132.感情爆発
「陽紀く~ん……私今日はちょっと疲れたからもう寝るねぇ。 ふわぁ………」
「ん? あぁ、おやすみ」
今日の課題も最後の一問。
数学の証明問題を解きながらあと1行で完成といったところで扉へのノックとともに若葉が大きく欠伸をしながら話しかけてきた。
彼女の装いもすっかり冬のもの。厚いフワモコの柔らかそうなパジャマを身にまとい、明らかに眠そうにして目の端に涙が付いている。
それは数時間前の出来事など一切感じさせない様相。大口を開けているハズなのに小さくまとまった口に目が行った俺はスッとまるで興味が無いように、誤魔化すように課題へ目を落とす。
えっと、『したがってxy>=0である』っと……。
よし、今日の課題は終わり!それじゃあ少し遅くなったけどゲームを…………って、あれ?
「どうした?若葉、寝ないのか?」
ようやく終わった課題を速攻といえるほどのスピードで片していると、ふと目の端に未だ開いている扉を捉えた。
閉め忘れたのかと思い意識を向けると、未だ扉に寄りかかっている若葉が居ることに気づく。なんだ?そんなに俺が勉強してるの変か?でも前もレポート手伝ってくれたしな。
「ううん、すぐ寝るよ。でもその前に……陽紀君からお休みのチュウしてくれないかな~って……」
「チュ……!? す、するわけないだろっ!!」
ちゅ……チュウって……!!
さっきの今でそんな事するわけないだろ!
今でさえ若葉を直視したら顔熱くなってくるんだから……。
「えへへ、冗談! それじゃあおやすみ陽紀君!また明日!」
「あ、あぁ……」
唐突に言い放ってくる発言にどうしようかと思ったが、彼女は自らそれを否定して今度こそ去っていった。
さっき、不意打ちとはいえ若葉からキスをもらって数時間。一晩たりとも経っていないのに冗談めかしてお願いしてくる若葉は素直に凄いと思う。
胆力というか、思い切りというか……さすが芸能の荒波に揉まれてきただけあって精神力が強い。俺なんて口に出すことも躊躇するというのに。
今度こそ手を振って去ってからは彼女の足音は遠ざかっていって、目の前には閉められた扉だけが残る。
本当に寝に行ったのだろう。しかし時刻はまだ20時。随分と早い時間だ。日中も色々してるって聞くし昨日の東京の件もあって疲れたのだろう。
そんなふうに結論付けて俺は今度こそパソコンに向かう。
眼前にはデスクトップの壁紙といくつかのアイコンが。俺はそのうちの1つ、いつものゲームのアイコンをクリックしてパスワードを入力、手早くログインした。
最近は色々と忙しく、体力の限界が先にきてあまりログインすることができなかった。
今日は久々のログインだ。久々といってもほんの数日程度だが、アフリマンに立ち向かってた時は毎日だったから久々換算で問題ないだろう。
そうして壮大な音楽が鳴るタイトル画面を通り過ぎてキャラセレクト、しばらくの待ち時間の後に画面に広がるのは見慣れた街並みだった。
家よりも、もしかしたら学校よりも見慣れたかもしれないゲーム内の街。
ほんの少し前もログインしたのにもう随分と久しぶりにも思える世界だ。それほどまでに現実が濃かったということでもあるだろう。
とりあえず日課の地図に行くという事も考えたが、久々にプレイヤーが出品しているアイテムの相場でも見てみようとマーケットに向かっていると、人混みの中にはちょうど見慣れた後ろ姿が混ざっていることに気がついた。
『セツナ……か?』
『えっ? あら、そこにいるのは愛しのセリアじゃない。もう来ないと思ってたわ。ちょっと待ってて、今ボイチャ起動するわね』
思わず見慣れた背中をターゲットして個人チャットを繋いで見ると、あちらも即座に気がついたのかすぐに返事が帰ってきた。
そうだ、ボイチャ忘れてた。俺もその言葉で起動するのを忘れていたツールを引っ張り出しマイクを口元に手繰り寄せる。
『あっ……あ~。聞こえる?』
『あぁ、聞こえてる。今日はボイチェン使ってないんだな』
ゲームのBGMとともに耳元に聴こえてくるのはセツナの……那由多さんの声だった。
まるで奇遇、というように語りかけるそれはなんだか楽しそう。
『えぇ。殆どリアルで知られてたんだし、もういいかもって思ってるわ。それより今日はイン遅かったのね』
『ちょっと課題をやっててな。それに帰るのも遅くなったし』
『…………ふぅん』
………あっ!
