145.各々の夢


「ねーおにぃ~」

「んー?」


 シャクリと、スプーンで掬ったアイスを口の中に放り投げる。

 舌の上に着地したそれは甘みを伴って踊りだし、口の中ともども甘みでいっぱいにして冷たさが隅から隅へと駆け巡る。

 風呂上がりの火照った身体を冷やす冷却の一口。まさしくこの世の至福とも言えるような暖かさと冷たさのハイブリットを満喫していると、何か思いついたように雪が話しかけてきた。

 俺より先に風呂を上がった我が妹。その手にはパウチで吸い上げるタイプのアイスが握られておりモキュモキュと手の内で様々な形に変形している。


「おにぃってさぁ、将来何になりたいの?」


 そう普段食事で座っている定位置、そして現在俺が腰を下ろしている椅子の隣に着席した雪はこちらに目を向けることもなく問いかける。

 なんでいきなりそんなことを……あぁ、テレビで『子供の将来の夢ランキング』とかやっているからか。


 1位は会社員……ねぇ。夢がないという意見もあれば堅実で良いという意見も出てきそうな答えだ。現実問題子供は親をよく見ているとも取れるかもしれないが。

 それにしてもランキング形式か。なんだかどこにいってもランキングばかりな気がする。この世の全ての分野において日本人の好きなもの第1位となると『ランキング』が躍り出そうだ。


 閑話休題、将来のなりたいものだったか。

 なんだろうな。ランキングには会社員、スポーツ選手、歌手、動画投稿者……色々な選択肢もあるが。


「今に精一杯で考える暇はないな」

「え~?そんな回答ずるーい!」

「そういう雪はどうなんだよ。なんかあるのか?」

「あたし?………あたしはホラ、年明けの受験に手一杯だし?」

「俺と同じじゃないか」


 結局聞いた本人も何も決まってないんじゃないかとアイスで身体を冷やしながら嘆息する。

 しかしもう一度問われた内容について考える。将来なりたいもの、職業。スポーツはマラソンの記録の時点で論外だし、それ以外で考えるとなると……


「まぁ、普通に会社員になるんじゃないのか?結局」

「そうなの? 意外。アレだけゲームやってるんだからゲーム開発者とか言うと思ってたのに」

「開発者も結局大半は会社員じゃないか。 ……ともかく、やるのと作るのは違うだろ」

「まぁ……たしかに」


 ゲーム関係の職も考えたけど作るのはさっぱりだ。

 想像力がないというか創造力というか、やっぱり俺は遊ぶ専門だと思う。


「なんかつまんないー。おにぃだったらもっと面白い夢とかあると思ったのに」

「面白くなくて悪かったな。 雪こそどうするんだよ」

「えっ?だからあたしも考えてないって言ったじゃん」

「そうじゃなくって高校入ってから。委員会なり部活なりなんか入らないのか?」

「そっちかぁ……」


 就職も高卒からと仮定してもあと2年、大学に行くとしたら更に4年も先になるのだ。

 遠いことより目先のこと。雪はなにか入りたいものでも無いのかと問うと今一度腕を組んで考え出す。


「う~ん……あたしは引きこもりの雑魚おにぃと違って運動できるけど、わざわざ入る気もないし」

「おい」

「でもだからといって委員会も面倒だしな~。う~ん……」


 なんだかサラリとディスられたぞ。

 悪かったな運動できなくて。


「そこもあたしは保留かな。今のところ帰宅部?的な?」

「……普通だな」

「普通こそ正義でしょ。 もしかしたら那由多ちゃんに誘われてどこか入るかもだし」


 たしかに、普通こそ正義だ。そこは兄妹として意見が一致するらしい。

 しかし那由多さん……セツナかぁ。あのゲームの入り込みようから察するに帰宅部一択と思うけどな。


「……でも良かった。おにぃが何だかんだ会社員って言ってくれて」

「うん?どういう意味だ?」


 手にしていたパウチを開けてすっかり柔らかくなったアイスを口に運んでいる雪だったが、そんな言葉とともにニュースから視線を外して俺を見る。

 何の意味かわからず呆ける俺に雪は「ホラ!」と言いながら天高くを指さしてみせる。


「おにぃって家帰ったら真っ先に引きこもってゲームしてたじゃん?最近は違うけど。 で、あたしは思ってたんだよね。おにぃってもしかしたら仕事もしないニート……通称"おにぃと"になるんじゃないかな~って」

「………なるわけないだろ」


 何を言い出すかと思ったらありえない話に嘆息する。

 そんな前向きに後ろ向きな悟りを高1で開くわけないだろう。そもそも"おにぃと"ってなんだよ。ちょっとだけ可愛い名前じゃないか。


「あ、でもおにぃはニートや会社員の前にもっと相応しい職業があったね!」

「…………?」


 雪の口から飛び出るわけもわからない造語に内心ちょっとだけ感心していると、ふと思いついたように高い声で提案してきた。

 その声色はアレだ、嫌な予感しかしない。


「ほら、ヒモって役職があるじゃん! おにぃは誰のヒモになるの?やっぱり若葉さん!?それとも麻由加さん!?」

「なるわけないだろ…………」


 何を言うかと思えば。そもそもヒモは職業なのか?

 それこそありもしない答えだ。俺は真っ当に就職する!!


「なになに~?何の話してるの~?」


 そんな俺達の話を遠くで耳にしたのか、扉が開くと同時に若葉がリビングに姿を現した。

 ついさっきまでお風呂に入っていた若葉。その髪は湿気っていて若干湯気もわき立ち、ほんの少しの艶やかさまでも感じてしまう。

 一ヶ月暮らしてすっかり慣れたシンプルなジャージ姿。しかしいつまで経っても慣れないお風呂上がり。彼女のその姿に目を逸してアイスに視線を向けていると雪の正面に腰を下ろしてみせる。


「若葉さんおかえりなさい! おにぃの将来の職業について話してたんです!」

「ただいまっ! 陽紀君の将来?そんなの決まってるよ!私のお嫁さんしかないもん!!」


 自信満々に、胸を張って言い張る若葉に思わず掬ったアイスを落としてしまう。

 まてまてまて。なんて言った。


「おい若葉。なんで俺が結婚することに……。 そもそも俺が嫁になってるじゃないか」

「えっ、嫌なの? 私は結構蓄えあるし運用もしてるから働かなくていいんだよ?一生2人で遊んで暮らそう?」

「!!! おにぃ!お待ちかねのヒモ生活だよ!!」


 待ってない!!!

 待ってたのは雪だけだ!!


 ……でもつまり、働かなくていいということはずっとゲームし放題……それはなかなか魅力的……ってダメだ!その考えはドツボだぞ!


「……………………ダメだ。俺は普通に就職するからな」

「「え~!?」」


 え~、じゃありません。

 ヒモになったら絶対ダメ人間になる。失望されて捨てられた時が命の終わりだ。

 そんな飼われるも同義な人生まっぴらゴメンだ。俺はどこかに就職する!






 砂糖いっぱいのアイスほど甘い、若葉の提案する将来。

 うまい話には裏がある。その危機感を覚えた陽紀は自身さえも期せずして将来の夢をどこぞのランキング1位である会社員と位置づけるのであった。



 ――――なお夢は夢。それが叶うかどうかはまた別問題である。

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