135.早朝の出先


「突然ゴメンね陽紀さん。もしかして今日用事あったりした?」

「いいや、特にこれといっては無かったかな。家でゴロゴロするくらいだったし」


 まだ朝の日差しが届く静かな住宅街のとある道。

 そこでは2人の男女の話し声が聞こえてくる。


「よかったぁ……。それで今日はどこにいこっか?」

「どこねぇ……う~ん…………」」

「陽紀さんが普段行くお店とか遊び場とか、いつも行く場所とか知りたいなっ!」


 その片方から出てくる質問に上手い返事が浮かばずにいると、フォローしてくれるように隣の少女が笑いながら付け足してくれた。

 楽しそうに笑う小さな少女。同世代の中ではかなり背の低い彼女から繰り出される楽しげな笑顔に俺もついつい嬉しくなってしまう。


 今日は土曜日。休日の初日であり最高の日。

 今日一日ダラダラしようと思っていた俺は、隣に一人の少女を携えながら駅までの道を歩んでいた。

 チラリと見て楽しそうな笑顔が映るのは金髪の少女、灯火。なんの因果か朝突然現れた彼女は今日一日俺と行動をともにすることとなった。




 そうなった原因はほんの1時間ほど前。

 通い妻とか言い放った誰かさんの差し金で、今日という土曜日の日中……正確には仕事がある昼過ぎまで俺に街を案内してほしいと頼まれた。

 その提案に愉快犯である雪は了承。一方で当然ながら若葉は否定側に回った。

 けれどさすがは親代わりを自称する社長さん。彼女はあの手この手で若葉を言いくるめ、俺が食後のコーヒーを飲み終わる頃には見事俺と灯火の2人だけで街を案内する手筈となってしまっていた。

 当然ながら俺自身の拒否権はナシ。もう慣れたよ。グスン。


 その後はあれやこれやと出かける準備をして家を出た今に至る。

 見送りに出ていた若葉の表情がやけに記憶に残っている。人ってあんな綺麗に血涙を流せるんだね……顔はすっごい笑顔なのに目に伝うものだけで心が読み取れたのなんて初めてだよ。もちろんウソだけど。



「オススメか………ならファルケは――――」

「灯火」

「……えっ?」

「灯火って呼んで。ここはゲームじゃないんだしっ!」


 行くあてもないブラブラと散歩と見間違ごうようなあてのない旅。

 無意識で彼女をいつもの名前で呼ぶと即座に訂正を入れられた。

 灯火……でいいのだろうか。いくら田舎といってもロワゾブルーの知名度は全国区。キャラ名のほうがいいかと思うのだが、仕方ない。


「―――灯火は朝ごはん食べた?」


 名前を言い直してチラリと彼女をみるとご満悦そうだ。どうやら彼女的リアルでのキャラ名はNGらしい。東京でも呼んでたけど、それどころじゃなかったのかな?

 しかしその笑顔もすぐに悩むように顎に手をやり「う~ん」と唸って恐る恐ると言った様子で問いかける。


「来る途中の新幹線で軽く食べたけど少しお腹が空いたかも。陽紀さんがいいなら何か口に入れたいんだけど……いい?」

「そっか。じゃあ甘いものでも食べに行くか」

「甘いもの……!? うんっ!!」


 さすがは女の子。甘いものに目がないのはみんな共通のようでさっきより声が一段と高くなった。

 軽食ならわざわざ電車に乗らずとも駅周辺でどうにかなるだろう。


 朝特有の誰もいない通学路を二人きりで歩く。

 以前目が回るほどの人がいた東京と違って、我が田舎では比較するとさほど人が居ない。

 平日の朝となると学校へ向かう学生やら出勤する社会人などで駅は人が多くなるが、土曜日の朝ともなればみんな家でぐっすり夢の中なのか駅に近づいてもさほど人が多くもならない。

 隣を歩くは現役アイドル。今現在……この朝にも特集が組まれて全国にその名と顔が知らしめられた女の子だ。

 そんな子が隣で歩いていると少し緊張するが、流行っているのか彼女の変装方法は若葉とそっくりだった。

 金色に輝く髪をキャスケットで隠し、目もサングラスを掛けて極力人と違う部分を出さないようにしている。


「陽紀さんっ!甘いものって何かオススメがあるの?」

「あぁ。いくつか考えたが、あそこにしようと思ってるけどどうだ?」

「わぁ……!たいやきだぁ……!!」


 指で示した先は小さなお店。その看板を見てなんの店かすぐに特定した彼女は一気に目を輝かせる。


 甘いもので小腹を満たす。そこで俺がセレクトしたのはたいやき屋だった。

 駅近の一本裏手にあるたいやき専門店。ベーシックな餡からカスタード、季節によってはチョコだの抹茶だの、果てにはハンバーグまである謎の店だ。クレープ屋と悩んだが少し歩くしコッチのほうが手軽で食べやすいだろう。

