124.久しぶりの・・・日常?
紅や黄色に色付いて華々しく輝かせていた山々から、段々と葉が落ち色が落ち茶色が目立つようになってきた11月も終盤だという冬の入り口。
気温の上ではもうすっかり上着が手放せなくなった朝の空気。
昨日まで居た場所と比較すると空気が(多分)澄んで、確実に人口密度が低い町の一角。生まれ育った我が家。
その玄関に立った俺は床に置いていたバッグを持ち上げ後方の少女に目を送る。
金青の髪と翠の瞳を持つ若葉。ほんの一ヶ月前まで大人気アイドルだった彼女は何も気にする素振りなく素顔を晒し、暖かかったリビングから寒い廊下へと出てきていた。
それはただただ見送るため。学校という名の懲役……ゲフン、若者の本分を果たすためこんな朝早くから家を出る俺たちを送り出すためだ。
その身には最近仲間入りしたエプロンを身につけ、そこに付着した汚れから今日も頑張ってくれたのだと推測できる。
学校に行くことのない彼女のその姿はさながら専業主婦。"誰の"主婦かという疑問は口を噤むとして、わざわざ見送ってくれる彼女から直々のエールを受けながら荷物を再確認した。
「忘れ物ない?ハンカチは?ティッシュ持った?」
「ないよ。持ったし持った」
「ならよしっ!今日も一日頑張ってねっ!」
「あぁ……。 あとは…………雪!まだか~!?」
「いまいく~~!!」
顔を上げてその名を叫ぶと二階からドタドタという音とともにもう一人の少女が現れた。
ソレこそ妹の雪。俺の妹であり若葉の大ファン。ヤツは髪はボサボサ服も適当という姿で駆け寄ってくる。
「財布にリップにブラシに……うん、オッケー!おまたせ、おにぃ!」
「……ったく。なんで俺じゃなく雪が寝坊するんだよ」
「えへへ~。昨日若葉さんと遅くまで旅行の話聞いてたから!」
「ね~!」と2人揃った声に俺は声なきため息をつく。
今日は東京旅行を終えた月曜日。にっくき学校が始まる日だ。
昨日、新幹線やら電車やら乗り継いで帰った俺は夕飯食べて早々ばたんきゅー。しかし若葉は元気だったようで、遅くまで土産話を聞かせていたらしい。
そのお陰で雪は寝不足&寝坊。普段言うことはないが、今日ばかりは早く起きて母さんと朝ごはん作ってくれた若葉を見習えと言いたい。
「それじゃあおにぃ、早速出よっか!」
「あ、ちょっと待って雪ちゃん!」
「はい? なんでしょう?」
無事雪も靴を履き終わりようやく家を出れるといったタイミングで若葉がドアに手をかけた雪を引き止めた。
思わず振り返った雪にチョイチョイと手招きすると、雪のバックから顔を出していたブラシを抜き去ってその髪を梳きはじめる。
「服も髪も。アイドルとして今の雪ちゃんは見過ごせないかな。寝坊で時間ないのはわかるけど身だしなみは気をつけなくっちゃ」
「あ、ありがとうございます…………。若葉……お姉ちゃん……」
「は~い、お姉ちゃんですよ~」
ワンコとは思えない姉ムーブをする若葉に雪から思わず"お姉ちゃん"という言葉が飛び出した。
手慣れたように無駄のない動きで梳くそれはさっきまでボサボサだった頭があっという間に綺麗になっていく。
「これでよし!」という言葉を合図に雪もミラーで確認したが満足いったみたいだ。
「ありがとうございます! それじゃあ改めて、行ってきます!」
「うん、頑張ってね。 ……陽紀くんもファイトだよ!」
「あぁ、行ってくるよ若葉ワンコ」
「今の私はお姉さんだもんっ! もぉ~!せっかくお姉さん味見せてあげたのに~!」
それは人懐こいワンコから見える少しの大人びた表情に少しドキリとした、完全なる照れ隠し。
後ろから文句のひとつ聞こえてくるが俺は気にすることなく家から出ていく。
外は眩しいくらい輝く快晴。
朝特有の透明度、そしてチュンチュンと奏でるスズメの鳴き声を聞きながら一歩を踏み出し―――――鳥肌が立った。
外は家から考えられないほど寒い朝となっていた。
そういえばニュースでやっていた。今日は冬を目前に一段と寒くなる日だと。
普段雪の降らないこの地方でも山間部では初冠雪が確認されたというほど。
最初に出てきた雪もその寒さを予想していなかったのか、家に出て速攻立ち止まってブルリと震え始める。
「うぅ~……今日は一段と寒いねおにぃ……」
「だな。戻ってカイロでも持ってくるか?」
「ううん、カイロ苦手だから頑張る……! おにぃは?要らないの……?」
「俺はまだ平気。厚着してるしな」
俺は上も下も厚着だからまだマシだ。けれど雪の女子制服は寒いだろう。
スカートとかどうやって防寒してるんだ。毎年寒がる姿を見て雪にタイツが温かいと言われるが、一枚だけとかあまりにも寒そうすぎる。
「これも学校に行くまでの辛抱だね……! それじゃあ、今日も頑張って行き――――あれ?」
雪も自らを鼓舞して家の外に出ようとした、その時だった。
雪は立ち止まり真っ直ぐ正面に目を向ける。それに呼応するようにフッとその影から姿を現すのは2人の人物だった。
一人は雪と同じ制服を着た女生徒、そしてもうひとりは俺の学校の女子制服を着た、二人ともよく知る人物だった。
「あっ!那由多ちゃん!来てたんだ!おはよう!!」
「おはよう雪ちゃん。今日は寒いね」
「ホントだよ~! さっき家出た瞬間冷蔵庫に入ったのかと思ったもん!!」
そう言って駆け寄りながら手を結ぶ相手は雪の友人、那由多さんだった。
