125.一寸先は闇
あぁ、今日の空はなんて澄んでいるのだろう。
青い空、白い雲。ジメジメとした湿気もなく耳につくセミの音だって聞こえない。
鳥も翼を広げながら気持ちよさそうに大空を飛び回っており、もう数ヶ月経てばシラサギが飛んでくるだろう。
その前に水たまりに氷が張りつららができるような極寒が訪れるが、その時はその時でまぁどうにかなると思う。
まさに快晴。風も少なく過ごしやすさが優る気候。
少し寒さが肌を刺すが、それは厚着すればどうにかなる。
むしろ学校なんて閉鎖的な場所で1日を過ごすのではなくもっとこう、街を見下ろせる高台でゆっくり風を感じて昼寝でもしていたい。
うん、いい考えだ。是非そうしよう。そうと決まったなら早速学校を抜け出してまた外の世界へと行くしかない!
そう思いながら俺は地面を蹴り、一歩外の世界へと近づいて――――
「はいっ、後2周!頑張れ頑張れー!!」
「…………はぁ」
外の世界へ旅立つことなど、出来なかった。
動かし続ける足を止めることなく首を曲げれば、ジャージを身に纏ったこの時間の担当教諭がストップウォッチ片手に声をかけてくる。
学校を抜け出して外の世界に旅立つことが出来なかった俺は、諦めの気持ちを胸に先生が立つ昇降口前を通り、進行方向に待つグラウンドへと進み続ける。
今は東京から帰ってきた次日の月曜日、その4時限目。
何をとち狂っているのかこの日は昼休み目前から体育の授業であった。
お腹が減ってやる気が出ない。まだ授業も中間で終わっても後半戦がある。そんな思いばかりが生まれて走る気が削がれていく。
そして問題は秋……いや、もう冬も近い。この季節に体育ですることといえば決まっている。一番やる気が出ない原因はその内容、マラソンということだ。
誰が提唱したのか恨みたくなる冬のマラソン。ウチの学校ではグラウンドを回った後校舎も周るという謎コースで1周換算だ。
何キロかなんてよく覚えてない。多分5キロとかその辺りだろう。
人によっては身体が温まるからいいと言う人もいるが俺には理解できない。やる気に満ち溢れる面々と同じペースでいくと1周でダウンする俺にとって、マラソンというものはただただ苦痛だった。
元々ゲームや読書三昧で運動なんて埒外であるこの人生。むしろ好きだという方が少数派だろう。
マラソンにかこつけて学校を抜け出すことも考えなくはないが、それだと普通にサボるより後が怖い。そんなわけで俺はサボることも逃げることも出来ず、愚直に与えられた使命をひたすらこなしていた。
もはや歩いていると言っても過言ではない、談笑しながらマラソンしているかどうかも怪しい女子グループを追い抜かして足を動かす。
1つ、2つ、3つと幾つかの女子グループを追い抜かしていると、前の方でこちらを向きながら手を振っている女生徒が目に入った。
「やっほ~」
「……………」
ニコニコ笑いながら手を振る少女。
俺はその姿を目に収めながら…………脇を通り過ぎていく。
「ちょっ……!待って待って!なんで通り過ぎようとしてるの!?」
「……俺?」
「そうだよ!他に誰がいるっていうの!?」
しかし回り込まれてしまった。
彼女の瞬発力を生かしてダラダラを走る俺をあっという間に追い抜いた彼女は通せんぼするように俺の前に立ちふさがる。
他に誰がいる……ねぇ。
そう聞かれてスッと後方へ目を向ける。
「ね、誰も居ないでしょ? 私はあしか――――」
「だってほら、後ろのあの人に話しかけてると思って」
「―――ちょっと待って!?誰も居ないよね!?誰が見えてるっていうの!?」
もちろん俺の後ろには誰もいない。
適当に口からデマカセを吐くと彼女は怯えたように俺の肩をつかんでくる。
「え?ほら、今も俺の後ろに……あ、そっちの背中に移った」
