121.食事の代償


 俺が長年続けているゲームのコラボカフェ。

 そこでの食事は味はもちろんのことメニューもバライティ色が強いものだった。

 竜の翼を模した揚げ物に、黒魔術をイメージした赤いポテトフライと花火、モンスターである雪うさぎそっくりのチーズボールなど、ゲームを知ってても楽しめるし知らなくとも料理単体として楽しめるものだった。

 何と言っても極めつけは青い中華そばだろう。写真からオーラが放っていて気が引けていたが、ノリに乗った結果見た目はともかく味はすごく美味しかった。

 飲み物も炭酸を中心に多く頼み、料理も長くやっている分あれもこれもと気になったものを頼んでいった。

 その結果…………


「お、お腹が…………」

「大丈夫……? ほら、座って」

「……悪い」


 案の定、俺は食べすぎてお腹が凄いことになってしまっていた。

 普段運動しないが故に少食。そんな人間がいきなり大量の食べ物を口にしたらどうなるだろう。

 それはもう胃袋の破裂。さっき食べた黒魔の花火のように盛大に破裂爆散をしてしまうこと間違いない。

 今の俺はその一歩手前だ。あとポテト一本でも食べればパァン!間違いなしのこの身体。店を出てからも胃痛に苛まされながら灯火に支えられ近くのベンチへ腰を下ろした。


「お水……は入らないよね。待ち合わせ場所まで距離あるしタクシー呼ぶ?」

「いや、それは最終手段にとっておきたいかな……。しばらくゆっくりしてたら収まると思う」

「……そっか」


 彼女のバッグからペットボトルやらタクシーチケットやらが飛び出してくるがそれを諫めると彼女も落ち着いたのか俺の隣に腰を下ろす。


 待ち合わせとは若葉とのこと。

 昼になって彼女の挨拶が終われば別の駅で待ち合わせすることになっているのだ。


 そしてここはコラボカフェ最寄りの駅前広場。その高台に面した小休憩スペース。

 俺たちが座っている以外にも幾つかベンチが設置されていて、ポツポツと日曜日だというのにスーツを着たサラリーマンが羽を休めている。

 そして高台から下を見下ろせば電車が到着したのかわっと大勢の人が構内からぞろぞろと出てきた。

 これが東京。これが日本の中心。まるで今の胃の中みたいに多くの人が動き続けているように思えてきて、気持ち悪くなる前に顔を上げて空を見る。


「……東京ってすごいなぁ」

「そう?どんなところが?」


 ほとんど無意識に出た言葉に彼女はなんのことかと首をかしげる。

 俺も無意識で深く考えてなかったんだけど、そうだな……


「まず人が多いこと。東京って狭いのにどこからこんなに集まってくるんだって思うよね」

「そうだね。みんな電車でいろんなところから来るもんね」

「それと色んな店がある。コラボカフェだってずっと東京羨ましかったし」

「うん。人が多いから需要が見込まれて、たぶん陽紀さんのところだと採算がとれなくなっちゃうと思う」

「あと建物がどれも高い。ウチのところだとこんなに高い建物片手で数えるくらいなのに」

「それも狭くて人が多いから……って、全部人が多いに繋がっちゃうね」


 たしかに。

 俺も気づけば全て人の多さに繋がって笑みがこぼれる。

 人が人を呼ぶ東京。だからこそ様々なものが発達・洗練されていく。しかし同時に、その波に目が回りそうにもなるのだ。


「そういえば……」

「うん?」

「そういえば、こういうシーンって前にもあったよね?」

「……?」


 ふと。互いに笑っているなか灯火が思い出したように問いかけてきた。

 しかし俺には心当たりがない。彼女との記憶が無い俺にとってそんな事言われても全くわからないのだ。


「ううん、違うの。ゲームのこと。 セリアって料理人もレベル上げてたよね?」

「あぁ、生産系は全部カンストしてるな」

「そこの料理人クエストでこんなシーンあったの覚えてない? 勇者が食べすぎてお腹膨らんでる中依頼人に介抱されるっていう……」

「…………あぁ、あったなぁ。そんなクエ」


 しばらく記憶の海に潜っていたところ……見つかった。

 ゲームに実装されている生産職の1つ、料理人。そのクエストには自分で作って自分で食べるという謎対決のカットシーンがあった。

 結果的に勇者が勝つものの食べ過ぎたせいで一定時間『肥満』のバッドステータスが付く謎クエ。

