144.夜の町


「よしっ!これで俺の上がりっ! 最下位は雪なっ!!」

「なんで~っ! ズルよズル!!おにぃさっきズルしたでしょ!?!?」


 上機嫌な俺の掛け声とともに雪の心地よい悲鳴がリビングを賑やかす。



 これは灯火の訪問という突発イベントを終えた土曜日の日が落ちた後。

 夕食も食べ終わってゆっくり食後のコーヒーを淹れている時に若葉が持ってきたのは人生ゲームだった。

 おそらく彼女が寝室として使っている物置の何処かから引っ張り出してきたのだろう。いつ買ったか、最後にいつ使ったかわからないほど昔のものだったがゲーム自体は問題なくできるほど。

 見つけて持ってきてしまったのだから、当然彼女の口から出る言葉は「一緒に遊ぼう」。それに真っ先に乗ったのは雪で、なんやかんやで俺も巻き込まれてしまった。


 普段食事をするテーブルには大きなボードにゲーム用の紙幣、職業やら宝やら手形やら様々な紙が散らばっている。

 徐々に徐々にゴールへと進んでいく分身たち。ゲーム開始から1時間ほど経過して真っ先にたどり着いたのは若葉だった。

 彼女は他の追随を寄せ付けないほどの圧勝。残るは遥か後方に取り残された俺たち兄妹の最下位争い。

 二人してマイナスマスに止まって金をすり減らしながらの不毛な争いだったが、最後に勝ったのは――――


「ズルなんて証拠も何も無いだろ? 勝ちは勝ちだ。罰ゲームよろしくな!」

「うぅ~~!!!」


 ―――無論、この俺だった。

 雪の残りは2マス。俺が10マスだった中での大逆転劇。

 10分の1を引き当てたのはイカサマでもなく偶然なのだが雪は疑っているようで、すっかり冷めてしまったコーヒーを飲む俺を必死に睨みつけている。

 いやぁ、大逆転はかなり気持ちがいい。まるでいつものゲームで強大なボスを初見クリアしたくらいの達成感だ。


 そしてもちろん、この人生ゲームには罰ゲームも用意されている。

 とは言っても内容は簡単。家から徒歩10分以内のコンビニに軽くパシられるくらいだ。さて、雪には何買ってきてもらおうかな。


「ゆ、雪ちゃんもギリギリまで頑張ってたよ!あと2マスだったし雪ちゃんも実質2位だよ!」

「若葉さん…………」

「でも雪、そこの慰めてる若葉は圧巻の1位だぞ」

「………若葉さんなんてキライ」

「雪ちゃぁん!?」


 必死に慰めようとする若葉に心揺られかけた雪だったが、ボソリと俺が呟くとプイッと顔を背けて若葉から脱する。

 ホント、若葉の大勝は何だったんだ。5ターン以上引き離して一人勝ちってなかなか見ないぞ。


「じゃあ雪、俺はバニラのアイスでよろしく」

「……仕方ないかぁ。 でももう冬なのにアイス? 風邪引くよ?」


 俺のチョイスを聞いてドン引きする雪に俺はやれやれと肩をすくめる。


 いいや、雪はわかってないな。

 寒い季節に暖かい部屋の中で食べるアイスこそが至高じゃないか。

 コタツこそあれば最高だが残念ながらまだ出してない。仕方ないからホットカーペットと毛布で我慢しよう。


「若葉は?何にするか決めたか?」

「私? それじゃあ肉まんをお願いしたいけど……大丈夫?雪ちゃん。外すっごく暗いよ?」


 一人席を立って窓へ向かう若葉が見るのは外の光景。

 リビングの光に反射してその殆どが見えなくなっているが、つまりはそれほど外は暗いという表れでもあった。

 時刻は午後8時。冬近い今の季節となれば当然日は沈みきって暗闇が世界を覆っているだろう。

 けれど雪もそろそろ高校生。これくらい余裕だろう。そう考えつつ顔を向ければ、不安そうな表情で俺とパチっと目が合った。


「……おにぃ……着いてきて?」

「なんで俺が……」

「陽紀君、私からもお願い。暗い中雪ちゃん可愛そうだよ」


 何故罰ゲームを回避した俺まで……。

 しかし雪に加え若葉にまで願われまさに俺は四面楚歌。

 今現在最大権力の母さんは風呂中という助けもない中2人に迫られた俺は……


「………上着取ってくる」

「!! やったぁ!さっすがおにぃ!」


 ……数の力には勝てなかった。

 暗い夜道、夜も入りたてとはいえ一人で歩かせるのは危険だろう。

 根負けした俺は準備するため2階への階段を――――


