134.不承不承


「あ、あの。コーヒーです。 こんなものしか置いて無くてすみません……」

「いやいや、わざわざ淹れて貰ってありがとね。 雪ちゃん……だっけ?キミも可愛いねぇ。どう?アイドルやってみない?」

「えっ!? いえ、あたしは…………」


 土曜日という休日が2日あるうちの1日目。

 今日を無駄に過ごしても日曜日という予備日があるという最高の日を迎えた朝。

 スヤスヤと夜更かししたぶんところを若葉に叩き起こされた俺たちの前に現れたのは、以前東京で会ったこともある大人の女性、神鳥さんだった。

 若葉が所属するロワゾブルーを運営している事務所の社長。そんな彼女が同じくロワゾブルーのメンバーである灯火を連れてウチへとやってきた。

 そんな2人はテーブルに座し、コーヒーとオレンジジュースを持ってきた雪に絡んでいる。


「え~!?こんなに可愛いのに~! 灯火ちゃんと一緒に歌って踊ったらきっと人気も跳ね上がるよ!ね、どうかな?」

「え、遠慮しておきます……。あたしは歌もあんまり上手じゃないですし、やるより見るほうが好きなので……」

「そんなこと言わなくってさ~! ちょっとだけっ!お試しでいいからっ!ねっ!?」

「ちょっと社長~! あんまり下手なスカウトで私の妹をナンパしないでくださいよっ!」


 戸惑いながらも断る雪に若葉からもアシストが入った。

 でも若葉……助け舟は嬉しいけど、シレッと言ってる雪は若葉の妹じゃないよ?俺の妹だからね?


「こっちの大変さもわかってよ若葉ちゃん。誰かさんが抜けたお陰でウチは火の車なんだよね~」

「何言ってるんですか……先週の決算見ましたよ。増収増益で見通しも上方修正してたじゃないですか」

「バレたか」


 何言ってるか8割ほどわからないが、とりあえず危機的状況ではなさそうだ。

 あっけらかんと語る社長さんを見て1つため息をついた若葉は続いて灯火へと視線を移す。


「それで………。今日はどうしたんです?灯火ちゃんまで一緒だなんて」

「それはいろいろとあってねぇ。ねぇ灯火ちゃん」

「……はい」


 色々と……なんだ?

 社長さんに同意を求められた灯火は真剣な表情で頷くが、社長さんがニヤニヤと笑っているものだからなにやら背筋に悪寒が走る。

 何を企んでる。一体何用で来たというのだ。


「まずは、おはようございます若葉さん。2週間ぶりですね」

「おはよう灯火ちゃん。さっきテレビで特集やってたよ!可愛かったね!」

「ありがとうございます。……それに陽紀さんも、おはようございます」

「あぁ、おはよう――――おわっ!?」

「おにぃ!ちょっとこっち来て!!」


 隣に座る灯火の視線がこちらに向けられて会釈され、同じく俺も頭を下げたかと思いきや、そのままどこからともなく現れた雪に腕を引っ張られて拉致されてしまった。


 連れ去られた先は扉向こうにある寒い廊下。

 ここにはストーブも無いものだから外の寒さがダイレクトに伝わってきて思わず身震いするが、そんな物はお構いなしと雪は俺を壁まで追いやって肩を掴んでくる。


「どういう事!?東京にはネットの友達に会いに行くんじゃなかったの!?若葉さんだけじゃなく灯火さんにまで手を付けたっていうの!?おにぃのケダモノ!節操なし!ハーレム王!!」

