149.追跡準備
人とはつまり考える生き物だ。
物事を深く考え、言葉を発し、他人と共有して新たな知見を得て自らの力に変える。
そうして人は幾千幾万もの時を過ごし発展してきた。
ただただ動植物を狩って自らの血肉とし、その日その日を生きていく他の動物たちと違う点はそこにあると思う。
人は他の動物と比較して考える力が非常に発達している。そのお陰で火をおこし、立派な住居を構え、蒸気や電気までも生活に取り入れてきた。
最初は火をおこして動物を狩るだけだった生き物が今となってはパソコンの前で手を動かすだけで生活することも可能となった現代。
頭脳の力は人間の生み出したAIに託されつつあるが、協力することはあれど取って代わられるのはまだ不確定の未来だろう。
一見、不可能など無いと言いきれそうな人間の力。
その一端を担って生まれてきた俺こと芦刈 陽紀は考えに考え抜いても出ない答えに頭から煙を吹き出していた。
一人リビングのソファーの前であぐらをかき、腕を組んで瞑想するように目を閉じても答えが出ることはない。
まさに人類の難問。その難題に今俺は一人で立ち向かっていた。
こうなってしまった原因はほんの10分程度前に遡る。
「おにぃ、あたし明日デート行ってくるから」
「…………はっ?」
それは突然の報告だった。
灯火がウチへとやってきた翌週の金曜日。
週に5回ある地獄の学校を終え、図書委員の活動をも乗り越えた俺に待っていたのは土日という休日だった。
一応予定はあるものの朝早くに無理やり起きなくていい。勉強もしなくていい。そんな幸せの休日を前にしてウキウキ気分で食後のコーヒーを啜っていると、我が妹雪が突然そんな事を言い出した。
まさに青天の霹靂。寝耳に水。
完全に不意を突かれる予測不可能だった言葉に思わず俺はカップを持ち上げたまま固まってしまう。
「いま、なんて?」
「だーかーらー! 明日デートに行くって言ってるの!」
思わず聞き返してしまったがその文言に変わりはない。つまり俺の脳と耳は正常というわけだ。
でーと?デート…………デート!?
つまりアレか……そういうアレなのか!?
「デ、デートってアレだよな? そう言いつつ実は那由多さんと行くとかそういう……」
「も~。那由多ちゃんとだったら普通に買い物でデートにならないでしょ? 一緒に行くのは男の人だよ!」
「…………」
コトリと、持ち上げていたカップをテーブルに戻す。
落ち着こう。たかがデートだ。雪ももう高校生になる。そういう色も知る時期だろう。
だからそう……今手が震えているのも歓喜の震えだ。
「そそそ……そうか……。楽しんできてな………」
「うんっ! さ~って、何買ってもらおうかな~。楽しみだな~!」
まさに語尾に音符マークが付かんとする勢いで鼻息まじりにリビングから出ていく雪。
俺はそんな後ろ姿を見送ってから胡座をかき、雪が言った言葉の真意について考え始めた。
そうして今現在。
10分20分ほど頭を働かせたが全く答えは出て来ない。
いや、出てきている。出てきているのだ。
同じ学校の男の子。はたまたお金目的の大人の男性。
しかし雪に限って……と俺は思考が及ぶたび毎回排除してきていた。
結果答えの出ない難題となる。
いくら頭脳の力で勝ち上がってきた人類の一人だとしても俺は別に天才でもなんでも無い。
ただのゲーム好きな一般人だ。しかし悲観はしていない。答えはでないが俺が取るべき行動も既に浮かんだ。
人間は一人では無力だが協力することのできる生き物。そうして立ち上がってすっかり冷めたコーヒーを一気飲みし、頼れる仲間の元へ歩き始めた。
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「ってわけで若葉はどう思う?」
「どうって言われても…………」
私はこの家に住まわせてもらっている居候。
今はまだ居候の身分だけど実質好きな人との同棲とも同義で暮らしてきた私は部屋で少し早めの勉強をしていた。