「――なんで若葉もコッチきてるんだ?」

「えっ?だって二人とも行くんだったら私も行こうかな~って」

「………護衛対象が二人になるからステイで」

「え~!?」


 え~じゃありません。当然でしょう。何のための罰ゲームなんだか。

 俺に拒否られ雪にもやんわりと断られた若葉は、準備が終わってリビングに戻る頃にはソファーで体育座りしながら涙目で俺たちを睨みつけている。

 けれど全く威圧感がない。そんな彼女の見送り?を受けながら俺たちは夜の住宅街へと繰り出していった。



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



「ありあとあしたー」


 店員さんの適当な挨拶を受けながら俺と雪は二人コンビニを出る。

 もはや冬と言っていい11月の気候。暖かな店内とは打って変わって寒さが増した夜の世界。

 自動ドアをくぐると同時に寒さが俺たちを襲い、二人して少し身体を丸めながら微かに照らされた道を歩いて行く。


「……ずいぶんと久しぶりだね」

「何がだ?」

「おにぃとこうして二人だけで歩くの。若葉さんが来てそんなの全然なかったからさ」


 ふと、コンビニも遠くなったところで雪がポツリと俺に語りかけてきた。

 そうだったか?確かに俺が引きこもりなのも相まってあまり外に出ることすら無かったと思うが、そんなに?


「偶々だろ」

「そんなことないよ。昔はおにぃ、あたしが怖いって言っても絶対に着いてきてくれないしさ。そもそも一緒に遊んでくれすらしなかったし」

「そうだったか?」

「そうだよ」


 そんなに俺は薄情だっただろうか。

 否定しようと思ったが否定するだけの材料も出せず黙って道を進んでいく。


 街灯も古くなり点いていない街灯さえある一本道。

 その間をビュウッと吹く冷たい風に身体を震わせると、微かに風に乗って雪の声が聞こえてきた。


「……おにぃってさ、変わったよね」

「変わった? どこが?」


 普段ならば聞こえない声量のはずだが今日の俺は耳ざとく反応する。

 シンと静まり返った夜の町。おそらく放射冷却などで声が通りやすい環境ということもあったのだろう。

 雪もまさか聞こえると思っていなかったのか一瞬目をパチクリさせたあとクシャリと笑ってみせる。


「あ、聞こえちゃってた? うん。おにぃは変わったよ。何ていうか柔らかくなった」


 柔らかく……?

 一応元から前屈で地面に付くくらいの柔らかさはあるが……そういうことじゃないだろう。

 雰囲気的なものか?そんな自覚は一切ないのだが。


「……気の所為だろ」

「そんなことないよ。たぶん若葉さんのおかげ。 前までのおにぃは何よりネットゲーム最優先でこうして遊んですらくれなかったもん」


 カッ!と雪の蹴った石ころがどこかの側溝に落ちる音がする。

 そう言われてみれば、確かに。

 今更ながらに疑問に思った。あの古かったゲーム盤は一体いつ最後に使ったのだろうか。ここのところ数年は見向きすらしなかったかもしれない。


「そういう意味では若葉さんに感謝かな~」

「別の意味では感謝してないように聞こえるぞ。それ」

「……まぁね。おにぃを変えてくれたのは嬉しいけど、その分おにぃが若葉さんに取られちゃってるし」


 取られるって、俺は物じゃないんだが。

 いつもと違ってアンニュイな雰囲気を醸し出す雪。普段と違う様子にどう答えればいいかも決めあぐねていると、気づけば俺の手には雪の手が握られていることに気がついた。


「さ、おにぃ。家まで走ろ! 暖まるよ!」

「走る!?なんで!? あとちょっとで着くだろ!?」

「あとちょっとだからだよ! ほら、ダッシュ!」

「待てって!俺に荷物押し付けてそれはないだろ!!」


 さっきまで黄昏るような遠い目をしていた雪だったが、いつの間にかいつもの様子に戻っていたみたいだ。

 グッと強い引力とともに激しく動き出す俺の足。

 突然走り出した雪とされるがままの俺は徒歩にして2~3分ほどの距離を走り始め、帰り着く直前で体力の限界に達した俺は死ぬのであった。

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