名取 那由多。雪の友人でありながら俺とも知り合い、むしろ別次元では毎日遊んでいる『セツナ』の名を持つ仲間の一人。
そして現れたのは2人。もう一人はもちろん……
「おはようございます。陽紀くん」
「…………麻由加さん」
もう一人は那由多の姉であり俺の友人でもある那由多さんだった。
別次元の名を『リンネル』同じ委員会に所属していて、何より俺の想い人でもある人。
本当は両思いということが判明しているがそれから先に行くことが出来ない俺たち。しかし金曜は運悪く彼女と会うことが出来ず、両思いだと知ってから初めての登校だからか、その顔を見るのが少し恥ずかしくなる。
「今日はここ一番の寒さみたいですよ。陽紀さんの防寒はバッチリですか?」
「う、うん……。麻由加、さんは?」
「私も背中にカイロ貼ってますのでバッチリで――――クチュン!すみません。少しだけ私も寒いです」
最後までいい切る前に可愛いくしゃみをする麻由加さん。
大丈夫だと言い張ろうとしてくしゃみが出た彼女の手と鼻、そして頬もほんのり赤くなっていた。
彼女たちの家はここから遠い。学校を中心に考えたら明らかに遠回りだ。それなのにここに来て、その上出てくると同時に現れたということはずっとここで待っていたのだろう。
いくら前に家前であって時間を把握していたとしても、今日は雪が寝坊したせいで遅れてしまっているのだ。つまり最低でも寝坊分は外で待ちぼうけ食らったことだろう。
手袋も無しに。それじゃ寒くて当たり前だ。
「大丈夫?家の中で少し温まってく?」
「いえ、そんな事したら遅刻確定しちゃいます。寒さには強いほうなのでお気になさらず」
「でも麻由加さんが風邪引いたら俺―――――」
「あぁっ!!」
――――!? なんだ、突然どうした!?
確かに家に招き入れたら遅刻確定だろう。前サボった身としてはこれ以上非行に走って目をつけられるのは勘弁願いたい。何より真面目な麻由加さんをそっち側に引き込みたくない。
しかし寒いのもなんとかしたい。どうしようか一瞬だけ逡巡すると、突然那由多さんが何かを思い出したように叫びだして俺は思わずそちらに目を向ける。
「と、当然どうしたの那由多ちゃん……」
「そうだった忘れてた!雪ちゃん、今日早めに学校つかなきゃならない日だったよ!」
「えっ……?そんな事ないハズじゃ―――」
「ううん、そういう日なの! ……ってことでお姉ちゃん、お兄さん!私達急ぐから先行くね!」
「―――ちょっと!?那由多ちゃん!?私も走るのぉぉぉぉぉ……………」
もはや問答無用。疾風迅雷。風のような速さと元気さで雪を引っ張った彼女はそのままあっという間に消え去ってしまう。
雪にいたっては引っ張られて走るせいで救急車みたいなドップラー効果だ。
そうした結果、悠長に見送ってる間に取り残される俺と麻由加さん。
まぁ、ここでジッとしていても始まらない。俺たちも行かなければ。
「……それじゃあ、俺たちも行こっか」
「あ、あのっ!」
「うん?」
とりあえず足を進めよう。そう考えて提案したところで、麻由加さんは俺を引き止めるように袖を2本の指でつまんできた。
もしかしてやっぱり家で温まる?俺はいいけど遅刻は平気?
「その……行きながらでも、もっと温まる方法があるのですが………構いませんか?」
「え、そんなのあるんだ。何を持ってきたの?」
「いえっ、そうじゃなくって……陽紀くんのお力もお借りしたいのですが……」
「俺も?」
俺もとはどういうことだろう。
まさかこんな所で原始的な火起こしをするわけでもあるまい。
そんなあり得ない予想をしながら次の言葉を待っていると、彼女はきっと力いっぱいに俺を見上げてきた。
「それは………こうです!!」
「――――!!!」
彼女が取った行動は……俺の腕。
俺の腕を取った彼女はあっという間に指を絡ませぴったり密着する。
それはいわゆる恋人つなぎ。握ったり緩めたり感触を確かめてくる彼女は決して俺と目を合わせようとしないが恥ずかしがっていることは火を見るより明らかだった。
「その……これですと二人とも手が暖かくなりますし、陽紀くんのポケットにでも突っ込んでもらえれば周りにも気づかれませんから完璧です……!」
「でもこれは…………」
これは人の目があるところだと大変なことになる。
以前のような知り合いのいない街ではなく通学路。彼女にとってウワサされるのは良しとすることなのだろうか。
そういいかけようとしたけれど、見上げてくる彼女の瞳に俺は言葉が途切れてしまう。
「その……ダメ、でしょうか?」
それは縋るような瞳。
きっといっぱいの勇気を振り絞ってくれたのだろう。
寒さなのかまた別のなのか繋がれた手が震えてるのが伝わる。
俺は何も言わず、その繋がれた手をポケットに突っ込んだ。
「ぁっ……」
「これだと温かい、よね? それじゃあ遅刻しないうちに行こうか」
「………はいっ!」
繋がれ、ポケットに入れた手は互いの感触を伝え合いながら腕さえもひっつけて学校へ向かう。
しかしよくよく考えた結果手を繋ぎ合ってるのは見られないものの、そのひっつき具合から手をつなぐ以上の密着度になっていることに気づくのは、多くの生徒達と道の合流を果たして後戻りできなくなってからだった。
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