118.肉食の逆転


「は~るっきくんっ!」

「……どうした?若葉」


 少し早めの夕食を終えた穏やかな休息期間。

 遠くでお皿を洗う水の音を聞きながら(半強制的に)座らされた俺は手持ち無沙汰なこともあって東京の観光やお土産について調べていた。


 咲良さんが作ってくれた美味しいカレー。「来るのがわかっていればちゃんと下ごしらえしたのに」と終始悔しそうだったがそれでも俺にとってはかなり美味しい代物だった。

 ちなみに若葉が作ってくれたのはサラダ。また急転直下の包丁が見られるかと思ったが流石にそこは改善したらしい。咲良さんが驚いていた。


 そんなこんなで食後ののんびりした時間。

 咲良さんお手製の高そうな紅茶が湯気を立ち上らせながら、あたかもVIPのようにもてなされていることを恐縮ながら受け入れていると、突然後ろから若葉の呼ぶ声が聞こえてきた。

 ソファーの後ろから背もたれに手を添え顔をのぞかせるその笑顔。前のめりになっているのか肩からのぞかせるその笑顔は俺と目を合わせた後手にしているスマホの画面を覗き見る。


「何してるのかな~って思って!……観光マップ?」

「あぁ。明日実際見れるのは午前中だけだしな。どう効率よく回るかって思って。というか若葉、勝手にスマホ覗き込んで変なの見てたらどうしてたんだよ?」

「変なのって、エッチなものとか? それだったら私がそのエッチなのを同じように再現するだけだよ!」

「…………無敵か」


 非難するでもスルーするでもなく再現するって、受け入れるのレベル超えちゃってるじゃん。懐の深さが無敵すぎるでしょ。

 しかし残念ながら俺が見ていたのは観光マップ。そんな変なものは家で一人の時しか……なんでもない。


「明日は新幹線の時間があるもんね~。いいとこ決まった!?」

「ある程度はな。まず『Adrift on Earth』のコラボカフェは外せないだろ」


 『Adrift on Earth』はゲーム内だけじゃなくリアルにも色々な物を展開している。

 コラボグッズに始まりゲーセンの景品やリアルイベント、果ては通年開催のコラボカフェまでもが東京にはあるのだ。

 人も多くない実家付近では考えられないコラボカフェ。いつか東京に来た時行ってみたいと思っていたが予算の関係で諦めてもいた。しかし宿代が浮いた今なら大チャンスである。


