123.せんせいこうげき
「陽紀さん……本当に行っちゃうんだ……」
ここは街の玄関口、駅構内。
相当数の人が行き来する道の、あまり人目の少ない片隅で一人の少女が残念そうにそう呟く。
顔を上げて向こうを見れば新幹線の改札が鎮座していて、少しづつだが旅立つ人が次来る車両へ乗り込むため吸い込まれている。
そんな中、俺たちは人の目が少ない片隅で別れの挨拶と相成った。
灯火は見送る為に入場すると言い張ったが人の往来が激しい中立ち止まって会話しているとバレてパニックになる可能性だってあると、ラウンジで合流した社長さんの説得もあってこの場が最後いうことに。
ホントはラウンジで解散する予定だったが灯火の願いにより直前まで付いてきてくれることとなった。なんだか嬉しいとともに申し訳ないな。
「もう一日居たりしない? ね、今日もカフェだけで全然観光できなかったし……」
「そうしたいのは山々だけど明日も学校あるからなぁ」
「そうだよ。彼には彼の生活ってものがあるんだから邪魔しちゃいけないよ」
「……はい」
名残惜しむように灯火は俺へと提案してくれるが、首を横に振って否定する。
ここに居て欲しいと訴えてくれるのは嬉しいが、隣の社長さんに窘められてるのを見ると胸が痛くなる。
俺としてもサボって東京観光したいが、そうした場合後日母さんから雷が直撃してしまう。雷撃つのは魔法使いのセツナだけで十分だ。
サボった時だって随分と言われたんだ。日を置かず同じことを繰り返したくない。
「なら、また来てくれますよね? 一緒に遊んでくれますよね?」
「それはもちろん。むしろ時間が空いたら灯火の方から遊びに来てくれても――――」
「いいんですか!?住所教えてくれるんですか!?」
「―――お、おぉ……」
ほんの少しの冗談交じりの言葉。
しかしそれに真っ先に彼女は食いついた。
無意識ながら敬語になるという本気度。その勢いで危うく帽子を落としそうになりながらもズイッと迫ってくる彼女に俺は戸惑いながらも頷く。
「後で住所送っておくよ。連絡先教えてもらったからね」
「絶対だよ!忘れないでねっ!」
「あぁ」
もちろん、新幹線乗ったらすぐに送るとも。
俺と灯火はカフェにいるタイミングで連絡先を交換しておいた。
本来なら住所を教えるのは抵抗感を覚えるところなのだが、今更だ。
アスルにはいつの間にか知られ、雪経由でセツナには知られ、リンネルさんはまさかの麻由加さんで…………もう一緒にゲームしてる面々のほぼ全員がこうなんだ。今更一人教えたところで支障はない。
「長休みになったらまたウチへおいで。渡した名刺、そこに事前連絡くれればスケジュールの調整も考えるからさ」
「はい。社長さんも休日にありがとうございました」
「うん、いい返事だ」
昨日今日と世話になった社長さんに頭を下げると彼女は嬉しそうに1つ頷く。
その後「おや?」となにかを気にする言葉とともに俺も顔を上げれば、その視線は腕時計に向いていた。
「……さ、名残惜しいけどそろそろ時間みたいだ。灯火ちゃん、最後になにかあるかい?」
そう残念がる表情とともに俺も時計を確認すればもうそろそろタイムリミット。
最後に促された灯火は、「じゃあ……」と1つ呟いて俺の前へ一歩踏み出す。
「陽紀さん、少し耳貸して貰っていい?」
「うん? こう?」
「そうそう。ちょっとゴメンね」
なんだなんだ?内緒話か?
