142.天国と地獄
「ほーらっ!灯火ちゃん、そろそろ離れて! 陽紀君が困ってるでしょ!」
「――――むぅ。仕方ない」
灯火がベッドに侵入してから数分。
徐々に徐々に迫ってきていた彼女が後退りしていた俺を追い詰め、肩を掴まれながら体重さえも掛けて迫ってきていたという頃。
セリアの俺と違って現実は体力皆無な俺は体力を失い、押し負けそうになる寸前で救いの声が天から降り注いだ。
声の主は彼女と同じ格好をしたまさにアイドルさながらの人物、若葉。
まさに押し倒されてこれからどうなるかという寸前での救出。迫ってくる力が緩むと同時に俺は慌ててベッドから飛び降り彼女の後ろへと逃げ込んでいく。
「まったくもぉ……。灯火ちゃんったら何しようとしてたの?」
「なにって、なんだか陽紀さんの怯える姿が可愛くなって、キスしたくなっちゃって……」
「それで陽紀君に拒否されちゃ本末転倒だよ……」
ハァ……と背中越しに若葉のため息が聞こえてくる。
よくよく耳を澄ませば若葉どころか更に後方からため息も聞こえてきた。
「おにぃ……プライドはどこ行ったの……?」
うるさい雪!プライドなんてモンスターの
いやはや、こんな所で襲われるかと思った。冷静に考えたら若葉と雪の前だなんてありえないけれども。
「陽紀さん……ごめんなさい……」
「い、いや……。俺も驚いただけだから……」
「!! じゃあ、キスしていい?」
「それはダメ」
「むぅ……」
若葉を挟んで行われる謝罪劇にも灯火は頬を膨らませて抗議してくる。
そんな可愛く怒っても許可しません!
それにしてもこういうときの若葉様は心強い。
ちゃんと盾になってくれるし説得もしてくれるし――――
「そんなのダメだよっ!私だってキスしたいし隙さえあれば襲いたいんだからっ!!」
「――若葉様!?」
ここに来てまさかの裏切りの発言。
盾にしていた若葉からのとんでもない発言に危機感を覚えた俺は、慌てて次の盾である雪の後ろに逃げ込んで行く。
………あぁっ!雪!蹴らないで!俺を前に押し込まないで!
「ふふふ……大事な私の妹の雪ちゃんはもう買収済みなんだよ陽紀君……」
「俺の妹だからね? 買収って何……そのサインか!」
まさしく俺の疑問に答えるように雪の懐から飛び出してきたのはロワゾブルーが出した昔のシングル。
そのジャケットには若葉と灯火のサインが並んでいた。くそう、買収ってこれか!
「ぐへへ。陽紀さんの身体をこれで好き放題できるぜぇ……」
「棒読みすぎない!? ……ってかその発言逆!!」
いや、状況考えたら逆じゃないか……でもやっぱり逆だよ!!
雪という盾を失った俺はまたも壁に追い詰められていく。
唯一の逃げ場である扉は雪によって塞がれ済み。
となれば逃げる場所なんてない。袋のネズミだ。
右にオオカミ左にライオン。イヌ科とネコ科に挟まれた俺は逃げ道を無くしてトンッと無情にも背中に壁がぶつかってしまう。
こんな所で……こんな形でゲームオーバーとなってしまうのか―――――
「やっほ~! 灯火ちゃ~ん!そろそろお仕事の時間だよ~!」
その姿はまさしく女神だった。
アイドルの2人に囲まれて腕を抱かれ、もはや逃げ場もなくされるがままに襲われそうになったその時、突然扉が開いて現れたのはスーツ姿が似合う女性、社長さん。
完全に不意を突いた登場。全員がその勢いのある姿に目を奪われる。
「……ありゃ、もしかしてこの状況……お邪魔だったかな?」
「い、いえっ!全くお邪魔じゃ無かったです!むしろお迎えをお待ちしてました!!」
これを逃したら次はない!
そうゲームで培った光速の思考で答えを導き出してからは脳より早く口がその言葉を出していた。
「お迎えってまさか、お二人じゃなくて私に告白でもしたかったのかな?」
「なっ……!?ちがっ……!」
「あちゃあー。ごめんね、それを言うにはちょっと遅かったかなぁ。私に告白したかったらタイムマシンに乗ってからにしてね?」
ち、違う!俺はそういう事を言いたかったわけじゃない!!
ほら、俺は顔を向ける事ができないけど両腕に抱きついてる2人の圧がかなり大変なことに……。
「陽紀君……?」
「陽紀さん……?」
「いや、ちょっと待って。誤解だ。俺は決して告白しようとしていない」
「えぇー。もしかしてあの夜のことはウソだったのかなー? 酷いなー。私は心を込めて愛を囁いたのにー」
どの夜のことだ!?
社長さん!絶対デタラメ言って楽しんでるでしょ!!
下手な口笛なんか吹いてるし助ける気配もないし!
こうしている間にもどんどん強くなっていく2人の力。
まさに万力のように締め付けられ………いや、これは………。
「あの……灯火さんに若葉さん? 二人ともなんだか力強くなにか触れてるんですが」
「ふふふ。なんでしょー?」
「むぅ……。陽紀君のえっち……」
これ俺に逃げ場無くない?どうあがいてもバッドエンドじゃない?
両側……いや、正確には灯火の方から明らかに触れてくる柔らかいナニカ。
それはもはや見るまでも聞くまでもなかった。
しかし離れてもらうために敢えて口にすると更に力が強くなった上、反対側の若葉から刺すような視線が飛んでくる。
それは色々な意味で天国と地獄。
俺が解放されたのはそこから数分後、本格的に灯火が仕事に出る準備をしないといけない時間になってからだった。
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