108.4人目


「ちょっと……!どこまでいくの……!?」

「…………」


 手を引っ張られて駆ける最中、その人物はひたすら無言を貫いた。

 人混みを抜けビルとビルの間を一本小道へ。1つ道を逸れれば道歩く人というものはグンと数少なくなり、ほんの数人程度になる。

 そしてもう一本奥深くに行けば数少ない人々の姿が一切無くなって俺と眼の前の人物の二人きりとなる。

 車どころか自転車すらも通れないであろう小さな小道。ビルとビルの間にある、二人通るのが精一杯ほどの薄暗い道でその足はようやく止まってくれた。


「もしかしてファルケ……か?」

「…………」


 立ち止まったまま背を向ける姿に声をかけるも返事が返ってくることはない。

 今日。そしてこの場所。時間が早すぎるという点だけは不思議だが、ここまで材料が揃うとなるとそれ以外に考えられる人などいない。

 記憶の限りではあるが東京には見知った親戚もいないし友人もいない。

 仮に超大穴を述べるとするならば若葉関連。正確には咲良さんの遣いとかその辺りだろうか。さすがにそれは無いと思うが。


 背丈に子供……だよな?

 背を向けた姿をよくよく観察するもそれくらいしかわからない。

 やはりこうしてじっくり見てみても若葉・雪より背は僅かに低い。年下だと思う。


「芦刈……陽紀。だよね?」

「っ……!? なんでその名前を……」


 だてにここしばらく振り回……ゴホン。色々なハプニングを経験してきてはいない。

 けれどようやく落ち着きを取り戻してきたところで投げかけられたのは思いもよらぬ問いかけだった。


 小さくて自信はないが女の声……いや、まさか……もしかすると声変わり前の男の子かもしれない。

 しかしその声で発せられたのはその名は間違いなく俺の名前だった。


 何故この子が俺の名前を……少なくともファルケに俺の名前を告げたことはない。

 ここでセリアと呼ばれるのならまだわかる。しかし名前呼びに動揺した俺はいつでも逃げられるように掴まれた腕を振り払え――――られない!?


 力を強く引っ張っても掴まれた腕は離れることなく今もしかとガッチリ握られていた。

 確かに俺は筋力がない。体力・筋力ともに学年ワースト記録を争うレベルと言われても仕方がない。けれどこれくらいの子にまで負けるというのか……!?


「なんで……!?どうして……!?

「安心して、セリア。わたっ……俺。ファルケだから」

「……ファルケ?」


 自分の筋力の無さに軽く絶望していると、ようやく振り返った人物はその言葉で自身を証明してみせた。

 真っ黒なコートに黒い服。その顔はフードに隠されていて把握できないが、俺のキャラ名を呼んでみせたことでようやく心に安堵が生まれて逃げようと引っ張る引力を元に戻す。


 何事かと思ったがやはりファルケか。

 本名を呼ばれたのには心底驚いたけど、きっと前アスル相手にバカやったみたいにおぼえていないところで口を滑らせたかもしれないな。

 それにしてもファルケがこんな子供だったとは。俺のやっているゲームはレーティング15だが禁止されているわけではない。

 でもアフリマンを倒した時とかは午前2時までやらせたのは不味かったかも。大丈夫だっただろうか。


 振り返ると同時に俺との距離を詰めるファルケ。

 その近さとフードのせいで、向き合っているにも関わらず顔を伺い知ることは出来なかった。

 少し後ろに下がってしゃがめば解決できるのだが、流石に初対面で後ずさるというのはショックを受けさせてしまうだろう。


 そう考えている間にも徐々に詰めてくる俺との距離。

 年上としてのプライドも相まって身動きすることが出来ずにいると、ついにはピタリと肩に手を触れてきた。


「……本物?」

「そりゃあ、うん、今日呼んだファルケで間違いないのなら、一緒にアフリマン倒したセリアだ」

「そうじゃなくって……本当に芦刈陽紀……さん?」

「……まぁな」


 たかが名前の違いだが、どちらも俺で間違いはない。

 なのでどっちで呼ばれても何ら問題ないのだが、触れられた手が艶めく動いてむず痒いことこの上ない。

 肩から腕。腕から手。手から指へと小さな手が伝っていく。最後にはそのうちの1つ、小指を自らの指先全てで味わうかのように触り始めた。


「あ、あの…………?」

「っ……!会いたかった……!!」

「―――――!?!?」


 一体突然触り始めてどうしたのだろう。

 不可思議な感じを纏うファルケに苦笑いをしながら問いかけると、その頭は突然揺れ動き、俺へと倒れ込んできた。


 今まである程度の距離を保っていたがここに来ていきなりの倒れ込み。いや、背中に腕を回されていることから抱きつきといったほうが正しいのかもしれない。

 突然のことに息を呑んだ俺は、半ば混乱しながらもその身体を受け止めることしか出来なかった。


 肩を持ってもすぐわかるほどの小さな身体。

 けれど背中に手を回して、その身体全体で密着するほどとなった為に味わうこととなった感覚は、俺の考えているものとは全く違うものとなっていた。

 俺の腹部に触れるのは抱きつく圧力によって形が変わるほどの柔らかな感触。

 それは男は持ちえぬ、女性しか有していないものの感触であった。

 最近若葉が抱きついて来るようになったが故にわかる、その大きさ。明らかに若葉より大きいと確信できるそれは、年齢はもとより声変わり前の男性という僅かな希望をさえ一瞬で捨て去るものであった。


「ファルケ……? キミは……一体……」

「私、は…………」


 まさかこんな形で知ることとなったファルケ女性という真実。

 しかし何故突然抱きついてきたのだろうか。俺が恐る恐るその正体について尋ねるも、彼女は最初の言葉だけを言って押し黙ってしまう。


 抱きついていた腕を離し、頭を預けるように下を向いて黙っていた彼女だったが、ようやく姿を現す気になったのか深くかぶったフードに手をかける。

 黒ずくめで表情どころか顔すら分からなかった彼女がどんな人物か目に収めようとその姿を見守っていると、パサッと落として空の下に顕になったその姿に俺は目を見開く。


「えっ……!? そんな……まさか……ファルケ、キミは……」

「………………」


 ようやくみせた彼女の表情は、頬を赤く染め、恥ずかしがっているように目を俺と合わせないようにしている小さな女の子だった。

 しかし、意を決したように突然眉を吊り上げ赤い顔ながらこちらを見上げてくる。


 俺は彼女を知っている。

 詳しい、というレベルではないが身内の影響で俺も知ることとなり、なんだかんだ現状について心の片隅で憂慮している女の子。


 その人物は、輝くような金髪だった。

 軽くウェーブがかかった腰まで届く金髪と両側の生え下がりを三つ編みにした人物。

 見上げる瞳は琥珀のようで、明らかに日本人離れしているといわれる彼女。

 控えめながら、ほんの少し口角を上げて頑張って笑顔を見せようという姿は庇護欲さえ感じさせる儚げな女の子。


 彼女こそ、つい最近休止した水瀬 若葉に代わるように復帰した"ロワゾブルー"の二人目。古鷹ふるたか 灯火とうかその人であった。

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