながらも小さく手を振り返しているスーツ姿の男性。
短い黒髪で細いフレームのメガネを掛けた大人の男性。お兄さん……というよりおじ様と評したほうが近いのかもしれない。
まさか予想していなかったデート相手に私も思わず言葉を失い、意識を取り戻す頃にはとっくに2人は接触を果たしていた。
「やっぱりあの人が……!同世代どころか大人の人!?雪ちゃんってもしかしてああいう父親みたいな大人の男性がタイプだったなんて……ねぇ陽紀君っ!!!」
「………………解散」
「――――えっ?」
思いもしなかった雪ちゃんの秘密。それを知ったことで思わず興奮していたけど冷静な陽紀君の言葉に私の浮いていた心は一気に地上へと戻された。
さっきまで同じように目を見開いていた陽紀君はスンッ……と言わんばかりにつまらなそうな顔を向け、背を向けて駅に行こうとするところを私は慌てて腕を掴む。
「ま、待って待って!陽紀君! あの人がデート相手なんだよ!見極めなくていいの!?」
「いいよそんなの。やる必要すらない」
「でもっ…………!!」
「……だってあの男の人、俺たちの父親なんだから」
「―――――――」
まるで興味を失ったように帰ろうとする陽紀君に必死に引き止める私。
けれどその口から出たのは思いもよらない言葉だった。
俺たちの父親……父……親………父親!?
つまりはパパってこと!?あの人が!?
まさかと思ってもう一度大人の男性に目を向ける。
……確かに向かい合う2人をよく見ればところどころ雪ちゃんに似てるかもしれない。陽紀君はどちらかというと、お義母さん寄り?
一ヶ月家にいて父親の存在がないことは気になってたけど、家族の事情もあるだろうし聞けなかったんだよね。まさかあの人が……
「雪は父さんのこと大好きだったからな。普段仕事で会えないしデートって言ったのもそのことか。まったく焦ったじゃないか……」
「そ、それならなおのこと行かないと!!私がっ!」
「待て待て待て!なんで若葉が行くことになるんだ!?」
あの人は間違いなく陽紀君の父親!ならばやることは1つしかないよね!!
そう思って2人に近づこうと足を伸ばしたけれど、今度は帰ろうとしていた陽紀君に腕を掴まれてしまった。なんでって……
「だって陽紀君の父親だよ!?
「なにが今後だなにが! ほら、今は雪の独占期間だし今日デートしてやるからあっち行くぞ!」
「うわぁ~ん! お義父さん~!!」
まるでリードを引かれるワンコのように私は腕を引っ張られて雪ちゃんの元から引き離されていく。
いいもんっ!それならせっかくお許しも出たんだし存分にデートを楽しむもんっ!!
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