 色々とゲームをモチーフにしたドリンクや食事が提供されるのだ。店内もゲーム内を模したものになっているしファンとして一度は行くべき場所だろう。


「確かにあのお店は外せないよね! 料理もなかなか美味しかったし!」

「行ったことあるのか?」

「もっちろん! 変装して一人でコッソリとね。店員さんにはバレちゃったけど」

「そりゃあな……」


 フロア案内やレビューを見た感じ一人だと大抵カウンターに通されるらしい。距離も近いみたいだしそれはバレるってものだ。

 しかしふと視線を感じスマホに戻していた視線を彼女に向けてみると、未だ輝かしい目で俺を見ている若葉がすぐ近くにあった。


 この何かを待っている目。これは……もしかして……


「……若葉も明日行くか?」

「いいの!?いくいく!!」


 それは彼女の待ち望んでいた通りの問いかけだったようだ。

 待ってましたと言わんばかりに首元に抱きついてく………抱きついて………く、苦しい…………。


「わか……ば……」

「えっとねぇ……私があの時食べたのはオニギリだったかな!あとはサイダーも美味しかったし……そう!パンナコッタもすっごく良かったよ!!」

「わか…………」


 俺が必死にタップするも若葉は気づくことなく当時を回顧している。

 やばい、そろそろやばくなってきたぞ。まだ気づかないようなら力づくで引き剥がしたほうがいいかもしれない。

 少しづつタイムリミットに近づいていく意識にヤバいなーなんて思っていると、ふと俺たちのもとへ近づいていく影が現れた。


「若葉、明日が楽しみなのはいいですが、明日を迎える前に陽紀君が終わってしまいますよ」

「えっ?ママったら何言って――――えっ!?陽紀君どうしたのそんなに苦しい顔して!?今日のカレー当たっちゃった!?」

「――――カ……カレーというより……若葉に当たった………」

「ほぇ、私?」


 助かった……ありがとう咲良さん……。

 しかし当の若葉は気づいていないようだ。咲良さんも頭を抱えながらキッチンへ戻っていってしまう。


「それより若葉、東京のお土産について少し教えてくれないか? なんか種類多いし高いしでわけわかんなくて」


 気を取り直して話題はお土産に。

 明日遊ぶのはいいがお土産も大事だ。母さんや雪はまぁ適当でかまわないけど麻由加さんにはね、いいの渡したいものね。


「お土産? 全然いいよ!差し入れで美味しいの貰ったこともあるからそういうのとか……ママも詳しいかも!ママ~!片付け終わったらちょっと来て~!!」


 そりゃあ助かるよ。

 特殊な世界で働いていたら差し入れとかお土産とか知識も豊富だろうと思ったが案の定だったか。

 

 その後若葉が持ってきたタブレットをみんなで見ながらお土産の選定を三人で行う。

 それはとある家族の団らんと言ってもいい、和やかな空気での出来事だった。



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



「――――さて、夜も更けて参りましたが陽紀君、今日寝てもらう部屋について少しいいですか?」

「えっ? あ、はい」


 お土産討論会も終わり夜も遅くなってきた頃。

 明らかにランクの違うジャグジー付きの風呂から戻ってきた俺に掛けられたのは咲良さんの声だった。


 隣には先にお風呂上がりのアイスを堪能している若葉が美味しそうな顔を浮かべている。

 いいよね冬のアイスって。こたつに入りながらだと最高だけどこの家こたつなさそうだ。

 本来なら風呂上がりということで若葉にドキドキするものだが慣れてきた。家で寝食をともにしてきた成果かもしれない。


 しかし、言われてみれば寝る部屋について聞いてなかったな。

 今夜父親が居ないっていうからその部屋借りるのかな?それともこれだけ広い部屋だ。客間の2つ3つあってもおかしくないだろう。


「詳しい場所は後で若葉に案内させますが、今夜は2階にある若葉の部屋で2人一緒に寝てください」

「はい。わかりまし――――ちょっと待ってください」


 アイスへの羨ましさから思わず流しそうになったがすんでのところで止めてみせる。

 咲良さんはなんだって?若葉の部屋?それも2人一緒に?


「なんでしょう?」

「若葉の……部屋?」

「はい」

「2人一緒にって、咲良さんと?」

「なぜ私が娘の部屋で寝るのですか。若葉とです」


 あぁ、なるほどね………って、それはいかんでしょ!!

 流石にウチでも俺と若葉は部屋別だよ!?それなのに咲良さんがそんな事言っちゃっていいの!?


「他の……他の部屋はなかったんですか?こんなに広いのに……」

「確かに客間も父の書斎等もございますが、残念ながら今夜のみ修理中でお貸しすることが出来ないのです」


 部屋の修理中ってなに!?工事なの!?

 しかし咲良さんの口調は至って真面目。これはそれ以外に選択肢は無いやつだ。


「……ちなみに、咲良さんはいいんですか? その……俺と若葉が2人というのは……」

「今だって一緒に暮らしているのでしょう? 今更じゃないですか?」


 たしかにそうだけど!でも同じ部屋で寝るかどうかはだいぶ大きいよ!?


 しかしここで俺はようやく思い出す。

 そうだった。咲良さんは若葉を俺ごと東京に引っ張ろうとしている人だった。

 今日は若葉が側にいる関係で切り出す事ができないが、彼女が俺の家に居候させる計画を立てた発案者でもあった。

 信頼してくれているのは嬉しいけど……もっと警戒もして!!


「嫌なの……?陽紀君……?」

「グッ…………」


 ここで若葉からの泣きそうな声が聞こえてきて俺は怯んでしまう。

 子犬がクゥン……と言いそうなほどのつぶらな瞳。そしてこれまで押せ押せだった彼女の控えめな様子に俺はまんまとやられて諦めの息を吐く。


「…………若葉が変なことしないと誓えるなら」

「!! うん!絶対しないよっ!大丈夫!!」


 そこは絶対のライン。

 きっと咲良さん的には最初俺を泊まるよう誘ったときから狙っていたのだろう。それにまんまと引っかかってしまったのだ。

 しかし最悪は……最悪は回避させてもらう!!




「そこで陽紀君じゃなく若葉が変なことする前提なのが、らしいですね」


 はしゃぐ若葉に嘆息する咲良さん。

 俺はその声を聞こえないふりして寝る準備を開始するのであった。

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