「言いたい放題だなおい……」


 壁まで追いやったんだからせめて壁ドンくらいはしてくれよ。

 などと悠長なことを一瞬考えたがそれはすぐに霧散する。

 やっぱりいいや。妹に壁ドンはさすがに魅力が一切ないし。


 それにさっきの文句。反論すべきことは沢山あるけれどとりあえず全部冤罪だ。

 手を付けてないからケダモノでも節操なしでもないし、なによりハーレム王なんて一番ありえない。


「とりあえず……俺の言い分も聞いてくれないか?」

「おにぃの言い分……? まあいいよ。十中八九おにぃが原因なのはハッキリしてるけど可愛い可愛いアイドルにもスカウトされた妹がきいてあげる」


 おい雪、地味にさっき社長さんから誘われたこと嬉しく思ってんじゃん。

 誇らしげに腕を組んでみせる雪は鼻高だ。 


「どこから話したものか……。とりあえず、ネットゲームの友達に会いに行くから東京行くって言ったろ?」

「うん」

「その友達の顔も名前も知らなかったんだがな、いざ会ってみると古鷹 灯火だったんだ」

「うん………うん?」


 ありのままの真実を。

 けれどそれを聞いた雪は首をかしげて不思議そうだ。


「えっと……ゲームの友達が灯火さん……?でも若葉さんに聞いた時はそんな事一言も……むしろ男だって……」

「あぁ。若葉も知らなかったらしい。いざ会ったときにお互い知ったんだと。男云々もボイスチェンジャー使ってるからな。通話だけじゃわからないのよ」


 「はえ~」と感心する若葉に俺も息をつく。

 ホント。ボイチェンには騙された。

 俺以外全員ボイチェン使用してた女の子ってありえないだろ普通。


「じゃあなんでそれをあたしに教えてくれなかったの?」

「そりゃうるさ………雪がショックを受けるだろうと思ってな。会わせてって言われても難しいし」

「そんな事言わないけど……。でもさっき煩いって言おうとしなかった?」

「いや……」


 ジロリと睨んでくる雪に俺はサッと視線を外す。

 なんて感がいいんだ……。明らかに見抜いてますと言った様子の雪だが俺も必死の抵抗をしているとハァ、と気を吐いて気を取り直す。


「……まぁいいや。 それで、灯火ちゃんはおにぃに気があるの?」

「俺が言うのもなんだが……」

「ハァ…………」


 さすがに自分で言葉にすることはできず頷いて問いに肯定の意を示すと雪は特大のため息をついてしまう。


「若葉さんに続いて灯火さんまで……。なんなの?おにぃはロワゾブルーハンターなの?アイドルハンターなの?」

「そんなことはないと思うんだが」


 アイドルハンターってなんかのゲームみたいだな。

 違う……とも言い切れないんだよなぁ。ただ俺はゲームをしていただけなのに。


「ま、いいや。とりあえず聞きたいことは聞けたし、あたしにとっては役得だし。早く戻らないとみんなを待たせちゃう」

「そうだな……」


 とりあえずなんとかお許しを得られたようだ。

 すこしだけ不承不承といった様子を醸し出しながらも雪がリビングに入っていくのに続いて俺も戻る。

 そこには先程と変わらぬ3人が席についていて、テーブルに何かの紙が広げられていた。


「あ、お帰り雪ちゃん。勝手だけど話進めちゃってたよ」

「いえ、若葉さんがメインでしょうから全然。それで理由は聞いたんですか?」

「うん……。この書類を見てほしいんだ。もちろん陽紀君にも………」


 俺たちの帰還を迎え入れてくれた若葉は、その広げられた紙の一部を手にとってこちらに手渡してくる。

 雪が受け取って俺にパス。なんだろうと中身を確認するも、えぇっと『丙は乙に対して――――』何だこりゃ?日本語か?意味がさっぱりわからないんだが」


「若葉さん……これは……?」

「うん、私も全部は目を通せてないんだけどね。要約すると――――」

「――――春までだけど、隔週でここのローカル局の仕事をするってことだよ。もちろん現地でね」

「!!」


 若葉に変わって社長さんが答えてくれるその説明に、俺も雪も同時に目を丸くする。

 ローカルの仕事。そして現地ということはつまり……


「そう!灯火ちゃんは隔週でここに遊びに来るってこと! よかったね!金曜日曜は休みにしたから通い妻の始まりだ!!」


 身も蓋もない社長さんの発言に灯火は頬を紅く染め、雪はバッと俺に顔を向け、俺はといえば天を仰ぐ。

 また……またとんでもない事になってしまったなぁと、当事者ながら他人事のように思うのであった。

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