138.鈍感故に気づかない冷戦


「久しぶり。那由多さん。ゲームではよく会うからそうじゃないのかな? なんで学校に……?」

「そんな事はどうでもいいじゃない! 最近会えなくって寂しかったわ!なに?本当にあたしが来るとわかって待っててくれたの!?」


 マシンガントーク。これまで会えなかったぶんを発散させるように、猫なで声にも似た声を出す少女がどんどんこちらに近づいてくる。


 目を輝かせてお構いなしに俺の元まで歩いてくる彼女はセツナこと那由多さん。

 ゲームではよく会うがリアルではなかなか会えなかった彼女が何故かこの学校の生徒でもないのに我が校まで入り込んでいた。

 えぇい!この学校の警備はどうなっている!?土曜日だからセキュリティは機能していないのか!?


 ……などとブーメランなことを考えつつズイッと前のめりになってくる彼女に思わず目を奪われると、その手元に大きな封筒を持っていることに気が付いた。見覚えのあるマーク、見覚えのある注釈。これは…………


「……もしかして願書取りに来たのか?」

「せいか~いっ! さっすがお兄さん。あたしのこともお見通しってわけね!」


 などと褒めちぎってくる彼女に苦笑いをしつつ見せてくるのはわが校の校章が入った封筒だった。

 ちょうどその封筒を昨日見ていたからわかった。そういえば雪も願書を手に母さんと色々話してたな。そうか、那由多さんもここ受けるって言ってたな。


「すみません突然。那由多が教室見たいって聞かなくって」

「ううん。麻由加さんは願書受け取りの付き添い?」

「はい。一緒に通うことになるかもしれませんから通学路の確認も兼ねて」


 なるほどそれは大事だ。

 俺も普段行く道は少し入り組んでる所あるし、近道なんてしたらもう迷路だからな。今度雪を連れて行くのもいいかもしれない。


「だったらそろそろ勉強も大詰めだな。大丈夫か?」

「余裕よっ! 大魔道士様はリアルでもINT値知力高いんだから!!」

「――などと言ってますが、油断しないように言って聞かせてますので……」


 腰に手を当て仁王立ちする那由多さんだが、麻由加さんは苦笑いしながら補足する。

 そうだな。文字通り油断大敵だ。そんな事言って落ちたらシャレにならない。


「それで陽紀くん。そちらの方は………えっと、若葉さん、ですか?」

「えっ?」

「……! 水瀬 若葉……!?」


 ピクッと耳ざとく反応する那由多さんに対して俺はここに居ないはずの名前を出されて呆けた声を発してしまう。

 何故彼女の名前が出たのだろう。若葉は社長の手によって家にお留守番のはず。東京や今日のやり取りを見るに反故にしてここまでやってくるとは思えない。

 そう思って麻由加さんの向ける先に目を移すと、そこには俺の隣でキャスケットを深くかぶりつつ黙って様子を伺っている灯火がそこにいた。


 ……そうか。彼女を若葉と見間違えたのか。

 けれどあまり時間が無かったのかサングラスは机に置かれ、キャスケットだけを装着している状況。

 言われてみれば間違えても仕方ないかもしれない。変装方法は一緒だし、髪も体型もうまく隠しているし。


 灯火の危機管理能力は凄いが、下手すりゃ不審者とも取られられない格好だ。

 2人は若葉の事を知っているのだし、なおさら今の状態を訝しむのも無理はない。


 よくよく見れば座っている俺にだけ見える角度でその琥珀の瞳がジッとこちらを見つめていた。

 不安と迷いの感情が見える目。2人は何者なのかという不安。そして指名された今どう反応すればいいか迷っている目だろう。


「えっと……灯火、この2人は麻由加さんと那由多さん。わかりやすく言うとセツナとリンネルさん」

「…………!!」


 俺たちの間で最もわかりやすく簡潔な説明。

 その固有名詞だけでどういう人物かなどはまるわかりだろう。

 灯火もその説明で合点がいったのか驚いたように目を丸くする。


「わかりやすく? お兄さん、逆にその名前出されてもわからないんじゃない?」

「………違います那由多。灯火……という名前は最近聞き覚えがあります。 もしかしてファルケさん―――古鷹 灯火さんじゃないですか?」

「うそぉ!?ありえなくないっ!?」


