113.眼の前で消えていくもの


「灯火ちゃんのお父さんが………」

「事故で…………?」


 思わず復唱してしまった俺たちの脳はフリーズしてしまっていた。

 それは突然告げられた驚きの答え。ほぼ初対面の俺に加え、長年一緒に居たであろう若葉も驚いていることからそれは彼女でさえ知らない事実だった。


「そう、事故。年間3~4000人もの人が亡くなる交通事故。珍しいことではあるけれど、いつ誰の身に降り掛かってもおかしくない日常の非日常だよ」

「でも、そんなの私には一言も…………」

「言わなかっただろうね。なんてったって私が社長権限で止めてたから」


 そう言って社長さんは笑ってみせるも俺たちは乗ることもできず次第に乾いた笑いに変わっていく。

 仕切り直すようにもう一度コーヒーを啜った彼女はスマホからひとつの写真を見せてくる。


 金髪の大人の女性に同じ髪色の女の子と、黒髪の男性。

 幼い女の子は今と比べて面影があるかどうかは微妙だが、少なくとも先程俺とのツーショット画像と瓜二つの女の子だった。

 つまりこの子は古鷹さん。そして両脇の大人の2人が彼女の……


「少し話は変わるけど、キミは"後追い"って言葉を知ってるかな?」

「お、俺ですか? いえ……追いかけっことかそういうのじゃないんですよね?」


 見せていたスマホを引っ込めて突然俺へと向けられた問いかけに、なんとか思いつく答えを並べたものの彼女は首を横に振る。

 突然話題を切り替えたと思えば何を。


「……聞いたことがあります。昔大物ミュージシャンが亡くなられた際、後を追って自殺者が急増したんですよね?」

「お、若葉ちゃん8割正解」


 もう一つ心当たりのあったらしい若葉の答えはほぼほぼ正解のものだった。

 8割というと、のこり2割は?


「本当の意味は自殺じゃないって程度だけどね。とある鳥の話なんだけど、ツガイの片方が亡くなった後はもう片方の鳥もしばらくすると亡くなってしまうのが今回の意味かな」

「というと、もしかして灯火ちゃんのご両親は…………」


 突然話題が変わった後追いの意味。それだけを聞いたら俺でもその紐づけは容易だった。

 ツガイの片方が亡くなればもう片方も。今それを出すということは古鷹さんのご両親は………


「待った。灯火ちゃんのお母さんは今も生きてて元気だよ」

「なんだ、良かった………」

「でも、当時はそうもいかなくてね……。憔悴しきっててご飯も食べなくなって、いつ倒れてもおかしくないくらい切迫した状況だったんだ」

「そんな………」


 一度は安堵しかけた若葉だったが、すぐさま畳み掛けられる当時の状況を聞き彼女の表情に影が落ちる。


「だから、いつ何があってもいいように誰かが見ておく必要があったんだ。それで灯火ちゃんはグループを抜けることになったわけ」

「で、でもっ!だったらなんで言わなかったんですか!? 知ってたら私、お手伝いでも何でもしましたのに!!」


 突然声を荒らげる若葉に社長さんはそれではダメだと首を振る。

 それだけはダメなんだと繰り返しながら。


「そんなの簡単だよ。『アイドルのテッペンを目指す若葉さんが知ったら気にしちゃう。自分の道を諦めてでも私に歩幅を合わせようとする。だから言わないでほしい』って詰められたからね。だから若葉ちゃんには『ついていけない』って言ったんじゃないかな」


 ついていけない。

 "若葉のストイックさにゲンナリして自分には無理だ"と言うものではなく、"事情により追いつけなくなったから先に行ってくれ"というものだったのか。

 それは受け取り手には雲泥の差となる印象の違い。きっと若葉はこれまで前者としての意味で受け取っていたのだろう。しかし今回また違った解釈が生まれて戸惑っている。


「そんなわけで灯火ちゃんには一旦の休養を取らせたんだ。あの子もそう望んでたしね」

「でも、灯火ちゃん自身は平気だったんですか?お父さんがなくなった上にお母さんまでそんな状態になって……」


 若葉が問いかけるのは至極当然のこと。

 事情はわかった。家が大変だったというのも。しかし当の本人の心情は殆ど語られなかった。

 それを心配して若葉が口を出すが、社長さんは笑って首を横に振る。


「私も何度も聞いたけど、周りのサポートに必死でショックなんてどこかに行っちゃったんだって。それに最近言ってたよ。『私にはファンもいるしゲームで出会った大切な仲間だっている。だから私はひとりじゃない、幸せ者だ』って」

