122.ワンコファイト
「も~。ちょっと目を離したらイチャイチャし始めるんだから、陽紀君ってばほんっと目が離せないよねぇ」
「若葉……なんでここに………」
唐突に、そして突然に。
まもなく時間が近づいてきたからと俺と灯火に割って入ってきたのは待ち合わせ場所で待っているであろうその相手だった。
水瀬 若葉。午前中は社長さんとともに仕事をしていたものの、時間的にもう終わったのだと理解できる。
しかし1つ理解できないのは何故ここにいるかということだ。俺は今日この時間まで彼女と一切連絡を取っていない。灯火も俺が見ている限りスマホを触っておらず、今も驚いている。彼女は一体どんな手段で…………
「なんでってそりゃあ、私と陽紀君の愛の力で――――」
「陽紀さん気を付けて。もしかしたらそのスマホにGPSアプリ入れられてるかも……!」
「ウソっ!?若葉!?」
まさかそんなことが……!?
いやでもしかし、東京まで来た彼女のことだからありえなくもない。
俺も急いでスマホを取り出しアプリ一覧を見るがそれらしきものは見当たらない。クッ……もしかして見えないように細工されているとか……!?
「ないない! ないから!まだ入れてないから!!」
「……ホントか?」
「ホントホント! 灯火ちゃんもヘンなこと言わないでよね!」
「でも若葉さん、それ以外に私達を見つける方法なんてないですよね……?」
灯火の問いかけに俺も大きく頷く。
いくら行く場所がわかってるとはいえここは東京。人でごった返しになっている街だ。
そんな中目当ての人を探すなんて砂漠から砂金レベルだろう。明確に行動を把握していなければあり得ない、というわけだ。
……………"まだ"には今は目を瞑ろう。
「ほら、私鼻がいいからさ、陽紀君のニオイをこうやって辿って…………」
「やっぱり若葉はワンコの化身だった……?」
ホントに……ホントに若葉は犬になっちゃったのか?
手を丸くして鼻を効かせるその動作は可愛いが、本当にそんな芸当ができるのならば人間を辞めていると言っていい。
次の週刊誌のネタはアレだな。『驚愕!休止したアイドルの水瀬若葉は本当に犬だった!!』とかで。
「若葉さん……。犬ということは、もしかしてアイドル辞めちゃったのは寿命が近いから……」
「も、もちろん冗談だよ灯火ちゃん!そんな寂しい顔しないで!!」
明らかに冗談だとわかるそのワンコネタを適当に受け流しているさなか、灯火だけは真に受けたようでウルウルと目に涙を溜めていた。
それを見た若葉も慌てて自らネタバラシしていく。
「ほんと、ですか?」
「うん! 結局場所がわかったのも、きっと陽紀君は食べすぎてお腹痛くなっちゃうんだろうな~。だとしたら休憩場所はここらへんになるだろうな~って予想してたらまさに!っていう偶然なんだから!」
あぁ、よかった。ニオイとかそういう人間の枠を越えたでもGPSとかいう怖いものでもなんでもなかった。
しかし未来予知にも似たその予想。頭いいのはわかっていたが俺への理解度の高さに驚愕しかない。
「よくたったそれだけでわかったな。他にも休憩場所なんていっぱいあったのに」
「うん!これこそが愛の力!……って言いたいところだけど、実際私も当時食べすぎてね。近くの人が少なくって腰おろせるここで少し休んでたの」
なるほど道理で。
彼女が経験した道を俺も通ったというわけか。
しかし食べ過ぎるのはちゃんと理解していたわけね。しょうがない、美味しい料理が悪いんだ。
「だから灯火ちゃんも気にしないでね!ワンコの化身でも寿命が十数年でもないから!」
「私ですか? そりゃあもちろん、最初から気にしてませんでしたが」
「え?だったらなんでさっき―――――って、その目薬、もしかして……」
ようやくここに着た真実を告げた彼女が灯火に語りかけるも、当の本人はケロリとしていた。
さっきまで泣きそうになっていた彼女。しかしその変わりように若葉も目をパチクリさせると手元に目薬が握られていることに気づく。
「はい。社長に演技も勉強しろって言われてましたし、若葉さんが冗談言ってるなってわかって私も一芝居打たせて貰いました。どうでした?うまく出来てました?」