ふと漏らした言葉に彼女が楽しげに笑う声を聞いて俺はしまったと今更ながらに後悔する。
今日帰るのが遅れたのは麻由加さんも関係すること。そしてその帰り道、俺と彼女は色々とあった。
そしてセツナは麻由加さんの妹だ。もしかしたら同じように遅くなったであろう麻由加さんとあった出来事を疑いにかかってくるかもしれない。
『あの……セツナ。麻由―――リンネルさんは?』
『別に私達しかいないんだし麻由加呼びでもいいわよ。もちろんあたしもね。 それでお姉ちゃんは今お風呂中。それがどうかしたの?』
『………なんでも』
まるで目をそらすように、向き合っていたキャラクターがスッと脇のNPCへと視線を逸らす。
しかし彼女はそれだけで全てを見抜いていたのか、プクク……と口元を隠して笑い始める。
『もしかしてぇ……夕方のキスが気になってたり?』
『グッ……! 知ってたのか……』
『もっちろん! いいわねぇ~お姉ちゃん。好きな人とキスできて。 今頃湯船で感情爆発させるように叫び続けてるわ』
それはまぁ……斬新なお風呂の入り方で。
って違う。そんなことより問題は妹の那由多さんにまでその件を知られているということだ。
別に俺自身の問題では無いんだが……いいのか?那由多さんって以前ウチに泊まった夜には俺のこと好きって――――
『今のセリアの考えを当ててあげる。私も前セリアに好きって言ったのに、悔しく思わないのか?じゃなくって』
『そこまでは思ってないが、なんでそんなに軽く……?』
『え?だって簡単なことよ。お姉ちゃんと好きな人が同じでもあたしの気持ちは変わらないわ。 どうせ誰とキスしても、最終的にあたしともキスするってのは決まりきってるんだもの。早いか遅いかの違いよそんなのは』
「――――』
簡単に言ってのけるそれは、俺の脳では処理も理解もしきれない、開いた口が塞がらない者だった。
当たり前のことを当たり前のように。さも当然のように言ってのけるさまは彼女の自身の表れ。
その理論だとつまり、那由多さんは姉の麻由加さんのことを……。そこまで考えて俺の思考は画面いっぱいに広がる謎の光によって遮られた。
『!? な、何!?』
『あたしの魔法よ。どうでもいいことに意識取られてそうだったから気付け代わりに撃ち放ってやったわ』
何かと思えばセツナの魔法エフェクトだった。
白い光が画面を包み込んだかと追えば辺り一面に花火のように広がる魔法の軌跡。
本来は上空の敵を広範囲に拡散する技。しかし実戦には使えないようで「この魔法、弱いけど宴会芸にアリね……」とか言っている。
『どうでもいいって……』
『どうだっていいのよ。今はね。 今日はそんな話よりゲームの話しましょ? 今日は一緒に遊べるんでしょう?』
『あぁ……』
『よかった。なら地図の前にちょっとマーケット見ていきましょ? さっき色々掘り出し物見つけたのよ!ほらっ!!』
どうやらさっきの魔法は閑話休題、話題の切り替えの合図だったようだ。
本当にどうでもいいと思っているようでさっさとゲームの話題に戻っていった彼女は自ら着用していたローブを外したかと思いきやあっという間に別衣装に着替えていく。
今度の衣装はファンタジーぽくないシンプルな現代風のもの。下はジーパンで上は黒いカッターシャツを崩してその上にエプロンを着用したもの。
ゲームの着替えは一瞬だから本当に楽だ。でもしかし、そのセツナの格好は…………
『どう? 可愛いでしょ!?』
『ちょっと…………ナイかな』
『なんでよっ! どこからどう見ても普通の可愛らしい調理人じゃない!!』
いやね、それはわかるんだけどね……その……着用してるキャラがイケメンすぎてね…………
『そもそもセツナって時点でナイ。絶対"料理は火力だ!"とか言って最大火力の魔法ブチかまして黒焦げにするやつ』
『そ、それはっ……! しなくもないけど……。でも魔法使い補正を抜きにしたらキャラのギャップもあって可愛いじゃない!』
『チェンジで』
『チェンジなんて実装されないわ! それだったらあたしだって考えがあるんだもの………お姉ちゃ~ん!!』
『ちょっ……!!』
無慈悲に言い放つ俺の言葉に対抗するかのように呼びかけるのは彼女の姉、麻由加さん。
もうお風呂から上がったのかもしれない。そう思っていたら微かながら麻由加さんの声が聴こえてくる。
『―――陽紀くん』
『はい……』
『先程ぶりですね。無事帰れたようで何よりです』
『麻由加さん、こそ』
それはなんだかお見合いでの会話のような。
お互いにぎこちない会話を交わしながら取っ掛かりを探っていく。
『…………』
『…………』
しかし俺はもちろん彼女も先程のことを気にしているようで言葉がなかなか出てこない。
そんなこんなで数分ジッとしていると「だめだこりゃ」と、那由多さんの声が聞こえてきた。
『お姉ちゃん、やっぱり変わって。戻っていいよ』
『えぇ!?それはあんまりじゃないです!?』
『でも話続かないでしょ?髪も乾かしきってないし』
『それはそうですが……なら髪乾かしたらすぐ戻ってきますので!戻ったら陽紀君は貰いますね!』
『えっ……あたしもまだ全然遊んでな―――――』
『私がお風呂出たのですから次は那由多の番です。あんまり遅くなっちゃうと叱られちゃいますよ?』
『うぅ……』
まるで俺のことなんて気しないほどの姉妹での言い合い。
結果的にどうやらその応酬は麻由加さんの勝ちのようだ。
弱々しく唸った那由多さんはその場で動かなくなり、麻由加さんの声も遠くなっていく。
俺の人権は?と言いたくなったが抑えておいた。言っても意味ないし、なにより麻由加さんならいいや。
『那由多……さん……?』
『……こうなったらお姉ちゃんが髪乾かすまでにダンジョン一個行ってやる! セリア!行くわよ!!』
『行けるわけ無いでしょ!?』
さすがの俺でも髪を乾かす時間は雪とかで把握している。それで一周20分かかるダンジョンなんて行けるわけ無いでしょ!!
結局、当然のところダンジョンには行くこともできずにこの場での会話をしている間にタイムアップ。那由多さんは渋々お風呂に行くのであった。
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