141.ジェラる
「それじゃあおにぃは自分の部屋で待っててくださ~いっ!」
「えっ!? なんで!?どういうこと!?」
「いいからいいからっ!この部屋から出ることはトイレ以外認めませ~んっ! それじゃっ!」
それは妹による嵐のような出来事だった。
バタン!と威勢のいい音とともに俺を自室へと押し込んだ雪が廊下の奥へと消えていく。
これは俺が灯火と共に学校へ行き、ラーメンを食べて帰ってきた時のこと。
なにやら見せたいものがあると言っていた灯火。インドアな俺は彼女の提案に快諾したもののどこか特別な場所へ行くわけでもなし、疑問に思いながら黙って家へたどり着くと迎え入れたのは我が妹の雪であった。
これ以上ないいい笑顔で「おかえり~!」と不気味な挨拶を受け、脱いだ靴を揃える暇もなく引っ張られた先は家の中でも最も長い時間を過ごしているであろう自室だった。
何一つ経緯も目的もわからない我が家での電撃作戦。
部屋で待てとはどういうことか、見せたいものは何なのかなど疑問は山ほどある。
幸いなのは押し込まれた先が独房ではなく自室ということだろうか。ここならばパソコンで遊ぶこともできるしゆっくり眠ることもできる。
ラーメン食べてお腹も膨れて、ちょうど食後の睡眠を取りたくなったしな。
どれ、少し横になって一眠りでも…………
「あっ、そうだ! おにぃ、寝るのはナシだからね!定期的に話しかけて起きてるか確認するから!」
「…………わかったよ」
しかし寝るという計画は早々に失敗してしまった。
おそらく雪は監視の役割も担っているのだろう。扉向こうから聞こえる無情な声にげんなりする。
眠いのに眠れないのか……じゃあ適当にパソコンでも弄って時間潰すか。
「雪ちゃーんっ!ちょっと手伝って~!」
「あ、は~いっ!」
特にすることもないけれど、なんとなしにパソコンをつけたタイミングで聞こえるのは若葉の声。どうやら雪をご所望のようだ。
お、これはコッソリ眠ることができるか……?
「おにぃ、あたしちょっと行ってくるけど寝ないでよね?これで戻ってきた時に寝てたら怒るからね?」
「わ、わかった……。ちゃんと起きてるよ」
そんな俺の浅はかな考えなんて雪にはお見通しだった。
怒気を含んだ念押しに冷や汗を垂らしながらも了承すると足音が遠ざかっていく。
こりゃ寝られそうにないな。仕方ないから適当に遊ぶか。
手慣れた動作でパソコンから見慣れたアイコンをクリックし、パスワードを入力すると自キャラが表示される。
現在実装されている中でも最強の敵、アフリマンをも倒した歴戦の勇者。俺の相棒でもあり自分自身でもあるセリア。着々と集まりつつある桜花装備に身を包んだキャラが世界に降り立つのを見届けて、半ば癖になった動作でフレンド画面を開く。
「………そっか。誰も居ないのか」
少し考えればわかること。
アスルとファルケは家でなにかやってるし、セツナとリンネルさんも外でご飯。
当然外出先でログインする猛者は一人としておらず、現在においてこの世界では一人きりだと言うことを認識する。
辺りには俺と同じように端末越しにログインしているであろうプレイヤーがたくさんいるが、その誰もが友人というわけではない。
沢山人がいるはずなのに一人きり。その情景に少し寂しさを感じつつも、最初は一人の気楽さが勝ってフィールドに飛び立ち駆け回る。
「――――これで終わりっと! たまには一人ってのも乙なものだな」
ゲーム画面では本職の魔法使いには劣るもののド派手な攻撃魔法で倒れていく敵が映し出されている。
一人でもできるコンテンツでフィールド内の敵モンスターを倒すという単純なもの。それを着々と進めながら俺は自然と一人で呟いていた。
1体、2体、3体……。指定されたモンスターを指定の数だけ減らしていき、ようやく最後の一体が倒れたところで無言のログアウトをしてからリアルの俺は席を立つ。
「…………」
ボフン。と体重と重力の任せるままベッドに倒れ込み、手にしていたスマホを掲げて発せられる光を顔に浴びる。
なんてことのないサイトやSNSの巡回。窓から差し込む光を頼りにしたライトさえつけていない部屋の中で仰向けにスマホをつついていたが、次第にやることさえ失ってサイドボタンを押すと自分の顔が反射して映り、そのまま腕ごとベッドへと放り出す。
「なにしよう……」
完全に手持ち無沙汰。
ゲームでもまだできてなかったコンテンツやPvP、リアルでもありえないが勉強など。
することはあるはずなのに全くやる気が出て来ない。むしろこれまで一人の時は何していたっけ。
もっとこう……パソコン前に貼り付けさえできれば一日どころか一生といえるほどやりたいことが溢れていたはずなのに、今は一切しようと思えない。
物欲がなくなった?……違う。これまで人がいることに慣れすぎていたのだ。
若葉が来てから今日までほとんどの時間を誰かと共に過ごしてきた。
現実では繋がっていなくてもゲームに入れば誰かがいる。しかし今は違う。誰も居ないのだ。
そう考えると自分は脆くなったんだなと自覚する。誰かがいないと何もできなくなってしまうなんて。
「――――おにぃ~! 起きてる~!?」
「…………!!」
