110.記憶の海
私達が出会ったのは今から10年くらい前。
幼稚園年中さんの時に私が引っ越してきたの。
それはたしか夏が終わるくらいの時期…………ちょうど今の季節かもうちょっと前くらいだったかな。
人生で初めての転園。もしかしたら受け入れてもらえるかなって不安だったけど、同じ組だった陽紀さんが積極的に受け入れてくれたんだ。
当時から陽紀さんは今と全く見た目は変わらなくってね。10年経った今でも写真を見てすぐに気づいたよ。
それで、私のこの髪の色は生まれつきでね、転園する前のところではあんまり馴染めなかったんだ。
でも陽紀さんはそんな事気にせず一緒に遊んでくれたの。
私たちは園でいつも遊んで仲が良かったんだけど、そんな楽しい時間もあんまり長く続かなかったんだ。
遊んだ期間は大体……3ヶ月くらいだったと思う。
突然、冬になってクリスマスを迎えて、年が明けたらまた引っ越しをするって言われたの。
私のお父さんは転勤族っていうので長ければ数年、短ければ3ヶ月で引っ越しをするお仕事をしていてね。私のこの園での日々はそんな短い期間で終わっちゃうのを知って、どうにか陽紀さんに楽しかった日のことを覚えておいて貰いたいって、私のことを忘れないで欲しいって思ったの。
だから…………結婚。
お父さんから引越しのことは強く口止めされてた私はせめて陽紀さんの心に残るよう好きな気持ちを伝えたかったんだ。
それが付き合うを飛ばして結婚に繋がったのは幼稚園児ながらの幼い思考だったからだと思う。
今でも鮮明に覚えてる。
大きくなったら結婚するって言って、先生にも証人になってもらって………。
その思いに変化はないよっ!今も陽紀さんのことが好きだしそれに―――――。
とっ、とにかく!
陽紀さんは忘れてるかもしれないけど私とは幼稚園の時に会っているのっ!
それから私は気づいてもらえるよう自分磨きもしてアイドルにもなって……。一旦は抜けちゃったけど今も頑張って気づいて振り向いてもらえるよう頑張ってるの!
◇◇◇◇◇
「そんな……俺とファルケが幼稚園で………」
コーヒーから立っていた湯気が徐々に力を無くしていった頃。俺は目線を落として小さくつぶやいた。
頭の中で反芻するのは先程目の前のファルケ……いや、古鷹 灯火の語った話。
それによると俺と彼女はとっくの昔に……幼稚園時代に出会っているということだった。
しかも結婚の約束まで込みということ。
けれど俺は必死に古い記憶を漁って見るけれどそのような記憶は出て来ない。
昔も昔、大昔だ。その上3ヶ月という短い期間だから仕方ないと言い訳したいが、それでも俺には不義理にさえ思え必死に記憶の海を潜っていく。
「……これはその時の写真。どうかな?何か思い出せる?」
そう言ってスマホを見せたのは、俺と彼女の幼い頃らしき写真だった。
現像した写真を直撮りしたのか画質が悪いが男の子の方は今と全く変わらない俺。そして女の子の方は金髪……確かに言われてみれば彼女の面影もあるような気もしないでもない。
しかしこんな写真が出たとなれば間違いなく俺は彼女と出会っているということだろう。……記憶は掘り起こせないが。
「……ごめん。思い出せそうもない」
「そっか……。いいのいいの。もう随分昔の話だしそうかもなって思っていたから。昔のことを覚えてなくても今こうして再会できただけで私はすっごく嬉しいんだし」
「…………」
困ったように笑う彼女だったが、その口調はたしかに嬉しそうだった。
記憶にはないが写真という記録にはある。そしてなにより彼女の熱弁と喜びがその言葉を真実だと訴えていた。
しかしここで1つ疑問が浮かぶ。
なぜ彼女は『ファルケ』として『セリア』の俺を呼んだにもかかわらず俺を陽紀だと認識したのだろうか。
街中で見て一目で気づいた?確かに考えられなくもないがそれはまた違うような予感もしていた。
「じゃあ……えっと、もう一個質問していい?」
「あ、うん。何でも聞いて! 突然こんなところに連れ込まれて変なこと聞かされて混乱してるだろうから」
「ありがと。 じゃあ俺のこと、セリア=陽紀だってしってたんだよな?」
「うん。ちょっと前にだけど」
「そっか……」
ちょっと、とはどのくらいだろう。
人によっては年単位でちょっとと呼ぶから判断がし辛い。
ファルケは俺が直接声を掛けた、アフリマン攻略前から知っていたフレンドだ。
ストーリー攻略途中にダンジョンで一緒になって、少し会話が盛り上がったからフレンド登録してそれきりの関係だった。
しかしいざアフリマンのメンバーを探すとなった時、ちょうどファルケも高難易度に挑戦していたから思い切って声をかけたのが始まりだ。
つまり出会いは全くの偶然。もしかしてダンジョンの時点で気づいて近づいてきたのか……?
