127.評価の変化


 その視線は、まさに針に刺されるような感覚さえ覚えた。

 クラスの中でも大人しく、あまり人と話すことを是としない女の子、麻由加さん。

 しかしその容姿は他の者と随分抜きん出ていて遠巻きに眺める者が多い人物だ。


 通称深窓の令嬢。

 普段から何か憂うような表情美しいこともさることながら、その礼儀正しさから自然と言われるようになった言葉。

 しかし自分を卑下しがちな性格や交友関係の狭さのせいで、彼女自身その注目度に気づいていないとみられる。


 特にこの一週間近くで彼女の評価は大きく上がったと聞く。

 自然とクラス内で会話することが多くなり、笑顔が増え、彼女のもつ魅力が皆に伝わった。

 たった一週間。されど一週間。彼女はこの短期間でみなに周知されたのだ。それこそ彼女の持ちうるもの。本来人気者になるべき人なのだ。


 しかし一方で交友関係の狭さが一種のバリアーとなり、更に狭いながらも彼女の友人が目を光らせているだけあって彼女へ自発的に近づく者は未だ少ない。

 それは女子陣からの信頼の厚さも表している。以上が周りから見た麻由加さんの評価だ。


 麻由加さんの人気具合。俺も今日マラソン中に松本さん経由で知った。

 つまりは想像以上に注目度の高い彼女。そんな彼女が俺を呼んでいると知ってクラスの面々がこちらへ視線を向ける。

 以前文化祭前に誘いに来た時はチラ見する程度で終わった視線。しかし今回はあからさまに向けてきていて俺へ刺さるような視線を感じながら彼女に近づいていく。


「ど、どうしたの? お昼休み始まったばかりに……」

「? ここしばらくずっと一緒だったじゃないですか。今日もお昼を一緒に食べましょう?」

「―――――!!」


 ざわっ……!

 と、周りがざわつきはじめる。

 「やっぱりアレは本当だったのだ!」だの「じゃあ名取さんはやっぱり……」だの様々な憶測の裏付けをするように。


「いやぁ。芦刈君も焼きそばパン、ありがとね」

「う、うん」

「それじゃあ私は役目も終えたところだし、ここらへんで――――」


 そんな俺達の横を通り過ぎるように松本さんがパン片手に通り過ぎようとする。

 しかし…………


「―――松本さん」

「っ……。なにかな?名取ちゃん」


 席に戻ろうとする松本さんを呼び止めたのは麻由加さんだった。

 両者少しだけ見合ったあと、すぐに麻由加さんはニッコリと笑顔を浮かべる。


「"陽紀くん"を呼んでくださりありがとうございます。また今度、一緒にお話しましょう?」

「そ……そうだね! また今度……ね……」


 それはなんの捻りもないただの挨拶。


 わざわざ呼び止めて少しピリッとした空気が走ったかと思ったけど、蓋を開けてみれば全然大したことなかった言葉。

 そのままいそいそと脇を過ぎて席に戻っていく松本さんを見送っていると、ふと手が柔らかいものに包まれた気がした。


「陽紀くん、今日も一緒にお昼ごはん、食べましょう? 鍵もキチンと借りて来ましたので」

「その鍵は……」


 チャリっと音を立ててポケットから取り出すのは教室用のよくある長細いものではなく、一般家庭によくあるタイプの小さな鍵。

 それには見覚えがある。屋上の鍵だ。文化祭も片付けも終わった筈なのに、なんで今ここに………


「さ、"2人で"行きましょ?」

「う、うん……」


 それは心なしかちょっぴり普段と違う何かが感じられる言葉たち。

 手を握られた俺はクラスメイトの視線を浴びながら一切気にする素振りを見せない麻由加さんとともに屋上へと向かっていった。



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



「陽紀さん、体育もあったのですからお昼にパン一個だなんて絶対後でお腹空いちゃいますよ」

「でも、お金とか諸々の問題があってね……」

「そう言うと思って今日は私は陽紀さんのお弁当も作ってきたのです!朝伝えそびれちゃいましたけど、よかったら是非食べてくれませんか?」

「ありがとう……」


 それは青空広がる屋上の一隅。

 どこからか入手した屋上へと続く鍵のお陰で俺たち以外誰もいない空間で2人、お昼ごはんを広げていた。


 俺の膝の上にあるのはシンプルな二段タイプの黒いお弁当。

 一段目にはご飯がノリとおかか付きで敷かれており、二段目には唐揚げや卵焼き、鮭やお浸しなど、一目で栄養満点だといえるお弁当が乗せられていた。

 それは麻由加さんが用意してくれたというもの。明らかに一つ一つが冷食とは思えないそれらはどれも食べずとも美味とわかる代物だ。


 しかしどうして屋上に、そしてどうしてお弁当を。

 そんな疑問が頭に浮かぶもどんどん事態が動いて言って聞けずにいる。


「はい、陽紀くん。あ~ん」

「……えっと?」

「私に任せてください。はい、あ~ん」

「…………あ~……」


 パクリ。

 黒いお弁当から唐揚げを1つ持ち上げた彼女はそのまま戸惑う俺の口へと入れていく。


 うん、美味しい。朝から時間の経った昼。そして冬という気候も相まって冷たくなっているがそれを考慮されているらしく冷めても美味しいお弁当となっていた。

 続いてお浸しをパクリ。うん、ほうれん草の食感と程よい醤油感が素晴らしい。


「どうです?美味しいですか?」

「うん。どれも冷めてるのにそれを活かしててすっごく美味しい」

「ふふっ、よかった。 頑張ったんですよ。陽紀くんに喜んで欲しくて」


 「続いてこちらを……」と続く彼女に俺はされるがままに口を開く。

 腕すら持ち上げない完全に任せきりの体勢。口を空けてモグモグと、突然の彼女の突然の行動に従うがままにしていると彼女は楽しそうに微笑んで見せる。


 しかしなんだろう、以前学校サボった時もちょっと様子違うかったけど、今日は今日でまた別ベクトルで違うような……。

 ………そう。普段は会話が多いのに対し今日は得も言わせぬ雰囲気というか、全て彼女に任せきりというかそんな感じだ。


 違和感の正体に気づくも原因など知る由もない。朝登校する時は普通だったと記憶している。ならばこの数時間でなにかあったのだろうか。

 けれど考えても答えは出るはずもない。俺はグイグイでくる麻由加さんにされるがままに口を開いていくのだった。





 もちろん、料理上手の麻由加さんが作るお昼ごはんは絶品の二文字じゃ語りきれないほど美味しいものであった。

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