ボーっと何もすることが無くなってから白い天井を何も考えず眺めて次第に意識さえも手放しそうになっていたところで、突然扉のノック音とともに雪の声が聞こえてきて俺は慌てて身体を起こした。
俺が返事をする前にガチャリと扉を開いて登場するは、もうすっかり見慣れた妹の姿。
まったく、しょうがないなぁ。優雅に一人を楽しんでいたところ、ノックをしろというに。
「どうした雪。もういいのか?」
「うんうん、起きてるみたいだね。こっちはもういいよ」
なにがいいのかわからないがとりあえず部屋での軟禁は終わったみたいだ。
さて、それじゃあ俺もそろそろリビングに――――
「待った!」
「!! な、なんだよ……」
―――そう思ってベッドから降りようとしたが、即座に雪に止められてしまった。
なんだよ、もう良いんじゃないのかよ。
「そこから動かないで!ベッドから降りないで!」
「ベッドから?」
「そう!5分だけでいいから!」
軟禁解除かと思いきや、更に厳しくなってしまったという。
しかし今回はキチンと時間が設定されている。5分ならまぁ許容できるかな。
「わかったけど……これまで散々部屋から出るなってなにしたかったんだよ」
「ふっふっふ……よくぞ聞いてくれました!」
まるで待ってましたと言わんばかりに、なかなかの笑顔を向けた後部屋の外へと目を配らせる。
なんだ?誰かいるのか?残念ながらベッドの上に座る俺からは死角になっていて見ることが出来ない。
「さぁおにぃ、ちゃんと見ててね! おふたりとも!どうぞっ!!」
「やっほー陽紀君っ!! おっまたせ~!!」
「陽紀さん陽紀さん! どうですか!?」
雪の号令によりその目を配らせていた先、死角から2人の少女が姿を現した。
それはこの家にいる家族以外の2人組。元も含んだアイドルである若葉と灯火。
笑顔を振りまきながら俺へと手を振る両者はまさしくアイドルモード。
しかし特筆すべきはそこではない。2人の格好がこれまでと全く違うものになっていた。
まるで水着かと思うようなへそ出しルック。今風で言うとベアミドリフと呼ぶべきだろうか。
大胆に腹部を晒していて、トップは首元の大きく開いた際どさを感じられる白と黄色のロリータ風衣装。スカートはティアードの外に広がるミニスカート。
まさにアイドル衣装といった様相だ。しかしロワゾブルーの方針とは大きくかけ離れた大胆衣装。それほどまでの露出度はアイドルに疎い俺でも着てこなかったと記憶しているが……。
「これねっ、2人で活動してた時の衣装を大胆アレンジしたものなんだ!どう?似合う!?」
「あぁ、いいと……思うぞ」
そう言って楽しげに詰め寄ってくるのは若葉。
健康的でまるで理想を体現したような露出部分。腹部もしっかり引き締まっていてまさに自信満々と言った様子。
大きく開いた首元から胸元の谷間が見え、少し目をそらしながら俺はぶっきらぼうに答える。
「おにぃったら照れちゃって~。でも灯火さんもよく持ってましたね。こんな最初期の衣装、映像だって残っていませんよ」
「社長は衣装を全部残すタイプだから。結構改造して原型も無くなっちゃってるけど……。 どう?陽紀さん。見せたかったもの、可愛い?」
「っ…………!」
淡々と解説しながら若葉と同じく近づいてくる灯火。
元気で活発な若葉は露出が増えてもまだ見れるところがあるから良い。
けれど灯火は問題が過ぎた。
一言で言うと…………破壊力がヤバい。
灯火は背が低い。それも雪や若葉より。
けれど2人からは比較にならないほど胸部の一部分は大きく自己主張を強めているのだ。
胸元が大きく開いた大胆な衣装、身長差的にどうしても見下ろす形になってしまい、嫌でも彼女のおおきなソレばかりが目に入って毒となる俺は一欠片たりとも見られなくなってしまう。
「にあっ……てるんじゃ……ないのか……?」
「そっか。よかった……。 サイズが合わなかったからどうしようかと思ったの……。どうしても胸元が入り切らなくなっちゃって……」
「―――――!!」
確信犯か天然か。
困ったように自らも見せつけてくる彼女に俺はベッド上で後退りしてそれを視界に入れるのを拒んでいく。けれど悲しいかな。どうしてもチラチラと目に入ってしまうそれに俺は意識を持っていかれてしまう。
「……陽紀さん、本当に見てくれてる?」
「見てる!見てるってば!!」
「よかった………。他の誰にも見せない、陽紀さんだけの姿、だよ?」
なんで!?なんでこんな時に限って迫ってくるの!?
ベッドに上がらないで!コッチに来ないで!!身体引っ付けて来ないで!!!
「あの威力であたしの1つ上かぁ……」
「雪ちゃんはまだ芽があるからいいよ……私なんてあの子の1つ上なんだよね……。むぅぅぅ……ジェラるなぁ……」
「わ、若葉さんはそのままでもとっても素敵ですよ!大きさだけじゃありません!形やバランスも大切なんです!」
「雪ちゃん……。もうっ!やっぱり大好き!さっすが私の妹!!」
そんな俺の攻防なんてつゆ知らず、2人の少女は遠巻きにこちらを眺めていた。
若葉なんて何故か妹に抱きつき現実を呪いながら――――――。
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