近づく彼女とともに俺も少し近づいて耳を向ければ彼女もそっと添えた手を触れてくる。
その時耳元にかかってくる吐息に少しゾクッとしたものの、なんとか平常心を保って彼女の言葉を待っていると、他の誰にも聞こえない声で彼女がゆっくり口を開いた。
「"今は"悔しいけど若葉さんに譲ってあげる。でもすぐに私もトップアイドルになって、ファーストキッスの責任を取ってもらうために迎えに行くね」
「なっ…………!?」
コソリと告げたそれは完全にプロポーズだった。
完全に予想だにしていなかった言葉。
愛の言葉とも取れるそれをダイレクトに喰らい思わず飛び退いて彼女を見ると、まるでイタズラ成功!と言わんばかりの笑みで俺を見ていた。
「10年。10年近くも待ってたんだから後ちょっと。私は待てる女なんだよ。陽紀さん」
「――――」
屈託のない金髪の少女のその笑み。
それは、古く遠くなった俺の記憶と合致するものだった。
俺がテレビで彼女を見ても気づかなかった原因。
写真を見ても面影程度しか未だにわからないそれは、当時の彼女が幼いながらも随分とふくよかだったから。
しかし心からの笑顔を直接見て、俺はようやく記憶を掘り起こし始める。あの顔はかつて一緒に遊んだ女の子の笑み―――――。
「……さ、そろそろ行かないと新幹線に置いてかれちゃうぞ。ほら、走った走った!」
「えっ……あ、はい! 二人ともありがとうございました!また遊びに来ます!」
「うん!いつでも来て!毎週でも!!」
毎週はちょっと厳しいかな。
そんな苦笑を浮かべながら社長さんの掛け声に背中を押され、俺たちは急いで新幹線へ続く道を進んでいく。
「…………」
「……?陽紀君、どうしたの?新幹線でちゃうよ?」
しかし改札にたどり着く直前、俺は立ち止まって1つ考える。
思い出すのは先程突然浮かんできた情景。そんな記憶の底から1つの単語を思い出して見送る2人がいる場所へと振り返る。
「…………またな! ひびちゃん!!!!」
「!!!」
――――ひびちゃん。それは昔俺が呼んでた彼女の呼び名。
幼稚園ながら『火』は読めたものの、『灯』が読めなかったから単漢字を母さんに聞き、その答えをもって『
今となっては自分の黒歴史にも似た勘違い。しかしその名前を耳にすると彼女は遠目でもわかるくらい身体を震わせた後大きく手を振ってくれ、俺はゆっくりと進行方向へ向き直る。
「…………さて、行くか」
最後の最後で思い出した俺は後ろ髪引かれながら彼女の見送りを受け再び新幹線へと向かう。
それはまた会えるという確信を持ちながらの一歩。
彼女のキャラ名をそっちにしとけば、もしかしたら俺も気づけたかもしれないのに。
しかしそれは結果論。まさか彼女も揃って同じゲームをするとは思いもしなかったのだろう。
ちなみに後日ヒビではなくファルケにした理由を聞いたところ、単に別の人物に使われていて泣く泣く変えたという、なんとも悲しい理由が判明したのであった。
「…………ついて行かなくてよかったのかい?」
2人の少年少女の後ろ姿を見送りながら、スーツ姿の女性が視線を向けることなく隣の少女に声をかけた。
かけられた少女はチラリと声の主を打目たが、すぐさま視線を戻して人混みに消えていく2人に目を向ける。
「ついて行って良かったんですか?」
「……キミが本気で望むならね。会社としては大打撃だけど、大人の都合を優先するような酷い社長じゃないさ」
それは本当に実行されてしまえば信用問題・利益減として会社に尋常なダメージを与えるほどのリスク。
心の内をを感じさせずに答えた女性だったが、それさえも見抜いていた少女は小さく首を振る。
「行きませんよ、まだ」
「ほう、意外だね」
「だって決めたんですから。若葉さんに負けないくらい凄いアイドルになって、若葉さんにも陽紀さんにも、2人に胸を張れるようになるんだって」
「…………そっか」
それは少女の大きな決意。
彼女の意思を見て小さく笑い、見えなくなってしまった2人に背を向けるよう振り返った。
「それに、相手はあの若葉さんですよ? 別口でちゃんと手をうってます」
「おや?まだなにか隠し玉があるのかい?」
「はい。こればっかりは後で社長にも手伝ってほしいのですけど」
そう言って少女は不敵な笑みを浮かべた。
彼女のささやかな計画。耳にしたイタズラ好きの女性も応じるように「楽しみだね」と笑って見せる。
「じゃあ、作戦会議も含めて今日のところは私が奢ってあげよう!高級ホテルのレストランでいいかい?」
「そんなことしてるから万年金欠なんですよ。金銭感覚も壊したくないので、ファミレスでドリンクバー頼みましょう?」
「はいはい。ドリンクバーでゆっくりしながら彼について教えてよ。まだ全然知らないんだ」
「……………長くなりますよ?」
えそれはある種の地雷。語り尽くせないこと語りたいことがある少女の気配を感じ取ったのかスーツの女性はゾッと背筋に冷たいものが走る。
この時はまだ、今日の思い出話やゲームの話題で語り3時間コースとなることなど、社長は知るよしもなかった―――――
―――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
「ふぅ、今日は疲れたね~」
「そうだな……」
新幹線内の指定席。生まれて初めてのグリーン車。
若葉の
行きの指定席とは比べ物にならないくらいのゆったり感。そんな中ボーっとしているとふと俺の中で1つの疑問が浮かび上がった。
「なぁ、若葉」
「なぁに~?」
「さっきの灯火たちと分かれる時随分と静かだったよな。何かあったのか?」
俺が聞くのはついさっきのこと。
あの時若葉は灯火たちと別れるまで終始無言で徹底的に存在感が無かった。その手前のラウンジまでは普通に話していたのに出れば急に静かになったのを不思議に思っていた。
内緒話をするために近づいた時なんかワンコの如く威嚇すると思っていたのに、全くもって静かだったから、そういった意味でも驚いた。
「ん~……私だって空気を読んだ、ってところかな?」
「どういうことだ?」
「だって、灯火ちゃんは東京から出られないのに私は一緒に帰るんだよ?何を言っても嫌味にしかならないな~って思って」
あぁ、なるほど。その説明で俺もようやく理解する。
確かに灯火から見たら自由の若葉は羨ましい立場だろう。だから刺激しないように黙っていたわけか。
「……でも、それだけじゃなくって昨日今日と私、随分と頑張ったんだよ?」
「若葉?」
ようやく先程の理由を理解すると不意に俺の手に彼女の手がそっと重ねられた。
グリーン車でそこそこ距離があるものだから普通は触れないはずなのにと思い彼女を見ると、少し身体をこちらに倒した若葉はうつむきがちに俺を見ていた。
「だって陽紀君のことを好きな人が更に増えて、私もすっごい不安だったんだよ。これも全部陽紀君が魅力的なせいで……」
「いや俺は……」
そこまで言いかけて俺は口をつぐむ。
魅力的……というのは是非とも否定したいがそれは逆に若葉の感性をも否定することに繋がるだろう。
俺は黙ってその言葉を受け入れ、「若葉」と彼女の名前を呼んで膝を叩く。
「陽紀君、それは??」
「……若葉がいいなら膝に乗るか? 売り子さんが来るまでだが」
「!! 乗る!ううん、乗らせて失礼します!!」
「早っ!?」
俺の言葉を耳にした彼女はまさしく神速だった。
絶対先制。優先度+2。瞬く間に腰を浮かせた若葉は羽のような軽さで俺の膝にポスンと乗って見せる。
「えへへ~。陽紀君が誘ってくれた膝の上~!」
「あくまで売り子さんが来るまでな……」
「はーい!」
それはグリーン車でほとんど客の居ない状況だからできた芸当。
しかし結局、若葉は売り子さんが来ても俺から離れようとはしなかった――――
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