「「……………」」


 ゲームの大切な仲間。

 それはきっと俺たちのことだろう。

 そこまで大切に思ってくれていたとは。そして彼女の心の強さにただただ脱帽する。


「……なら、なんで今戻ってきたんですか?」


 静寂が部屋を包む中、若葉はもう一つの疑問を口にした。

 なぜ今になってアイドルを再開したのか。その理由を。


「それを私から言うのは簡単だけれど、せっかくなのだから本人から直接聞けばいいよ。 理由はあの子も話し辛いだろうから変わったけど、戻った理由は明るいお話だからね」

「…………」


 全てが終わった後の慰めにも似た言葉。

 それを耳にした若葉も幾分か浮かぶ表情に安堵が生まれた。

 同じくそれを見た社長もフッと微笑んでゆっくり立ち上がる。


「それじゃあ私からの話はここまで。仕事も残ってるし、ここらでお暇するね。後はごゆっくり……」

「あ、あのっ!!」


 そう言って彼女は空になったカップを手に部屋を出ていきそうになったところを、俺は声を上げて引き止めてしまった。

 さっきまでずっと蚊帳の外だった俺。しかしこれだけは聞いておかないとと思い、思わず引き止める。

 彼女はちょうど扉を開ける直前で立ち止まり、「なんだい?」と笑顔で振り返った。


「……今回のこと……俺が聞いても良かったのでしょうか?」

「うん、もちろん。キミはあの子が好いている子なんだろう?だったら大丈夫だ。 ……まさか若葉ちゃんと二股だとは思いもよらなかったけど」

「いえっ!あの、俺は二股なんてする気は……!!」

「いいねぇ青春だ。 そのルートは一歩間違えると血みどろの道だから気をつけて進むんだよ~!」


 まさか彼女にさえ二股などと言われるとは思いもよらず。

 俺の否定を聞いているのか聞いていないのかわからぬまま部屋を出ていってしまった。


 取り残されるのは俺と若葉。椅子に座り直して隣を見れば彼女は顔を伏せてしまっていた。

 何を思っているのかわからない。もしかしたら泣いているのかもしれない。そう思ってそっとしておくことを決め、俺は取り残されたコーヒーを手にする。


「っ……!」

「うおっ!?」


 しかし取ったカップは口元に持っていくことなく俺の目線の高さで斯く静止してしまった。


 原因は突然の衝撃。

 身体も大きく揺れて危うく黒くて洗濯しても取れにくい液体が色々なところにぶちまけられそうになる直前。

 下を見ればいつの間にやら席を立っていた若葉が再び俺の腹へと突撃していることに気がついた。。


 それはもしかすると悲しみか。

 ようやく揺れの収まったカップを退避させると俺は小言も言うことなく胸の内の若葉をそっと受け入れる。


「若葉……」

「…………いかない」

「えっ?」

「納得いかないっ!確かに私はあの時余裕が無かったけど事情も話さず抜けちゃうなんてっ! 納得いかないよ!ねぇ陽紀君!?」

「お、おぉ……」


 ――――しかし、顔を埋めていた彼女がガバッとこちらを見るとその瞳には炎が宿っていた。

 言葉の通り納得いかないという顔。思わず俺も頷いてみると彼女は器用にその場から一回転して俺から背を向けるよう、膝に乗って背中を預けてくる。


「帰ってきたら文句言ってあげるんだから!アスルはそんな精神柔らかタンクじゃないって! ねぇセリア!」

「そうだな……でもその前に、膝から降りてくれないか……?」

「やーだっ! さっきお婿さんって認めてくれなかったしここまでイチャラブだってことファルケに見せつけてやるんだから!!」


 ちょっ……!それって古鷹さんが戻ってくる2時間もこの状態ってこと!?

 俺がどうすることもできずジッとしている間にも彼女はコーヒーに砂糖ドバドバ入れてお菓子の袋をドンドン空けていく。


 あの……俺のお菓子は……?このまま彼女の感触を味わったまま耐えろと?


 結局俺の願いが聞き入れられたのは退避させたコーヒーを取ってもらうだけ。

 それ以外は膝に乗る若葉に甘えに甘えられてファルケを待つのであった。

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