「上手かったよ~! 本当に泣いてるかと思ったもん!」
「ありがとうございます。そう言ってくれてよかったです」
互いに手を取り合って喜び合う若葉と灯火。
どうやら彼女の泣きそうな表情は全て演技だったみたいだ。
いや驚いた。俺もまさか本当に若葉が犬だって思い込んだ涙かと思ってびっくりしたよ。
しかし若葉も文化祭の時といい今回といい、目薬って便利だな。
それにしても、本当に仲がいいんだな2人は。
さすがはもとアイドルのグループ同士というべきか。偶に表向き良くても本当は険悪っていう記事見るけど2人はそうじゃないみたいだ。
「それじゃあ無事合流出来たことだし、そろそろ行こっか」
「え、もう?」
「うん。だってカフェに夢中でお土産買いに行かないとでしょ?そうこうしてたらすぐ新幹線の時間になっちゃうから」
まぁ、それもそうか。
しかしもう行かなきゃなのか。長いようで短い、短いようで長い東京だったな。また来れる日を楽しみにしなきゃだ。
そう思いつつ先程の灯火の如く差し出された手を取る。俺が立ち上がると、若葉は灯火の方を向き1つお辞儀をした。
「それじゃあ灯火ちゃん、"私の旦那様"を案内してくれて今日はありがとね」
「っ……! いえいえ、若葉さんこそお仕事お疲れ様です。気にしないでくださいよ。将来陽紀さんは"私の夫"になるのですから当然のことです」
「ムムム…………!」
「グヌヌ…………!!」
――――前言撤回。
本当に仲がいいどころか一触即発だった。
これは『私の為に争わないで!』って言って飛び込むべきだろうか。いや、ダメだな。火に油の未来しか見えない。
「ほら、お土産くらい一緒に見ればいいだろ。 灯火、時間は大丈夫か?」
「えっ……!うん!今日は一日中でも、明日でも明後日でも!!」
「『灯火』!?陽紀君、さっき灯火って呼んだ!?私でも下の名前で呼んでくれるの一ヶ月かかったっていうのに!?」
手を握った若葉がグイグイ引っ張って主張してくるが、俺はジッと遠くを見つめてそれを堪える。
しかしふと、ふと隣の腕も何かに引っ張られた感覚がして見れば灯火がそれを握っていた。
「だって、私は陽紀さんと"将来の約束"をしてますから。若葉さんとは年季が違うのですよ」
「む~~~!! 陽紀君!愛は年季じゃないよね!?ね!?」
「陽紀さん! 約束は大切ですよね!?」
「っ…………!っ………!」
それはいつの間にか皆休み時間を終えたのか、すっかり人のいなくなった休憩場所。
突然迫ってくる2人から逃げようと顔を背けた結果、ふととある人物と目が合った。
それは幼稚園くらいの女の子。母親と一緒に来たのか手を繋いでいる二人のうち子供が俺たちの方をジーッと見ていることに気づくと、女の子は繋いでいる手を引っ張っていく。
「…………ねぇ、ママ?」
「どうしたの?なおちゃん」
「あそこにいるの……もしかしてミナワン……?」
「――――っ!!!」
2人の変装は完璧だ。平日とはいえ街中でバレなかったからその変装度は相当なものだろう。
しかし子供は時に恐るべき程の勘の良さを発揮する。ほとんど根拠のない直感。しかしそれが偶に確信を突くときがあるのだ。
まさに今回、女の子が示したのは完全に真実。
これはまずい……!女の子だけならいいが伝播したら厄介だ。休止した若葉はいいとしても活動中の灯火には多大な迷惑がかかる。
急いでこの場を離れようと振り返るも、未だになにやら言い争いをして気づいていない2人を見て何も言わずその手を掴み取る。
「きゃっ……!」
「ひゃっ! なぁに陽紀君。こんな所で欲情しちゃった?明日に間に合わなくなるけど、今からでもどこかのホテルに――――」
「何馬鹿なこと言ってるんだ! ほら、行くぞっ!」
何を勘違いしているのかバカなことを言う若葉も問答無用で引張り俺は慌ててその場を後にする。
幸いそれ以降彼女たちの存在に気づいたものは居らず、俺たちは帰りの新幹線が待つ駅まで突き進むのであった
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