 示された店に早くも駆け寄った彼女はメニューを見て悩み始めている。


「どれにしよう……う~ん…………。陽紀さんはなににするの?」

「俺? 俺は普通に餡子かな。灯火はなにで悩んでるんだ?」


 やっぱり迷ったらベーシックが一番だろう。

 この店のベーシックは餡子とクリーム。クリームと悩んだがコーヒー飲んだ後で和の甘さを口が求めている。

 ここには何度か来たことあるが、この季節のメニューはレギュラー2つに加えてチョコの3択だしハズレはない。


「あんこも捨てがたいけど、チョコとカスタードのどっちにしようかなぁって……」


 どうやら彼女は究極の二択に迫られているようだ。

 これは持論だが、あまりに多い選択肢より数個から1つを選ぶほうが悩む時間が長くなると思っている。

 数が少ない故に1つについて深く考えることができ、なおかつそれが今回みたいにイメージしやすいものならばなおさらだ。灯火も生地に包まれた中身の味を想像しているのだろう。その目はボーっとしていて2つの看板を行ったり来たりしている。


 なるほど…………それなら―――――


「――――すみません。チョコとカスタードください」

「えっ!?」

「は~いっ! チョコとカスタードですね~!」


 灯火の返事も待たないオーダーに彼女は声を上げて目を見開いた。

 当然だ。俺は餡子と言ったのにかすりもしない他2つを選んだのだから。

 「どういうこと?」と困惑する灯火をよそに俺はさっさと会計を済ませる。

 きっと下準備は終えていたのだろう。奥に引っ込んだ店員さんはあまり待つこと無く2つの紙袋を持って再びカウンターに現れた。


「はい、こちらがあんこでこちらがカスタードとなってます。熱いのでお気をつけてお召し上がりください」

「ありがとうございます。じゃあ灯火、あっちで食べようか」

「う、うん…………」


 そんな固まっていた灯火の手を取って少し離れた位置にあるベンチに向かうと、彼女もは戸惑いながらもついてきてくれる。

 店舗付属の食事用ベンチ。放課後なんかは遊びに疲れた女子高生たちの憩いの場だが、土曜日の今は誰も居らず長椅子を2人で占領する。


「はい、灯火もどうぞ」

「あ、ありがと……。陽紀さん、あんこにするって言ってなかった?」

「あぁ、俺も最初はそう考えたけど気が変わってな。………こうやって2つに分ければ灯火が食べたいの2つとも食べられるだろ?」

「ぁっ…………」


 もしかしたら俺がこんな行動とるとは予想外だったのだろう。

 俺も普段だったら、雪とかが相手なら絶対にしない。

 けれどわざわざこんな所まで来てくれた灯火に少しでもいい思い出を作ってもらいたいと幼なじみながら思ったわけだ。。

 だって忘れていたとはいえ幼稚園の頃のからの知り合いだ。あの時はよく遊んだし、そりゃあ少しは思い入れもあるってものだ。


 そう思いながら割ったたい焼きの片割れを手渡すと、彼女は喜ぶどころか顔を伏せて表情を隠してしまう。


「あれ……? もしかしてチョコ嫌だったか?」

「……ううん」

「じゃあ、1つ丸々食べたかったか?」

「ううん、嬉しいの。 ……でもおんなじくらい、寂しい」


 喜んでもらえると思ったけど予想外の反応に段々と焦りが生まれてく。

 寂しい……寂しいってどういうことだ?

 まさか1つじゃ足りなかったとか!?2つ3つ……もしかして10、20頼むつもりだった!?


「……だってあまりにも手慣れすぎてて。陽紀さん、女の子の扱いが凄すぎるよ……」

「…………そっち?」


 もしかしたら相当な大食感なのかもしれないという予測に冷や汗が流れたが、彼女の口から告げられるまさかの答えに俺は思わず脱力してしまう。

 女の子の扱い……そんな慣れてるかな?確かに今日はちょっとだけ気を使ってるけども。


「やっぱり陽紀さん、彼女とかいたり……?」

「彼女!? いやいやいや!いないいない! そんなのいないよっ!」

「じゃあ私と一緒になってくれる?」

「それも違―――――ちょっと待って」


 なんとなく勢いのまま違うと言いかけたがすんでのところで止めてしまう。

 さっきなんて言った?一緒になって?それってつまりそういう意味だよな……?いや、聞き間違いか?


「……灯火、さっきなんだって?」

「? 一緒になって?」

「一緒にってどういう意味……?」

「そりゃあ、一生一緒に?」


 ……聞き間違いじゃなかった。

 コテンと首をかしげて聞いてくる様は可愛いが質問内容はえげつない。


「だってこんな自然に女の子落とすムーブするんだもん。 周りの女の子絶対若葉さんだけじゃないでしょ!予想外だったよっ!この陽紀さんの落とし魔!」

「冤罪が過ぎない!?」

「だって陽紀さんカッコ良すぎるんだもん!こんなの絶対私達だけじゃ収まらないもんっ!」


 もんっなんだもんって。若葉みたいな反応して……。

 それに落とし魔ってなんだ!?いや聞きたくないから言わないでっ!


「カッコいいっていったって、俺はこれまで一度も――――」

「あれ~? そこにいるのってもしかして……芦刈君?」

「――――えっ?」


 俺は絶対カッコよくない。カッコよかったら中学時代からモテモテ街道まっしぐらだ!

 そう力強く説明しようとしたところで、なにやら道向こうから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 これは……なんだかマラソンの時に散々うざ絡みしてきたことを思い出す声………これはまさか――――


「やっほー芦刈君。こんな朝早くからこんな場所で奇遇だね。もしかしてデート?」

「…………」


 ムフフ……。

 とわかりやすく口元で手を覆い隠す彼女に俺はジト目でそれを返す。

 このうざ絡みは間違いない。あの時もさんざん絡んできた松本 美緒音だった。

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