「あ、ちょっとといっても先週くらいの話だよ!」
「先週……?そうなのか?」
「うん。その……足立 咲良さんって、知ってるよね?」
「!! …………あぁ」
いつから知っていたのか若干疑心暗鬼になりかけたものの、すぐさま補足の言葉が来てホッとする。
しかし、同時に投げかけられた問いには思わず背筋がピンと伸びるほどの緊張が走った。
咲良さん。若葉の母親。
確かにあの人は知っている。女優としても、母としても。
「その咲良さんがここの社長に会いに来た先週、とある書類を見ちゃったんだ」
「書類……?どんな……?」
「うん。陽紀さんの顔写真と、備考欄に書かれてた所属サーバー。それと『セリア』って名前がかかれてた紙を」
顔写真とサーバーと名前。それはもう俺のすべてと言って間違いないものだった。
「もしかしてそれで……?」
「幼稚園の頃とあまり変わってなかったから陽紀さんだってすぐ気づいたよ。……それと今までずっと一緒にゲームで遊んできたってことも」
「……そう、だな」
俺たちの遊ぶゲームは同一サーバーでの名前被りは禁止されているものだ。
つまり所属サーバーとキャラ名。それだけで俺のキャラは特定できる。
十中八九若葉からのルートだろうが、咲良さんはそのルートでゲームの俺を知ったのだろう。
そして更に、偶然見てしまった彼女までも知ってしまったと。
こんな偶然ある?と言いたいところだが、実際に起こってしまったのだから仕方ない。
東京まで呼び出した理由も、昔出会った俺だからということも多分に含まれているだろう。
「ビックリしたよ。咲良さんがセリアの……陽紀くんの書類を持ってて。どうしてかは聞けず終いだったなぁ」
「そ、そっか……咲良、さんはよく来るのか?」
「たまにね。あの人の子供もここにいるから」
「なるほどね……アハハ……」
思い出すようにコーヒーを啜る彼女を見て俺は苦笑いでなんとかいなす。
どうやら情報はそこ止まりで若葉までは及んでいないようだ。これは真実を言うべきかどうか…………。
「なぁ。その……その書類のことなんだけど、もしかしたら多分持ってた理由っていうのが――――」
「たっだいま~!! ……ってあらぁ、灯火ちゃんだけかと思ってたらお客さん?」
「――――!!!」
下手に隠して自体をややこしくするよりか、正直に言ったほうが後々マシな未来が訪れるだろう。
そう考え意を決して若葉のことを告げようとすると、突然背後の扉が開いてそんな軽い言葉が聞こえてきた。
思わず言葉を中断して振り返るとスーツ姿の大人の女性が楽しげにこちらの部屋を覗き込んでいる。
「……社長。今日は土曜日でお休みのはずじゃ?」
「いやぁ、それがねぇ。社長ってのは案外面倒なもので土曜も何かと忙しいんだよ。……ま、私のことはいいさ。それで、そこの男の子はどうしたの?なぁんか見覚えが有るような無いような気がするんだけど」
「俺は…………」
この人が社長……。
若葉が度々会話に出して今日も耳にした人物。
一言で言えばできる大人の女性という感じだ。30……いや20代か?年齢こそわからないが姿勢も整っている、見るからにできそうな人。
そんな社長が俺へと視線を向けたところで自己紹介をしようと腰を浮かせた瞬間、何か社長の背後に影が揺らめいたような気がした。
「もぅ~!社長~ってば先々行ってばかりなんですからぁ!あそこまでしつこく追いかけて来たんですから、ちょっとくらい待ってくれたって――――」
「あっ………………」
「―――えっ?あっ…………」
それは、起こることなど到底予想できなかった再会だった。
追いかけるように遅れて入ってきたのは、朝家で顔を合わせた時に今日は家でゆっくりすると言っていた人物。
ここから新幹線で何時間も揺られなければ来ることも出来ない場所に、何故か姿を現したここに居るはずもない人物。
彼女こそ、水瀬 若葉。今日家にいるはずの彼女が何故かこの場に、ロワゾブルーの事務所に顔を出しているのであった――――。
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