103.明確な答え


 『Adrift on Earth』における盾職とは、その名の通り味方を守る盾である。

 またの名をタンク。次々と襲いかかる敵の攻撃を一手に引き受け自らの防御を固めるのが基本的な役割だ。

 硬さは当然ながら複数ある役割の中でも随一。盾職が守っている間に味方が敵に攻撃を与えて倒すのが基本的なスタンスとなっている。

 そしてタンクの中でも更に職業によって細分化されていくが、セリア、リンネルさんはともに『パラディン』という職業を選んでいた。


 パラディン。それは味方を守る聖なる騎士。

 片手直剣と盾の組み合わせを得意とし、重厚な鎧が大いに目立つ花形職だ。

 同じタンク仲間である『ウォーリアー』と違い、自らを硬くするスキルの他に味方を守るスキルも充実している。

 更にいえばヒーラーの魔法も劣化とはいえ一部使うことができ、自らを強化し味方を守る、更に回復までできる万能職だ。


 万能。悪く言えば器用貧乏。

 使う人によってどちらにも転びうる職業だが現最強ボスであるアフリマンを倒したアスルはもちろん、リンネルさんも手ほどきを受けてメキメキと力を付けていった。


 しかしこれらは全てPvE、つまりコンピュータが自動で動くエネミー戦での話。完璧にルーチンワークが組まれたPvEではなく今回は他者の意思が介在するPvPが舞台となる。

 相手の行動に合わせてその対抗策を講じ、フェイントや回復、一時撤退までもアリなのがPvPというものだ。

 状況に合わせて自分の行動を組み立て直すというのはこれまでになかったもの。俺は眼の前のパソコンを操作してその舞台へと飛び込んでいく。



 そこは空と緑以外何もない、ただっ広いフィールドだった。

 遠くまで広がる星空と果てが無いと思ってしまうほど広い高原。

 そこが2人が指定したPvPの舞台。


 PvPといえどもそれ専用のフィールドギミックも存在する。

 魔法職の詠唱を阻止するために用意した壁や敵の背後に回り込むワープホール、物によっては自分を含め全滅覚悟の隕石落下スイッチまで存在するのがこのゲームの対人戦だ。

 しかしこのフィールドはそんな小賢しいギミックなど一切存在しない。別のゲームで例えるなら終点ステージというのが最も近いだろう。

 つまりはただ腕だけを競うステージ。そんなフィールドにセツナのキャラを借りた俺、リンネルさんとアスルの計3人が地面の土を鳴らしてみせる。


「麻由加ちゃん、本気? 私もPvPはあんまりやってこなかったけどアフリマンを倒したんだしそこそこ強いと思うよ?」

「はい。本気です。 若葉さんを倒して私のほうが強いと証明し、陽紀くんの迷いを断ち切ってみせますから」


 未だに戸惑っている若葉に麻由加さんは剣と盾を手にし向かい合う。

 広い草原に風が吹き草たちが揺れる。まるで緊張感を運んでくるかのように。

 画面の出来事だというのに今その場で起こっていることだと錯覚しゴクリと喉を鳴らすと、自らが座っている椅子に少しの体重がかかった気がした。


「おにーさんはどっちが勝つと思います?」


 椅子にかかる体重とともに声が背後から降り掛かってきて視線を向ければ、背もたれに身体を預け顔を乗せた那由多さんが俺に問いかけてきていた。

 どっちか……そりゃあ総合的に考えたらもちろん……


「若……アスルかな?」

「ありゃ、お姉ちゃんって言ってくれると思ったのに。どうして?」

「どうしてって、そりゃあアスルは俺たちと一緒にアフリマンを倒したメイン盾じゃないか。それに………」

「それに?」

「…………前、アスルとやってボコボコにされた」


 思い出されるのは数日前のこと。

 麻由加さんと那由多さんが泊まった日、その日に俺とアスルはお遊びでPvPをしていた。お遊びと言えども正々堂々。俺も本気で挑んだつもりだったが見事ボコボコにされてしまった。

 俺がスキルも理解していない不慣れだというのももちろんあるだろう。それでも完封してみせるのは彼女自身の実力にほかならない。

 あの時はヒーラーとタンクの戦いだったが、今回は同じ職同士の戦闘だ。それは使えるスキルが全く同じということ。はてさてどうなるのか……


「あらