109.おおきくなったら
「………どうぞ」
「あ、ありがとう」
路地裏での出来事から十数分。俺は先程と打って変わって豪華な椅子にゆったり座りながら少女の出してくれたコーヒーに手を付けていた。
路地裏での抱きつきからほんの少し未来。
素顔をさらした彼女が取った行動は再びの拉致であった。
いや、流石に拉致と表現するのは適切でないか。とにかく、あの後すぐ再び俺の腕を取った彼女が取った行動はすぐ近くのビルへ裏口から入ることだった。
全く知らない土地の全く知らない建物。無機質の人のいないオフィスを裏口から入りながら俺たちはエレベーターに乗り、気づいた時には謎の事務所の前までたどり着いていた。
名前も知らない謎の事務所……まさかヤの付く裏の世界に踏み込んだんじゃないかとビクビクしながら足を踏み入れ、引っ張られるまま奥にあるパーティションで区切られた応接室らしいお高い椅子と机が置いてある部屋に通されてしまった。
そうして今は二人きりの事務所の中、彼女の淹れてくれたコーヒーを手にしなんとか落ち着こうと漂う香りに意識を傾ける。
ブラックらしい色味と香り。そして軽く口を付けると口いっぱいに苦味が……苦味が……あれ、なんだか随分と薄いなこれ。チラッと見た感じ豆から淹れてたし慣れてないのだろうか。
「美味しい?」
「あ、あぁ。美味しいよ」
あちらはカフェラテのようでコーヒーに沢山入れたミルクを片手に問いかけながら向かいに座る。
流石に淹れてくれた手前薄いなどとは言えるはずもなく、社交辞令をもって答えると彼女の表情にほんのり赤みが見られた。
「よかった。コーヒー、豆から淹れたの初めてだから自信なくって」
「そ、そうなんだ……」
「うん……。あ、そういえばお菓子忘れてたね。待ってて。すぐ持ってくるから」
そう言って彼女は思い出したように席を立ち、俺の背後にある扉から部屋を出ていってしまう。
やはりコーヒー淹れ初めてだったか。初心者にありがちなミスなんだよね。
……って、そうじゃない!なんで俺はここに通されてるんだ!?
俺の好みを網羅しているかのようなブラックコーヒーの提供に思わず霧散仕掛けてしまったが、慌ててもう一度現状を把握するのに頭を動かす。
ここは……どこかしらの事務所だ。
いや、入り口過ぎて直ぐの掲示スペースやこの部屋に飾られているのを見てそれについてはほぼほぼ答えは得ている。
掲示スペースには見覚えのあるアイドルのポスターがあり、この部屋の隅には雪が持っているディスク映像でよく見たフリフリ衣装が飾られていた。
見覚えのある衣装とポスター、その事務所を我が物のように使うあの人物……そう、ここはきっと"ロワゾブルー"が所属する事務所なのだろう。
名前を知らないのは単に俺の知識不足に他ならない。
そして振り返ればデスクを漁っている少女が一人目に入る。
彼女は古鷹 灯火。現ロワゾブルーたった一人のメンバーであり、休止したアイドル若葉の元同僚。
日本人離れした金髪と琥珀のような瞳を持ち、小柄な体型と不釣り合いに大きい一部分を持つ女の子。
そして俺を拉致した実行犯でもある。
一説によると彼女がファルケらしいのだが、果たしてそれは本当だろうか……。
「おまたせ。 ごめんね、お茶請けこんなものしか見つからなくって」
「ううん、全然いいけど……少し話、いいか?」
「うん。セリアも色々聞きたいことあるだろうし」
そう言ってお菓子を中央に置いた彼女は俺の向かいに再び腰を下ろす。
金の髪に琥珀の瞳……間違いない。彼女は古鷹 灯火だ。雪の影響でたまに見る程度だったが、若葉がウチに来たことで嫌でも気にするようになったメンバーの一人だ。
そんな彼女が今目の前にいる。驚きこそすれパニックになることはないものの、一度咳払いをして問いかける。
「キミは本当にファルケ、なんだよな?」
「うん。……と言っても証明できるものはこれくらいしか無いけど………あ、1から16の間で好きな数字言って?」
「?」
数字?なんで突然……。まぁ全然いいんだが。
「じゃあ、13で」
「13は……確かマーカーの付いた人が自分中心範囲攻撃を指定場所に捨てるギミックかな。前にセツナが14と間違えて事故したことあったよね」
「!! それは………!」
向けられる画面とともに放たれた言葉に、俺は目が覚めたように見開いて彼女を見た。
スマホに映し出されているものはアフリマン討伐後の記念写真。そして13の数字の後に告げられたのは、アフリマン戦で俺たちを散々苦しめたギミック"16の厄災"の一部分であった。
「ということはやっぱり、キミがファルケ……」
「うん。これで信じてもらえた、かな?」
苦笑しながら頷く彼女に俺はゆっくり頷く。
ある程度有名なゲームとはいえ、そこ登場する最難関ボスのギミックなんて普通の人は覚えてなんかいやしない。しかし実際にやった者にとっては何十何百と繰り返すせいで染み付いてしまうのだ。
そしてなお、セツナが事故ったというエピソードを交えて話せるのは、俺が知る限り3人しか居ない。その2人は特定した。となると残る一人、彼女はファルケその人だという証明となりうるものだった。
つまり………彼女がファルケだということは…………
「…………ハァ」
「えっ!?なんでそこでため息つくの!? 普通驚いたりしたりするものなんじゃないの!?」
思わず出てしまったため息に驚く彼女を見て、俺はもう一度息を吐く。
いやだって、俺はずっと男だと思ってたんだよ?全員男キャラで蓋を開けてみれば男女比のおかしいリアル。だからこそ、最後の良心(?)であるファルケは男だと信じていた……!
なのにリンネルさん含めて全員女性!?しかも2人はアイドルってどうなってるのさこのチーム!?
「ごめんごめん。ちょっとここしばらく驚くことが多すぎて脳が麻痺しててさ」
「むぅ……なんだか釈然としないけど……。でも、会いたかったよ。セリア」
「ファルケ…………」
ここまで証拠が出揃ってしまえば彼女がファルケだと信じるほかあるまい。
柔和な笑みを向ける彼女。しかし俺の脳内にはまだ何か引っかかっている物があった。
その綺麗な髪の色、そして瞳……何か記憶の奥底にあったものをすっかり忘れてしまっているような――――
「―――熱っ!!」
「セリア!?」
どうやらしばらく彼女を見つめている間にボーっと意識を飛ばしてしまっていたようだ。
気づけば手にしていたコーヒーはいつの間にか傾いていて、知らず知らずのうちにしきい値を越えた液体は重力に従うようにカップから零れ出てしまう。
溢れてしまったのはごくごく一部だが、それは見事俺の親指に当たってしまい、不意打ちを喰らった俺は思わず声を上げてしまう。
「大丈夫!?火傷してない!?」
「うん。大丈夫。ちょっと親指にかかっただけ。大したことないよ」
大げさとはまさにこのことか。驚きのあまり声を上げてしまったはいいが親指は大した赤みもない。舐めてほっとけば治るだろう。
そう言って手を振りながらアピールしていると駆け寄ってきたファルケはジッと俺の顔を見つめてくる。
「ホント?」
「ほんとだよ。ほら、赤くもなってないでしょ?」
「…………」
そう言って患部を見せるがそちらには目を向けず、ジッと心配そうに俺の顔を見つめてくる。
……そんな顔をジッと見てなんだろう。さすがの俺も恥ずかしくなってくるぞ。
しかし何故だが目を離すこともできない。
見せつけている笑みもだんだん頬が引きつってきて崩れそうになっていると、ふと顔を伏せた彼女は何を思ったのかそのまま俺の身体へと手を回し抱きついてきた。
「!?!? ファ……ファルケ!?」
「…………」
心配してくれた彼女の突拍子もない行動。
路地裏での件に加えてこれで二度目の抱きつきだった。
意図も真意もわからずどうすればいいか全くわからないその行動。俺ももちろん抱きしめ返すわけにもいかず、だからといって心配して駆けつけてくれた仲間を引き剥がすという無碍なことも出来ない。
そんな事案待ったなしのこの状況に手を上げながら途方に暮れていると、スッと離れた彼女はボーっとした顔でもう一度俺を見て、しかしすぐさま驚いたように目を丸くして飛び退いてしまう。
「……!! ご、ごめんね!突然抱きついちゃったりして……!」
「い、いや……」
驚きはしたけど謝られることではない。
むしろ俺としても、暖かくて柔らか…………なんでもない。
「……指、大丈夫? 氷持ってこようか?」
「そんな大事じゃないから大丈夫だよ。むしろビックリさせてごめん」
「そっか……」
飛び退いた彼女はそのままもと居た向かいの席に戻っていき、一瞬腰を浮かしかけたもののすぐに俺が制して再び腰を下ろす。
静寂。人が多くいるはずの事務所に2人しかいない。
そしてお互いに黙ってしまい気まずい空気が間に流れる。
「………なぁ、なんでその……突然抱きついてきたんだ?」
しかしそんな気まずい中俺は容赦なく口を開いた。
下手に黙って問題をややこしくするならばさっさと聞いてクリアにしたほうがいい。それは以前リンネルさんの正体の件で学んだことだ。
まさかまっすぐ聞かれると思わなかったのか目を見開いて驚く彼女だだったが、すぐ顔を伏せてチラリとこちらを見る。
「もしかして……覚えてないの?」
「覚えてないって、何が?」
「……私達が、今日初めて会ったわけじゃないってこと」
「………?」
俺たちが……初めてじゃない?
つまり以前会ったことがあると?
記憶はない。若葉が来る以前、俺がロワゾブルーと接点を持つとするならば雪を通じてしかありえない。
しかしそれは断じて無いと明言できる。会ったとするなら雪が阿鼻叫喚で1ヶ月はうるさくなるのが確定だから。
そうでないとするなら……一体どこで?
「覚えて、ないんだね」
「……ごめん」
「ううん!いいの! もしかしたらそうだろうなって思ってたから!!」
残念そうな顔をする彼女に謝罪の言葉を告げると慌てたように励ましてくれる。
しかしいつ会ったのだ?若葉以外にアイドルと面識なんて無いはずなのに。
しかし彼女は頬を赤らめながら容赦なく告げる。当時の出来事を。
俺が忘れていた、過去の約束を。
「その……ね。私達……約束してたの。大きくなったら結婚するていう……大切な約束を」
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