アイドルを休止したとしてもやるべきことは沢山ある。
数学とかの勉強はもちろんだし、演技や音楽知識、芸能世界の情報収集に世の中のトレンドとか本当に沢山。
ゲーム用としても愛用しているノートPCに向かって調べ物をしていると、突然控えめに大好きな陽紀君が私の部屋にやってきた。
この家に暮らしてほぼ一ヶ月。その間にこの部屋に訪ねてきたのはこれで2回目。
まさか告白……そのまま大人の階段コース!?って内心ワクワクしていたけど目的はぜんぜん違う、雪ちゃんについての相談事だったみたい。
一通り聞いたけどそれだけで判断するのは難しいと思う。だって雪ちゃん、『男の人とデート』としか言ってないし。
「まぁ……いいことなんじゃないかな? 雪ちゃんって可愛いし愛嬌たっぷりだし料理上手だし、男の子にすっごくモテると思うよ!」
女の子にとって好きな人と結ばれるのは一番いい。
それに雪ちゃんは私から見てもすごく魅力的な女の子だと思う。
距離の近さっていうのかな……私はアイドルで一線を引かなきゃならないけど雪ちゃんはそんなしがらみなんてもちろん無いから本当に近い。それに私には不得意な料理だってできるし……。
でも陽紀君は納得いかないみたいで、神妙な顔をしながら首を横に振る。
「若葉、ちょっと追跡タグとか持ってない?」
「タグ?落とし物用の? もちろん持ってるよ」
「それ貸してくれない?」
「いいけど……何に使うの?」
ふと難しい顔をして私を真っ直ぐ見たと思ったら、コロリと話題を変えるように聞いてきたのは追跡タグのこと。
500円玉程度の小さなタグ。忘れ物したときにスマホからどこにあるか教えてくれる優れもの。
私のバッグには大事なものがたくさんあるからもちろん幾つかのタグを用意してる。私はそのうちの1つを陽紀君に手渡すと、彼は安心したようにギュッと握りしめた。
「ありがと……。これを雪のバッグに忍ばせてくる」
「まってまって!!」
突然不思議なものを要求されたと思ったけどちょっとまって!!
雪ちゃんのバッグに!?このタグを!?本当に!?
「……?」
「そんな不思議そうな顔してもダメだよっ!法律とかの前に人として!!」
「大丈夫。兄妹だし一発全力ローキックで許してもらえると思うから」
「それは私も思うけど……。なんで突然そんなに気にしてるの? 雪ちゃんのことそんなに溺愛してたっけ?」
なんだかいつもと違う陽紀君。
普段陽紀君から雪ちゃんへの対応は……ちょっとだけ淡白な気がする。
仲が悪いわけじゃない。むしろいい。でもうっとおしそうに適当にあしらうことはよく見てきた。だから雪ちゃんに恋人とかできても気にしないとか思ってたけど違うのかな?
そんな私の疑問に陽紀君はポツリと呟くように教えてくれた。
今回の本心を。とんでもない一言を。
「だって雪がデートとか……そんなの、俺より先に恋人ができるのが許せないし……」
「理不尽!! 陽紀君、今世界で一番理不尽で"お前が言うな"案件のこと言ったよ!?」
彼が呟いたのはまさしく本心。でも最も理不尽なこと。
陽紀君!その首を縦に振ればいつでも私がお嫁さんになってあげるんだよ!
ゲームでも現実でもお嫁さんなんだよ!!
私を差し置いて先にって……理不尽すぎるよそれ!!
しかし彼も重々承知しているようで、私の攻勢をのらりくらり交わしながらタグを諦めて部屋へと戻っていく。
まったくもう……陽紀君ってばワガママなんだから。まぁ、そういうところも可愛いんだけどね。
惚れた弱みとはこのことか。
私は何があろうと結局彼のことを許してしまうだろう。
ほら、今だって彼の為になにかできないか必死に考えてしまっている。
人間は古今東西心が奪われた方の負けなのだ。
―――――そして翌日。
コッソリと雪ちゃんの後を着いてきた私と彼の視線の先にいたのは間違いなく、ギュッと手を握られながら笑っている、メガネを掛けた黒髪で大人の男性だった。
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