 おそらく那由多さんはその選択肢をあえて排除していたのだろう。

 それほどまでにあり得ない選択肢。しかし若葉がウチにいる以上、そんな"あり得ない"は"もしかして"に変わるのだ。

 一瞬しか若葉と対面していなかった那由多さんに対し、これまで何度か関わり合いのあった麻由加さんにはその答えを冷静にはじき出すことができた。


 冷静な声と驚愕する声。2つの声を受けて灯火はゆっくりキャスケットを外していく。


「……やっぱり、そうだったんですね」

「ウッソぉ…………」


 幼いながらも整った顔立ち、勢いよくキャスケットを取った影響で日本人としてはあり得ない綺麗な金髪が窓から差し込む光によって照らされ琥珀の瞳がゆっくりと開かれる。それは全てにおいて彼女が古鷹 灯火だというもの。顕になった容姿のどれもが灯火を灯火たらしめんと証明していた。


 一方でここにいるはずのない人物を目にした2人の反応は対称的だった。

 見事言い当てた麻由加さんはホッとするように息を吐き、予想すらしていなかった那由多さんはありえないというようにポカンとしていている。無理もない。俺も今朝までありえないと思っていたんだ。


「初めまして……ではありませんね。一瞬だけお話しましたよね、リンネルです。よろしくお願いいたします」

「あなたが最近入った……。うん、こちらこそよろしく」


 以前、東京から帰ってから少し後灯火はゲームにログインしてその正体を明かしている。荒唐無稽な話だったが信じたのは若葉という例があったから。

 今回はまさにそれを証明する出来事だろう。麻由加さんは冷静に挨拶するが対して那由多さんは未だ信じられないのか口元を手で覆い隠している。


「――まさか伏兵――これだと――――マズイ?いや―――2対1だと思って―――2対2―――」

「セツナ?」

「―――えっ!? な、なに!?」


 一人で考え込むようになにやらブツブツと呟いていた那由多さんは、スッと目の前に来られた灯火の存在に気づき慌てて顔をあげる。


「セツナ……だよね? あの被弾王の」

「なんてあだ名つけてんのよっ! そういうファルケは消耗品を惜しまないドラッガーじゃないっ!………あっ――――」


 売り言葉に買い言葉。まさしく2人を象徴するそれぞれの特徴。

 セツナは基本俺がヒーラーで出る時限定だが瀕死になる攻撃以外は避けないし、ファルケは消耗品をこれでもかというくらいジャブジャブ使う。

 長らく一緒にやってきたメンバーしかわからないやり取り。しかしそれがリアルで交わされて初めて2人はそれぞれ本人だと気づいた。


 那由多さんも反射的に言い返してハッとしたように口元を抑える。ようやく本人だと理解したようだ。


「本当にファルケ……?あのロワゾブルーの古鷹 灯火が?」

「うん。そうだよセツナ。若葉さんともども世話になったね」

「本物なのね………。ホントにそうよ。アスルの正体にも今回も、ふたりともアイドルだなんて本当に驚いたわよ……」


 セツナ那由多アスル若葉よりファルケ灯火とのほうがネットでの仲はいい。

 それは同じアタッカー同士、同じロール同士互いに打ち合わせを重ねているうちに仲良くなったと聞く。

 だから今回会えたのも2人にとって感動は一入だろう。ホッとしたように手を重ね合わせる。

 しかし安堵したのも束の間。那由多さんは何かに気がついたのか「あっ」と声を出して灯火に疑問符を浮かべさせる。


「……もしかして今日ここに来たのって……そういう・・・・こと?」

「…………うん」

「ハァ……なるほどね。 そっかぁ。なるほど。 じゃあなおさら、これからもよろしくだね。ファルケ」


 そういうことってどういうことだ?

 一瞬だけチラリと那由多さんの視線がこちらに向けられたがすぐに戻っていってその真意が読み取れない。

 しかし「よろしく」と挨拶を返す彼女は笑顔だ。きっと大したことはないだろう。



 でも、セツナが被弾王ってなかなかいいな。範囲避けようとしないし。

 2人の見合う笑顔を眺めながら、今度そう呼んでやろうと心に決めたのであった。

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