126.焼きそばパン取引
「はぁ……ビックリした……。 告白ってなにかと思ったら文化祭に誘ったことか……」
ザッザッと二人分の運動靴が土を蹴り、競歩と同じくらいのペースでグラウンドを駆けていく。
もう先頭組はとっくにゴールへたどり着いただろう。しかしまだ1周ほど残っている俺はひたすら足を動かしている。
そして、たったひとりで走っていた俺だったが、なんの因果か隣にはクラスメイトが肩を並べていた。
彼女は運動部の松本 美緒音。どうやら俺に1つの噂を聞かせに来たらしい。
そういえば彼女は噂好きというのを今思い出した。今回も何処かから麻由加さんに関する話を耳にして俺へと聞きに来たのだろう。
そしてその内容とは俺を絶望の淵に叩き落とすというもの。それを聞いた当初は膝に地面をつけて崩れ落ちたものだが、いざよくよく話を聞いていくとそれはデマだということもわかった。
「でもさ!友達が見てたみたいなんだけど名取ちゃん文化祭の日誰か男の子と一緒にいたんだって!あの現代に生まれた深窓の令嬢がだよ!?それって誘ったエース君しかなくない!?もう付き合ってるようなものじゃん!!」
「それはちょっと飛躍が過ぎないか……?」
少し興奮気味に畳み掛ける彼女に俺は冷静に突っ込む。
深窓の云々はまぁ同意する。しかしそこからどうやってエース君に結びつくんだ。
「…………あんまり驚かないんだね?」
「そりゃあだって、あの日は俺と一緒に…………あっ―――――」
「――――フッ」
走りながら。体を動かすという慣れないことをしながら無意識に言葉を連ねて、そこでようやく気が付いた。
ハッとなって隣を走る彼女を見れば、覗き込んでくる顔が段々と口を大きく歪ませた笑みに変わっていく。
「『俺と一緒に』、何かな~?」
それは確信があると言外に告げるも同義の表情。
彼女の真意を知るには遅すぎた。
しまった!トラップか!
きっと彼女は断片的に情報を得ていたはいいが、文化祭に誰が麻由加さんと一緒にいたのか確証が無いもののアタリはつけていたのだろう。
ワザと穴を作って確かめるような会話。まんまと引っかかった俺はしまったと心のなかで叫んでしまう。
「そういえばもう一つ、名取ちゃんについて噂があったな~」
「………聞きたくないけど聞こう。何?」
「えっとねえ?つい最近目撃されるようになったんだけど、名取ちゃんってこの頃食堂でご飯食べるようになったんだよねぇ」
「そ、そうなんだ……」
最近……食堂……とんでもなく身に覚えがありすぎる。
もう彼女は分かっている。次に出てくる言葉もなんとなく予想ができていた。
「それでね、友達が目撃しちゃったんんだけど一緒に食べてる相手、ウチのクラスの『芦刈君』って人みたいなんだぁ」
「………………」
「それに私はあんまり信じてなかったんだけど、今朝も誰か男の子と一緒に登校してるって話がねぇ……」
「………………」
ダラダラダラと。
走っているせいか聞いたせいかわからないが汗が吹き出してくる。
やはり……やはりか。
俺たちが座っているのは隅も隅、柱の影に隠れて周りからは非常に見辛い場所だ。
しかし見辛いだけで完全に隠れているわけでもない。誰かに見られている可能性もあったものの普段影薄い俺だからスルーされると楽観視していた。まさか噂にまでなっているというのか。
「食堂で見たって話もちょうど文化祭のちょっと前からなんだよねぇ~。一体どういうことかなぁ?ん~?」
「そりゃあ、アレだ。同じ委員会で一緒に仕事してるからな。それ関係じゃないか?」
「なら朝一緒だったのは?」
「話す仲なんだから朝会ったら自然と一緒に登校するでしょ。目的地一緒だし」
「むっ!そう来るかぁ……」
意地でも認めない俺に彼女は一考する。
俺もね、ホントは認めたいよ。好きなんだし。けれど事情はもうちょっと複雑だし、そして何より麻由加さん自身がこの噂をどう思っているのかわからないのが問題だ。
彼女自身は物静かであまり多くの人と話さないタイプ。噂が広まっているなら質問攻めに遭っている可能性だってある。ならば下手に言うより今はごまかして意識の統一をしておきたいんだ。
「じゃあっ!先週学校休んだよね!?あの時名取ちゃんも休んだって聞いたけど!?」
「そりゃあ季節の変わり目だし休みが被る日だってあるでしょ」
「むむむぅ~!」
もう変わり目どころかほとんど冬と言っていいけどね。
一向に頷くことすらせず誤魔化しに徹する俺に彼女は唸り声を上げてみせる。
