119.役変更。再登場


「はるきくん………けっこん、してくれる?」

「うん、いいよ」

「ホント!? やくそくだよ!ゼッタイだからね!!」


 それは思い出せない過去。

 しかして刺激された結果、無意識下で呼び起こされる夢の一部分。

 男の子も女の子も楽しそうに笑顔で指切りをしている。

 

「ゆびきり! これからもいっしょにあそぼうね、―――」


 男の子が女の子のあだ名で呼びかけると満面の笑みを浮かべる。

 それこそ未だに思い出せぬ原因の1つ。はて、その名前はなんだったのか。

 いくら考えても出てこず、たとえ出てきても水泡のように目覚めると同時に消えてしまう。

 つまりは現実に持ち出すことが不可能な微かな夢。幻影である。

 

 しかしそれでも少年は考える。

 何だったのか、それが命題のように。


「――――! ひび――――!!」


 その考えの果てに、少年はようやく思い出した。

 勢いのままに声に出すもそれは誰の耳にも届かない。

 そのうち世界に一筋の光が差し込む。たった一人で見る夢の中で、その記憶さえも光とともに消え去っていくのであった。



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



 ――――朝、というものは無情なものだ。

 世界中全ての人に等しくやってくる朝の時間。未だ寝ている者、これから活動を開始する者、夜通し働いていた者それぞれに与えられる。

 この季節は寒さが際立ちまるで真冬かと思うほど。毎朝布団という名の誘惑に抗いながらなんとか抜け出し寒い寒い言いながら着替えるのが日課だった。


 しかし、今朝はそう思うことが一欠片とも感じなかった。

 朝起きて布団を出ても『寒い』と思うことが片時も無い家。きっと何かそういう設備が整っているのだろう。

 家のどこにいても、廊下ですら寒いと思わない凄い家。そんな廊下を寝ぼけ眼でフラフラしながら歩いて行く。


「おはよ~ございま~す…………」

「あらおはよう。早いねぇ。 朝ごはんはもうちょっとで出来上がるから待ってて~」

「はい……ありがとうございます……」


 もはや開いているのか閉じているのかわからない目で辛うじて視界を確保し、なんとか近くの椅子に腰を下ろす。


 昨日は……昨晩は大変だった。

 ベッドのすみっコで寝ようとする俺に対して迫ってこようとする若葉。暴走するのを抑えきれてなかったら今の俺は(色々な意味で)命無かっただろう。

 あの時のことはまたいつか語る日が来るとして、そのせいで寝る時間が遅れに遅れて今日の俺はかなりの寝不足だ。

 午前中はなんとか持つかもしれないが午後は絶対に寝なければならない。新幹線では爆睡確定だなこれは。


 ついでに一緒に寝た若葉は俺が起きた段階でも爆睡してた。


「陽紀さん、白湯持ってきたよ。飲む?」

「ん? あぁ、ありがと。貰うよ」


 腰を下ろすやいなやスッと視界の端から差し出されるのは1つのコップ。

 白湯か。嬉しい。ちょうど寝起きで喉乾いてたんだ。


「どう?美味しい?」

「あぁ、美味しいよ。 ありがとう」


 普通ならば普通の白湯。母さんがハマってるものと同じものなのだが、場所や雰囲気が違えば感じるものもまた変わってくる。

 家で飲む白湯と同じはずなのにここで飲むものはまた違った美味しさも感じられた。

 眠気でボケボケしながらもお礼を言うと隣の少女のホッとしたような吐息が漏れ聞こえてくる。



 …………ちょっと待て。

 何かがおかしい。俺が起きた時確実に若葉は爆睡していた。確かにトイレ行ったり顔洗ったりはしてきたが、それでも導線的に彼女が起きてきたら気づくはずだ。

 しかもさっき俺におはようと言ってくれた人。咲良さんだと思ってスルーしてしまったが口調が少し違う。彼女よりも遥かに軽い感じの喋り方だった。


「……………えっと?」

「? どうしたの?陽紀さん」


 ギギギ……と、壊れたブリキのような動きで動けば、俺のすぐ隣には見慣れない少女がそこに座っていた。

 朝日に照らされて輝く金色の髪。朝だというのにしっかりと開いて俺を捉えている琥珀の瞳。

 俺より遥かに背の低い、若葉よりも僅かに小さな女の子がそこにいた。


「っ――――!! ファ、ファルケ……?」

「うん、おはようアスル。いい朝だね」


 目を見開いて見つめる俺に微笑むのは、昨日も出会ったファルケこと古鷹 灯火。

 若葉も所属していたロワゾブルーのメンバーであり今なお頑張っている現役アイドルだ。

 ここにいるはずもない人物がまさか座っているという事実に俺は驚いて席を立ってしまう。


「なん……で――――」

「ほらほら、何してるの。もしかしてトイレ行き忘れたとか? だったら朝ごはんも出来たし早く言っておいで」

「―――社長さん」


 戸惑っている俺に遠くから話しかけてきたのは、キッチンから顔を出した社長さんだった。

 若葉と古鷹さんが所属する事務所の社長、神鳥 恵那さん。昨日サイトで調べて知った名前。

