120.掌の上
「それではお待ちのお客様~!奥のテーブル席へどうぞ~!!」
ここは東京にあるとある建物内に特設されたカフェ。
俺たちがやっているゲーム、『Adrift on Earth』とコラボした特別なカフェだ。
昔は期間限定で開店したのだが人気に火がついた今となっては年がら年中やっているカフェ。特設と謳っておきながら、ありがたいことに特別感も何もないカフェだ。
そんな安定期に入った憧れの店に、俺は隣の少女と共に店に入っていく。
案内されたのは都合よく……なんてことはなく、予約時点でちょうど空いていた店の隅。
店内は冒険者ギルドの薄暗い店内を模している事もあって、ここまでくれば他の客に見られる心配もなかった。
彼女の様相はその目立つ髪を帽子で隠しつつ漏れ出た部分を大きな黒いコートで覆っている。秋終盤という季節も助けになって人の多い街中を気づかれることなくたどり着けた。
「ここがコラボカフェかぁ……凄い……そっくり!」
席に着いた途端珍しそうにしげしげと周りを見渡す彼女はその再現度に目を輝かせている。
ここはゲームの序盤も序盤、開始直後に訪れるカフェを模したものである。
その再現度は十分と言えるもので、何よりBGMが完全にゲーム音声そのままだから俺もテンション上げざるをえないものとなっていた。
「あぁ、これは人気が出るわけだ」
「うん……!メニューも凄いよ……!ゲームの中身そっくり!」
そう言って一足先にメニューに手をだして鼻息荒くしているのは俺の後に着いてきてくれる若葉………ではなく、古鷹さん。
金色の髪を持つ現役アイドルの彼女が俺の隣についてこの店までやってきていた。
その経緯もなかなか突然なもの。
朝突然やってきた社長さんに若葉は連れ去られ、その代わりと言ってはなんだが彼女が側についてこんな所までやってきていた。
いやまさか若葉がここまで来るとは思わなかったし、その上連れ去られるとは、更に古鷹さんがついてくるとは思いもしなかった。何なんだこの東京旅行。
「ねぇ古鷹さん、このお店って来たことあるの?」
「ううん、初めてだよ」
「そうなんだ」
若葉も来ていると言っていたから彼女ももしやとは思ったが、そうでもなかったらしい。
まぁさっきの目の輝きようを見た感じそれも当然か。
しかし今はなにやら伏し目がちに頬を赤く染め、なにやら恥ずかしがっているような様子で…………
「初めてなんだよ?」
「え?うん。ちゃんと聞いてるよ」
「ううん。初体験……だよ?」
「…………」
――――どう答えろと!?
いくら俺でもそこまで意味深な事言われてうまく返せる語彙力を持ち合わせてはいない。
いや、彼女の語る意味は至って純粋なものだがその言い方と表情のせいで全く違うものへと取り違えそうになってしまう。
「ほ、ほら、早く注文決めないと店員さんも待ってるよ」
「……私の
「そりゃあスルーせざるをえないでしょ……」
「むぅ」
そんなふくれっ面されたって良い返しできないからね?
それとうまく聞き取れなかったけど本心って言った?渾身って言った?ボケって言ってたから渾身だよね?