「やめて~! 私ホラーは無理なの!夜トイレ行けなくなっちゃうの!!」
身体を抱いて怯えたように顔色を悪くする少女は
友達でもないただのクライメイト。ただ時々会話する程度の間柄なのに一体どうしたのか。
「んで、どうしたんだ?わざわざ俺を待ってたなんてありえないよな?」
「なんでそうやって選択肢狭めちゃうかなぁ。実際その通りだって言うのに」
「俺に用事……?残念ながら午後の英語の課題を写せっていうのはナシな。むしろ真っ白な俺に写させてくれ」
「課題はちゃんとやろうよ……。写すのは全然いいけどさぁ」
マジ?いやぁ、言ってみるものだね。
男の俺が歩くとどやされるため仕方なく小走りで進んでいくと、彼女はぴったり並走してくる。
さすがは運動部、走ることは余裕というわけか。羨ましい。体力分けろ。
「じゃあ課題写させる代わりに金よこせとか?昨日東京行ってきたから空っぽだぞ」
「そうでもなくって……って、東京行ってきたの!?何しに!?お土産は!?」
「ない」
「そんな~!!」
普段はちょこっと雑談する程度の仲でさほど気にしていなかったが、随分愉快な人物だ。
走りながらも器用にオーバーリアクションしているさまは見ていて楽しい。
「ちょっと友達に会いにな。お土産も家族と友達分だけだぞ?」
「私達友達じゃないの!?」
「ぇっ……そうなの……か?」
「酷いっ!!」
……ちょっと素で驚いた。
俺が買ったのは家族分と麻由加さんら姉妹分だけだ。他に特別仲良くしている人はいないから。
クラスの男友達だって「二人組作って~」とかではなんの問題ないが、いざプライベートで云々は何も無い程度。
だから学校の友人は麻由加さんだけだったんだが、まさか人類皆友人とかいわないよな?
「んで、わざわざ俺を待ってなんの用事なんだ?」
「え~?そりゃあ芦刈君とおもしろおかしくマラソンを楽しむため?」
「そういうのは後ろの女子グループとできるだろ。 それじゃ」
「わ~! ダメだって!ホントは芦刈君に聞きたいことがあるのっ!」
なけなしの体力を使って追い抜こうとしたらそれ以上のスピードで迫られて肩を掴まれた。
クッ……体力の無さが辛い……!!
「……聞きたいことって?」
「うん、それがちょっと聞きにくいことっていうか……気を悪くするかもしれないんだけど……」
「?」
なんだ?わざわざ前置きまで用意して。
俺の気分を害する?そんな、そうそう俺の心がやられることなんてないんだけどな。地獄のアフリマンを越えた精神力を舐めてもらっては困る。
「私も色々と断片的な噂話しか知らないんだけどね…………。今朝、隣のクラスの名取ちゃんと一緒に登校してきたんだって?」
「あぁ……。まぁ」
「付き合ってるの?」
「それは……違うというかなんというか……」
何を言われるかと思ったらそのことか。しかも非常に答え辛い質問を……!
確かにあの時ガッツリくっついてたからな。広まるのも覚悟していたさ……。
しかしこれが前置きまでしてきた聞きたいこと?全然気を悪くするというわけじゃないんだけれど―――――
「まぁいっか。ここからが本題でさ、私がちょっと前に聞いた話なんだけど……名取ちゃんってサッカー部次期エースに告白されて付き合ってるみたいだよ?」
――――はるきは めのまえがまっくらになった!!!
真相は文化祭前の次期エースからの誘い。本来は受け入れられずに滅多打ちにされたのだが、松本はその事実まで把握していなかった。
しかし噂とは歪曲されるもの。巡り巡って陽紀の耳に入る頃には真実から原型をとっくに無くしていて、そうとは知らずデマを耳にした少年は膝から崩れ落ち、ちょうど見ていた先生に叱咤されるのであった。
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