 彼女の手にはお盆が乗っていて、器用にも両手に乗った朝ごはんをテーブルに乗せていく。


「どうしたの?そんな狐につままれたような顔しちゃってさ。もしかして私の美貌に見とれちゃった?」

「いや、そういうわけでは……。…………?」


 テーブルに焼き鮭やらご飯やらを並べていく社長さんのからかうような口調を否定しようとしていると、ふと腕に何か引っ張られる感覚を覚えた。

 何事かと思えば隣の古鷹さんが俺の服をつまみながら社長さんを睨んでいる。いや、迫力がなくて睨めていない。


「ファルケ……?」

「冗談だって灯火ちゃん。嫉妬しない。 それより……陽紀君でよかったかな?若葉ちゃんはまだ起きてこなさそう?」

「あ、はい。さっき見た時は起きる気配は――――」

「ウソっ!?社長に灯火ちゃん!?」


 社長さんに問われさっき見た気持ちよさそうな熟睡っぷりを思い出していると、今度は廊下のほうからそんな驚きの声が聞こえてきた。

 そこに立っていたのは勿論若葉。いつの間にやら着替えも終えていたようで俺の隣まで駆け寄ってきて、ギュッと守るように古鷹さんとは逆の腕をつかんでみせる。


「おはよう若葉ちゃんいい朝だね」

「社長……昨日の今日の上、こんな早くに来て何かあったのですか? 私達もうお昼すぎには帰るんですけど」

「冷たいな~。温かいお茶も入れたからこれでも飲んで落ち着きなよ。 灯火ちゃんはオマケだし、私が来たのは陽紀君目当てでもないからさ」


 差し出されたお茶を不満げな顔を浮かべながらもしっかり飲む若葉。

 対象が俺ではないということに一定の安堵からか少しだけホッとしたような表情を見せたものの、社長さんの視線がずっと若葉を捉えていたことに彼女はもう一つの可能性に行き着く。


「もしかして……私?」

「そっ。色々なお偉いさん方が『若葉ちゃんは元気かい?』って煩くてねぇ。せっかく東京来たんだし幾つか顔見せに行こうって誘いに来たんだ」

「でも、私もうお仕事休止しちゃってますし、それに…………」


 チラリと若葉と目が合う。

 そうか。今日これからコラボカフェに行く予定があったんだ。

 チケットも取ったし若葉としてはそちらに行きたいのだろう。


「でも若葉ちゃん、突然の休止発表しちゃってみんな驚いてたんだよ。事件事故の心配してたし一箇所5分でいいから。午前中で終わるから。ね?」

「…………。 陽紀君、一人で大丈夫?」


 それでもない若葉は自分の欲を優先するかと思いきや、彼女が気にしたのは俺のことだった。

 心配そうに見上げる目。自分の欲じゃなくて俺の心配だなんて、バカだな。そう思いながら彼女の頭に手を乗せる。


「大丈夫だよ。お昼には終わるんでしょ?」

「うん……気をつけてね。知らない人についていっちゃダメだよ?何かあったらすぐ電話してね?」


 いや、小学校低学年じゃないんだから……。

 流石にそんな心配はいらなかろうて。

 けれど心配してくれるのは嬉しい。俺も頷いて見せると若葉は社長さんへと向き直って了承してみせる。


「よかった!断られたらどうしようと思ったんだ!」

「まぁ……勝手に突然休止したのは私のワガママでもありますから……」

「うんうん、そう言ってくれて嬉しいよ。 それじゃ、咲良さんも戻ってきたことだし朝ごはんにしよっか!」


 さっきまで遠くでずっと洗い物の音が聞こえていたがいつの間にか終わっていたようだ。

 これは咲良さんが作ったものか。社長さんも手伝ったのかな?


「――――ねぇねぇ陽紀さん」

「? どうしたの?古鷹さん」


 みんながみんなそれぞれ近くの椅子に座ろうとして、俺も続いたその時だった。

 椅子を引こうとしたところを古鷹さんによって止められる。


「その……今日はよろしくね?」

「…………はい?」

「だって、私今日はオフだし、若葉さんはお仕事でいなくなるからその代わりとして……」

「―――!! 社長!!」


 ―――もしかしてそれは、今日の観光は古鷹さんと一緒に……!?

 そう思考が追いつきかけたところで、俺よりも早く反応を示したのは若葉だった。ダンッ!と勢いよく立ち上がり正面の社長さんは「ん~?」とすまし顔をしている。


「やっぱり私陽紀君と一緒にいる! 灯火ちゃんと二人きりだなんて見過ごせないっ!」

「若葉、一度引き受けた仕事なんだからちゃんとこなしなさい。午後からは2人で過ごせるんでしょ?」

「む~~~!!!」


 それは、俺の意思とは無関係に行われる人選。

 奥から現れた咲良さんにたしなまれた若葉はかなり不満げな顔で再び腰を下ろす。

 社長さんも「ゴメンね」と言いながらも朝の予定を撤回する気はなさそうだ。


 まさか決まった午前中の古鷹さんと行動。

 今日の朝食はすごく美味しかったハズなのに、それを感じさせないほど若葉の視線を感じた朝の一幕であった。

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