 ギャグに振り切った料理人クエだからなんでもアリのクエストなのだが、よく今思い出したものだ。


「あのシーン、こうやって会話途中に一瞬で膨らんでたお腹も元に戻ってたから、陽紀さんもパッと戻ったりしない?」

「しないしない。むしろアレはギャグ表現だから。現実でそんなのあったら実験動物されるからね」

「え~。でも陽紀さんも勇者セリアだし、もしかしたらってことない?」

「あるわけないでしょ」


 俺の冷静なツッコミに彼女は楽しげに笑ってみせる彼女。

 年相応の笑顔を見せる同い年の彼女。そんな彼女の笑顔を見て、1つ聞いてみたくなった。


「ねぇ、灯火」

「どうしたの?」

「灯火は俺のどこを好きになってくれたの?」

「陽紀さんの、どこを……?」

「うん」


 普通ならば聞くことのない問いかけ。 

 しかし麻由加さんに若葉、そして那由多さんに続いて灯火と。一体俺のどこを好きになったのだろう。

 少し意地悪な問いかも知れないがどうしても聞きたくなった。


「全部じゃ、ダメ?」

「強いて言うなら、どこ?」

「ん~~~~」


 随分と悩んでいるらしく腕を組んで考え込む彼女。

 しかしあまり時を重ねることなく、灯火はそれじゃあ……と控えめながらに1つピックアップしてみせた。


「強いて言うなら……馬鹿なところ、かな?」

「バカ……?」


 彼女の言葉を復唱した俺は思わず止まってしまう。

 まさかのバカ。それは予想の範疇を遥かに超えていて、俺の脳も一時フリーズを引き起こしてしまう。


「いやっ!そういうイヤな意味じゃなくってね! 可愛らしいおバカというかなんていうか……」

「ううん、いいんだ。勉強できないのは事実だし。 でもせめて……例えば、どんな……?」

「そういう意味じゃないのに……。 でも例えば……例えば幼稚園の頃には雷鳴ってる時本気でおヘソ取られるんじゃないかと巨大ブロックの下に潜り込んだ結果崩れて下敷きになったり。ゲームではアスルを待たずに一人無謀にボスに突撃したり、誘導技で味方を穴に落としたり。今日だってこうなるのわかりきってたのにいっぱい食べちゃうし」

「…………」


 滅多打ちである。

 幼稚園の頃の記憶はないが他は心当たりしかない。そう列挙されるとバカと呼ばれても仕方ないようにさえ思える。


「―――でも、幼稚園では私を心配してくれたし、ゲームは自分より巻き込まれたみんなを優先して回復してくれたし、今日も私の食べきれなかった分も食べてくれた結果だし。そういうところがやっぱり好き」

「そう、か」


 滅多打ちからのそのフォロー。見事な下げて上げる手法により俺は言葉に詰まってしまった。

 こんな可愛らしい彼女の真っ直ぐな言葉。若葉もそうだが彼女たちのその純真さはどこから来るのだろうか。

 

「わかった? 私がファルケとしても灯火としても、キミのことが好きだってこと」

「あぁ……わかったよ」


 もはやそこまで言われちゃ俺もお手上げである。

 やはり俺は真っ直ぐ言われるのに弱いのだろう。彼女のはにかむ姿を見てどうしても目を離せないでいた。

 すると一人ベンチから立ち上がった彼女は俺の方へと手を差し出す。


「さ、そろそろ時間も近いし、お腹大丈夫そうなら行っちゃおう? 平気?」

「あぁ、もう大丈夫そうだ。 ありがとな、今日は付き合ってくれ――――」

「タンクスキル"インターセプト"、発動っ!!」


 俺の差し出した手は、彼女の手を掴むことなく横から飛び出してきた手によって阻まれてしまった。

 手首をガッチリホールドし、それ以上前に動かせない圧倒的な力。何事かと向いた先には、フードを被った人物が立っていた。

 サングラスにマスク、一歩間違えればどこかへ強盗でも行くんじゃないかというほどの正体不明の格好。

 いや。俺はこの人物知っている。帽子から僅かに見える金青の髪。そしてサングラスの隙間から見えるその瞳。彼女はまさか……


「若葉、さん」


 俺の代わりに灯火がその答えを口にする。

 そこに立っていたのは別の駅の待ち合わせ場所で待っているであろう、俺がここにいることなぞ知るはずもない水瀬 若葉であった。

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