104.未来予想


 しし座流星群が空を飛び交う11月のとある日。

 暗い夜道を彼は一人、背を向けて歩いて行きました。

 朝の装いのまま、冬も本格化してくるこの夜だと少し肌寒そうな格好で。


 ふと髪を引かれる思いでこちらを振り返ってくれることを期待していましたが、そんな思いとは裏腹に彼はまっすぐ駅に向かって歩いていきます。

 だんだん遠くなっていく背中。街灯に照らされた姿がだんだんと小さくなり、ついに暗闇に飲まれて消えてしまったところで私の足はおぼつかなくなり近くの壁へ手をついてしまいました。


「今日は……頑張りすぎました…………」


 それは緊張の糸が切れたことによる体力の限界。

 肩を上下させながら冷たい空気をこの身いっぱいに吸い込みます。


 今日は本当に疲れました。

 ほとんど事故のような形でしたが突然セリアさんの正体を知り、彼へ告白をしてお街デートをした上で家に招待する。

 工程としては立った数個の単純なものでしたが、そのどれもが相当の勇気を振り絞ったお陰で今日の体力は0を下回ってマイナスです。


 しかし、告白はもちろん学校をサボってのデートも家へ招待するのも、いつもの私ならば絶対に出来なかったでしょう。

 ほとんど勢いで動いたようなもので一日中アドレナリンが出っ放しでした。普段からそんな勇気が出せたらいいのですが、今日ばかりは頑張りましたよね、私!


 けれど勢いに任せすぎて細部はほとんど覚えていません。

 少しでも彼に楽しんでもらおうと、元気で引っ張れる女の子……若葉さんを意識してみましたがうまくいったでしょうか。引かれていないでしょうか。

 なにより変なこと言ってないか心配です。彼がナンパされたと勘違いしてしまった時は頭に血が上りきって私が私じゃないようにさえ思えました。



 でも……今日ばかりは喜んでいいんですよね。

 もう彼以外に言うことはない一世一代の告白。その結果は手にとってもらえることは出来ませんでしたが、彼の口から「麻由加さんのことが好きだ」と言ってもらいました!

 あの瞬間のことは記憶が朧気な私でも確実に、鮮明に思い出すことが出来ます。

 今の私はそれだけで……それだけでもう何にも代えがたい喜びに満ちていました。


 私のことが好き……私のことが……ふふっ。

 付き合うことはできませんでしたがこれから何度だってチャンスはあります。

 もう好きだと言って好きだと言い返されて吹っ切れました。これからは何度だってその言葉を言う勇気だってあります。

 だからこれからじっくりと……しっかりと自分に自信が持てるようにして彼としっかり向き合って付き合えるような女の子になればいいのです!


「えい、えい、おー!」


 誰の目もなくなった家の扉前で私は小さく手を上げて小さく声もあげます。

 若葉さんという強力なライバルがいらっしゃいますが私だって負けたくはありません。ゲームでの勝負に勝って恋愛での勝負にも勝ってみせます!


「…………さむっ!」


 そのように自分を奮い立たせていましたが、突如吹き付ける冷風によって私の身体は大きく震え上がりました。

 ほんのちょっと外に出るつもりだったので彼のような上着はなく学校の制服のみの格好。そんな格好で夜の冷たい風に吹かれたら寒くなるに決まっています。

 このままだと風邪引いてしまうので早く家に入らないといけませんね。彼に看病してもらうのももちろんアリですが、それはそれで自己管理が出来てないと思われたり、何より今日遊んだせいで風邪を引かれたと、無用な責任を感じさせたくはありません。

 そう危機感を覚えた私は早々にすぐ後ろにあった扉を開いて家へと入っていきます。




「お疲れお姉ちゃん。お兄さんは無事見送れた?」

「那由多……」


 扉を開いた私を迎え入れてくれたのは妹の那由多でした。

 玄関を上がってすぐのところで壁に身体を預けて笑顔を見せてくる顔を見て私はハッとします。


 そうでした……那由多がセリアさんの事が好きだったのでした。

 那由多はセリアさんが好き、そしてセリアさんの中身は彼、陽紀くん。

 つまり私の想い人と那由多の想い人は同じということ。彼を招いてからずっと余裕そうでしたが、那由多は何を考えているのでしょう。


「……はい。陽紀くんはそのままお帰りになりました」

「そっか~。もしかしたら「やっぱりここに泊まる~」なんて言い出すと思ったけど外れちゃったかぁ。お兄さん真面目そうだもんねぇ」


 そうです。彼は真面目なのです。

 勉強もできるというわけではなくて、女の子にはだらしなくて、少し優柔不断なところがある彼ですが、きちんと分別のつく優しくて真面目な方なのです!

 私も泊まっていってほしかったですが、いざそうなると私の脳はオーバーヒートしてそのまま倒れてしまっていた可能性もありました。

 そう考えるとちゃんと帰ってもらってよかったのかも……?


「あ~あ、残念。泊まっていってくれたら添い寝でもしようかなって思ってたんだけどな。ね、お姉ちゃん?」

「私に同意を求められても困るのですけど………。それより那由多、1つお聞きしたいことがあるのですが」

「なぁに?」

「那由多はそれでいいのですか?」


 私が問いかけるのは彼への対応のこと。

 今日だって少し引っ付いていたのは気になりましたが、ほとんど私へのフォローばかりで那由多自身は一歩引いた視点でいました。

 好きならばもっとこう……アピールするものではないのでしょうか?


 あまりに抽象的すぎるその問いかけ。

 意味が伝わるか少し不安でしたがさすがは天才那由多。少し考えただけで「あぁ」と納得してくれたみたいです。


「あたしは全然いいよ。お兄さんへのアピールは全面的にお姉ちゃんをサポートするから」

「えっ……でもいいんですか? 那由多だって……その……陽紀くんのことが…………」

「うん。好きだね」


 私がその言葉を口にだすのをためらう一方、那由多は何の戸惑いもなくはっきりとその言葉を告げました。

 やっぱり……。でも、それならどうして………。


 真意がわからない那由多の言動。理解できないそれに頭を悩ませていると那由多は向き合うように壁から離れて私の正面に立ちます。


「だってお姉ちゃん、想像してみて?」

「想像?何をですか?」

「あたしが恋人レースに参戦した時のことを。そのままいったらお兄さんはあたしと結婚しちゃうんだよ? お姉ちゃんはそれでもいいの?お盆に年越し、それに冠婚葬祭だって嫌でも顔を付き合わせることになるんだよ。耐えられる?」

「それは…………」


 私は少し顔を伏せその時のことを想像します。

 もし彼が那由多と結婚したら…………



   ◇◇◇◇◇


 それはとあるイベントごとの日でした。

 那由多が実家に顔を出す日のこと。

 「久しぶり~!」と笑顔で帰ってくる那由多。もちろんその隣には彼が立っています。


「麻由加さん、久しぶり。元気?」

「ぁっ、陽紀くん・・・。お久しぶりです。元気です……」


 那由多に挨拶しようと階下に降りてきた私を待ち受けていたのは、大人になった陽紀くんの姿でした。

 少し背が伸び、顔つきも凛々しくなってどこからどう見ても大人という姿。

 胸には生まれたばかりの赤ちゃんを抱いて柔和な笑みをこちらに向けています。


「そっか。それはなにより。 それで麻由加さんは……そろそろ結婚しないの?」

「そ、それは……」


 ふとかけられる疑問に私は目を伏せます。

 彼の純粋な疑問に私は背中を丸め目を逸らす。彼を見られない。自分が嫌だ。そんな心を抑えながら。


 しかし彼はそんな戸惑う私に、笑顔で言葉を突きつけます。


「あぁ、麻由加さんはもう無理か。 だって、あの時と変わらずずっと根暗だもんね――――」



◇◇◇



「いっ……いやっ……!」


 そこまで想像してしまった私は自らを抱き思考を振り払ってしまいます。

 そんなこと彼が言うはずがありません。こんなの私の嫌な妄想です。彼は優しいのですからそんなわけ…………


 しかしあり得るかもしれない未来。私が恋敗れた場合、他の人と結婚だなんて絶対にありえません。

 だから今を逃すとなると……そう考えると障害の多さを実感して影が落ちてしまいます。


「ね?だからあたしはお姉ちゃんをフォローするの。2対1ならあの水瀬 若葉にも勝機はあるでしょう?」


 そんな私を励ますように那由多は笑顔で語りかけます。

 たしかに、それならば…………。


 でも、それだったら那由多はどうするの?自分の想いは?

 私を優先するあまり自分のことを考えなくなる性格では無いのですが、私よりよっぽど頭のいい那由多にはそれより先を考えている気さえしてきました。


 それに何よりも、さっきの例え話は――――


「―――那由多、随分と自信があるようですね?」

「……なんのことかな?」

「さっきの言葉です。例え話でしたが、まるで那由多が参戦したら絶対に彼を落とせると言っているようだったじゃありませんか」


 そうです。さっきの例え話には那由多が勝つことが確定しているような口ぶりでした。

 よっぽど自信がおありなのでしょう。でも、そう簡単に彼は落ちることはありません。


 少しだけ責めるような口ぶり。けれど那由多はそれをどこ吹く風で受け止めて自信満々に言い換えしてきます。


「え?だって私、お姉ちゃんがお兄さんと合うずっと前から一緒に遊んでたんだもん。アスルも同じで確かに脅威だけど、同じゲーム仲間で苦楽を共にしたんだからお姉ちゃんに負ける要素なんて無いもの」

「言いますね、那由多……」


 ユラリと顔を上げる私に那由多は笑うのみで、お互い笑みのぶつけ合いになります。

 大好きで大事な妹。でもそれ以上に驚異になりうる恋敵の一人。

 しばらく私たちは向き合っていましたが、那由多はフッと私を視線から外すように俯いて今度は屈託のない笑みを浮かべて見せてきました。


「ま、あたしの想いはともかくお姉ちゃんを好きな気持ちにも嘘偽りないからね! "本命の計画"のためにも今はお姉ちゃんをフォローするよ!」

「那由多…………」

「だから今日のところは置いといて、お風呂入ろっ! お姉ちゃんもお見送りで身体冷えちゃったでしょ?」

「………そうですね。お風呂に入りましょうか」


 那由多の言い放った"本命の計画"についてが耳に残りましたが、また身体が冷えているのもまた事実。

 ここで風邪を引いたらいけません。お腹も空きましたし今はその提案に乗るのが先決です。


「それがいいよ! あとあたしも入っていい?」

「那由多も……? 別に構いませんが、どうしてです?」

「そんなの決まってるじゃん! 仲の良い姉妹同士、親睦を深めたいの!」


 恋敵との会話の流れで少し警戒してしまいましたが、恋敵の前に自分の妹。私はフゥと息を吐いて心を落ち着けます。

 ……考えすぎですね。今日色々あって心に余裕がなくなってます。


「別にいいでしょ?そのくらい」

「……分かりました。着替えを取ってきますので先に入っておいてください」

「やった! わかった!先行ってるね~!」


 最近増えてきた一緒のお風呂。

 少し不安な心持ちで一緒しましたが、蓋をあけてみれば腹芸や駆け引きの一切ない、純粋に楽しむだけのお風呂タイムに私の疲れ切った心の癒やしとなる時間になったのでした。

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