すまないな。下手に言いふらしたりしない、松本さんも悪い人じゃないってのはわかるんだけどこればっかりはね。
「ふんっ!そんなに認めないのならいいもん! SNSで万バズレベルのとっておき未出情報を教えてあげないんだからっ!」
「……なんだそりゃ」
そっぽを向く彼女に呆れる俺。
万単位とはなかなかの情報で。
噂好きといえどもよくそんな情報手に入れられるな。人脈すごすぎでしょ。
「これはあくまで偶然っていうか、偶々入ったカフェで見ただけなんだけどね。この街にとある超有名アイドルが来てるかもっていう――――」
「それ誰かに話したのか!?」
「ひゃっ――――!!」
――――それは反射的な行動だった。
彼女の数少ないヒントで心当たりに行き着いた俺は走っていた足を止め彼女の肩を強く掴む。
有名人とは考えるまでもなく、若葉だ。もしかしたら若葉がここにいるって広まるかもしれない。噂程度ならともかくSNSが絡むと非常にマズイことになると危惧して彼女をに問いかける。
「い、いや……私も確証が持ててないから誰にも広めてないけど……」
「………そっか」
その情報は誰にも伝わってない。
それだけを知れた安堵でつかんでいた力を緩める。
「ゴメン、怖がらせて。ちょっと驚いて思わず」
「ううん、平気。ちょっとビックリしただけだから。 芦刈君って大人しいと思ってたのに案外グイグイ系なんだね」
「なんだそりゃ。そんなわけないでしょ」
今回は勢いだったが普段からこんなことするわけがない。
しかしここがグランドを抜けた先でよかった。
今の位置は校舎裏。幸いにも人はいないし先生の目も届かない。校舎の窓から見えた可能性はあったが授業中な上、廊下側だから心配ない。
「そんなに驚くってことは何か理由あったりしたの?」
「まぁ、な。その見た有名人ってのはもしかしてアイドルとかか?」
「凄いっ!よくわかったね! 厳密にはちょこっとだけ違うけど確かにそうだよっ!」
あぁ、やっぱりか……。
普通にここらで暮らしてるしな。変装してるとはいえ街行ったり学校に来たことあったんだし見破られる人がいても何らおかしくない。
俺が答え合わせをしていると彼女の口から大きくハァ……とため息がこぼれだす。
「なぁんだ。芦刈君も知ってるってことはそんなに大した情報じゃなさそうだね。万バズ狙えると思ったんだけどな~」
「……もしかして、SNSにあげる気だったのか?」
「へ? しないしない!言葉の綾とかそんなのだよ!こんなの書いちゃったら炎上しちゃうじゃん!私訴えられたくないし!」
炎上……するのか?
俺にはそこらへんの事情をよく知らないが、昨今の火の付きやすさを考えると無くもないかも。
でも噂でも広がるとなかなか大変だから……
「それ、周りに言わないでくれるか?」
「別に全然いいけど……なんで芦刈君がそんなに気にしてるの?」
「……色々とな」
「色々かぁ。……じゃあ授業終わってから焼きそばパンで手を打とっかな」
「…………わかった」
今月なかなかピンチだが背に腹は代えられない。
彼女に限って広めるとは思えないが焼きそばパンで確実性を得られるなら仕方ない。
俺はスッと手を出す彼女の拳に俺も拳をぶつけて見せる。
ちなみにマラソンの結果は男子最下位で終わるのであった。
―――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
「芦刈く~ん!お客様だよ~!」
「ぁん?」
それは体育終わってからの昼休み。
4時間目の終わり際にコッソリ購買をあけて貰って焼きそばパンと自分のパンを入手し、いざ自分の昼でもと思ったところで、そんな声がかかっていることに気がついた。
呼び声の主はマラソン中も話をしていた松本さん。彼女は手を振りながら俺を名指しする。
「お客様だって!ほらっ!」
「ほらって言われても、ここからじゃ死角で見えな―――――」
そう繰り返すように言って扉の影から姿を現す人物を見て、俺は目を大きく見開いてしまった。
気づけばクラスの殆どが注目している。そんな視線などものともせずに俺へと手を振るのはよく知る女の子が一人。
「麻由加さん………」
その彼女こそ噂の渦中となっている人物。幾つか流れている噂の補強となりうるタイミングで俺を呼ぶのは、渦中の人物である麻由加さんだった。
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