136.正体見たり


「うわぁ…………松本さんか…………」

「うわぁとはご挨拶だな~。せっかくかわいいかわいいクラスメイトが話しかけてあげたっていうのに~」

「また女の子…………」


 休日の朝という人通りが少ない時間帯。

 駅までの道から少しだけ離れた店の片隅にある休憩スペースで、俺は面倒くさい人クラスメイトとエンカウントしてしまった。

 松本さん。噂好きの彼女。もしかしたら情報屋と評するほうが正しいのかもしれない。だからこそ今この場での体面は非常に厄介だった。

 さっさと『逃げる』ボタンを探さないと。え、ないの?


 一方でボソッと隣の灯火からため息にも似た声が聞こえてくる。

 またって言うほど女の子の知り合い多いかなぁ・・・?


「ハッ……! かわいい……?誰がだ?」

「なにおう~!こんなにかわいいのにっ! ね、彼女さんもそう思うでしょ!?」

「えっ!?私!? その……うん……」


 松本さんの自画自賛を鼻で笑うとターゲットが隣に移った。


 ちょっとちょっと、無理やり同意を得ようとしない。

 一瞬本当に逃げようかと思ったが、正体を隠している灯火を一瞬覗き込んだだけに留めすぐに俺の方へと目を向けていく松本さん。

 よかった。正体についてはバレてないみたいだ。ここでバレたら灯火が大変だもんな。


「それで松本さんはこんなとこまで何しに来たの?散歩?」

「似たようなものかな。家はこの辺だし、なんだか無性にたい焼きが食べたくなっちゃって。すみませ~んっ!!」


 彼女もそのまま店に向かっていき、数分も立たないまま紙袋を手にして戻ってくる。

 そのまま俺たちの座る4人掛けの椅子……俺の隣に座った彼女は身体を捻ってこちらへと顔を向けてきた。


「でも……まさか芦刈君に彼女がいるだなんて思いもしなかったよ。なに?ウワサの学校にいる好きな人は片思いでおわっちゃったの?」

「何バカなこと言ってるんだ……。そもそもこの子は彼女とかじゃないからな?」

「「えっ!?」」

「!?」


 え、なに!?今なんで二人とも驚いたの!?

 完全に同時。両側からステレオ音声。

 椅子の両脇に座る灯火と松本さんから発せられた驚きの声は俺を混乱の渦へと巻き込んでしまう。


「陽紀さん……私、彼女じゃないの……?あんなに愛を囁いてくれたのに……」

「愛!? いつ!?どこで!?」


 サングラスでその目までは見えないものの、目元に手をやって泣いている仕草を見せる灯火。

 まさか本当に……?本当に付き合ってると思って……?

 しかしそんな事囁いた覚えもないっ!殆ど灯火の不意打ちだったじゃないか!!


「あ~あ、芦刈君が泣かした~」

「えぇいっ!うるさいっ!」


 元凶がなに煽ってるんだ!

 しかし悲しいかな。雪相手なら雑に残りのたい焼きを口に押し込めば解決なのだが、いかんせんこういう時どうするのが正解なのかわからない。

 シクシクと顔を覆う彼女。何もすることができずもうお手上げだと頭を抱えそうになったその時、サングラスの上側から見える彼女の目が上目遣いにチラチラとこちらの様子を伺っていることに気づく。


「…………灯火」

「はい」

「もしかしなくてもそれ、ウソ泣きだよな?」

「……バレちゃった?」


 俺の確信に満ちた問いにスッと覆っていた顔を上げた彼女は普段と変わらぬ変装。そこに泣いている様子など微塵も感じられない。

 やっぱりか……そもそも元から付き合ってないんだからわざわざ口に出されたところで泣かれるっておかしすぎるじゃないか。


「だって陽紀さんの周りが女の子ばっかりだからちょっと仕返ししたくって」

「仕返しってなぁ……俺も意識してそうなったわけじゃないんだけど」

「ふふっ、わかってる」


 あまりにも冤罪だ。

 口元に手を当てクスリと笑う彼女は続いて俺の向こう……松本さんへと顔を上げる。


「えっと、松本さんでいいんだっけ?」

「――――」

「……松本さん?」

「えっ!? あぁゴメン。ちょっとあまりにも仲がいい2人に驚いちゃって。 うん。私は松本 美緒音。よろしくね」


 そんなに仲いいかな?

 ―――あぁ、もしかしたら俺クラスじゃ全然他の人と話さないからギャップのせいかも。

 つまり喋るのが珍しい珍獣扱い的な?


「そっちは灯火ちゃんだっけ? こちらこそよろしく…………あれ?灯火?」

「?」


 ふと。

 なにかが気になったのか灯火が差し出した手に反応するよう松本さんも手を上げたはいいが途中でその動きが止まってしまう。

 ジッとサングラスを見つめてなにか考えている様子。しかしふとした拍子に答えまでたどり着いたのか「あっ……」と小さく声を上げた。


「もしかしてその声……名前……それからさっきチラッと見えた金髪はもしかして…………!?」

「火……」

「うん……。これはバレちゃった、かな?」


 そこまでの反応を見れば松本さんが何を言わんとしているかは俺でもわかった。

 気づいてしまった灯火の正体。灯火自身もわかっているようで、観念したのかほんの少しキャスケットを持ち上げながらサングラスと外す。


「初めまして、松本さん。古鷹 灯火です」

「ぁっ…………」

「ごめんね、今日はお忍びだからこの事は秘密にしておいてもらえるかな?」


 ポンッと正体を現した灯火による手接近。

 すぐ目の前にアイドルがいるという事実と考えもしなかった衝撃。なにより俺みたいに耐性が無かったことが原因で松本さんからはボッと火が吹いてしまう。


「~~~~~~!!」

「ん、ありがと」


 それはアイドルらしく笑顔を振りまいて人々を魅了する灯火の姿。

 若葉がワンコとするなら灯火は猫だろう。人懐っこい部分は共通するが凛とした部分も持ち合わせ、背丈は小さくてもその愛嬌と自信から彼女の言葉に説得力が生まれる。

 小さくウインクして松本さんの唇にチョンと指を触れさせた彼女はもとの変装へと戻っていてしまう。


「あああああのそのっ……!邪魔しちゃってすみませんでした……。 芦刈君……また学校でっ……!!」

「また……」


 もう驚きやら驚愕やら震撼やらで頭が混乱しているのだろう。

 灯火のアイドルウインクをもろに受けた松本さんはパニックになりながら急いで席を立って走り去ってしまう。

 その驚きようを見て俺は…………


「なんていうか……今日はじめて灯火のことアイドルって思ったかもしれない」

「今まで私のこと何者だと思ってたの………?」


 その呟きは彼女を珍しく呆れさせた。

 なにってファルケとしか。むしろファルケとして認識してたからこそ現役アイドルって聞くとなんだかむず痒くなってしまう。

 若葉は"元"が付くからノーカンだ。




「それよりさ陽紀くん、私、行きたいところできちゃった」

「えっ?」


 ボーっと走り去っていく松本さんの後ろ姿を目で追っていって曲がり角で消え去ってしまうと、ふと灯火の方からそんな言葉が聞こえてきた。

 ここらのことは何も知らない灯火。そんな彼女が一体どこへ……?


「松本さん見て思ったの。 私、陽紀君の通う学校に行ってみたいな。連れて行ってもらえる?」


 その提案は俺にとっては日常で、彼女にとっては非日常である場所のこと。

 俺はサングラスを少しだけ上げてもう一度ウインクしてくる彼女に首を立て振る以外の選択肢が残されていなかった。

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