「……あ、弓のドリンクあるね。陽紀さんも自分の職のドリンク頼んで見る?」
「どれどれ……あ、ホントだ」
ひっくり返して見せてくる彼女に俺も指差されたほうを覗き込む。
たしかに。弓のドリンクはトマトのノンアルカクテルらしく赤くなっていて、一方俺の職は真っ白だ。
弓のスキルである『鷹の目』を意識しているのか弓のドリンクには目玉を模した氷が入っているようだ。
「じゃあ頼んでみようかな。ファルケはあとどうする?」
「んと、とりあえず飲み物はこれにしておいて、あとは食事かな。何がオススメとかある?」
「あぁ、そういえば昨日若葉が言ってたな。オススメはオニギリとかパンナコッタと……か…………」
メニューを眺めながら2人でページをめくり合っている間にようやく気が付いた。
ここは四人掛けの二人向かい合わせに座った席。テーブルは1つしかなくそれを広げて見合っている状態。
そして互いに腰を浮かせて前かがみになり覗き込んでいるものだから、彼女の顔が直ぐ側にあることにようやく気がついた。
絹のように美しい金髪。そして同色の睫毛も長く、鼻筋も整っている。その上何か香水とは違うほのかな優しい香りが鼻をくすぐり、俺の思考は一瞬フリーズする。
「? どうしたの?」
「い、いやっ! なんでもない……!!」
昨日色々あったとはいえほぼ初対面という認識の彼女。まだトップに躍り出ていないといっても元々若葉と肩を並べていただけありその容姿はかなりのものだ。
日本人離れしていることから若葉とは十分差別化され彼女のほうが好きだという層も数多くいるだろう。そんな彼女の無防備な様子に、俺は思わず弾かれたように席に戻ってしまう。
「そう? じゃあボタン押すね」
なんのことだか気づいていない古鷹さんに顔を背ける俺。
その間にも彼女は手早く店員さんを呼び俺の分まで注文を終え、また二人向かい合って座る空間に戻っていった。
「とりあえず適当に注文しちゃったけど、他にも美味しそうなのいっぱいあるね。陽紀さんも好きなの頼んでいいからね?」
「あ、あぁ……」
ペラペラとメニューをめくりながら無邪気に笑う彼女に俺はようやく冷静さを取り戻す。
彼女はどうしてこうも平気なのだろう。昨日の去り際のアレは夢だったのだろうか。
「それと私のことは灯火でいいよ。若葉さんのことも『若葉』って呼んでるんだよね?」
「あ、あぁ……じゃあ、灯火……」
「なぁに? 陽紀さん」
戸惑いながらも言われるがままに出てくる彼女の名前。
ここしばらく様々な女の子と関わり合いになってきたからかもしれない。抵抗感がまったくなかった。
「灯火……は、昨日の最後のアレ、どうして突然やったんだ?」
「昨日の最後っていうと……キスのこと?」
「…………」
そして聞くのは昨日のこと。
彼女の問いかけに俺は頷きをもって答える。
しかし彼女の少し考える素振りを見せただけに留め、すぐに俺と目を合わせた。
「陽紀さんのこと好きだから、じゃダメかな?」
「でもそれは幼稚園のことだろ?今のことじゃ、全然……」
「全然じゃないよ。それだけ私にとってあの時の事は特別なものだったし、"今"の陽紀さんはセリアを通して、ずっと一緒に遊んでよくわかった上で好きになったつもりだから」
平然と答える彼女のそれは自信満々、迷いなんてひとつも感じられなかった。
一方迷いだらけの俺はその言葉に何も返せずにいる。
「あ、でも昨日のキスは私にとっても初めての、ファーストキスだったんだから喜んでくれると嬉しいかな?」
「そんなの俺だって……! 意識がある上では……」
「陽紀さんもなんだ。 それは私にとっても嬉しい、かな……」
最後まで俺の言葉を聞くことなく彼女は口元を覆い隠して溢れる笑みを隠す姿に、つられて少し目を逸らす。
くっ……なに赤くなってるんだ俺!
俺には麻由加さんという人がいるんだ。決してこれ以上靡いたりなんか………
「チュッ――――」
「!!」
チラリと意思を固めて顔を上ようとした瞬間、今度はテーブルに置いていた手の甲に柔らかな感触と、小さく何をやったのか示す音が聞こえてくる。
急いで視線を向ければ「えへへ……」と灯火がはにかんでおり、チラリと俺の後ろに目を向けたと思いきやパァッ!と笑顔が輝き出す。
「ねぇねぇ、あの人が持ってるの私達のじゃない? ほら、注文したのと同じだし!」
「そう……だな」
それはさっきほどのキスなんて気にしないと言わんばかりのテンションの落差。
俺も振り返って店員さんを見てみると、確かにアレは俺たちの頼んだものと同じだと理解する。
「…………隙ばっかり見せてると、私の
「――――!?」
それは、振り返った直後の彼女からの接近。
わざわざ立ち上がってから音もなく忍び寄り耳元に手を当てて告げる言葉に再び彼女の方へ顔を向けるも、灯火は涼しい顔でもとの場所へと戻っていく。
完全に掌の上。いいようにしてやられている俺だったが、いざ食事が来てからは初めてのコラボカフェを満喫するのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます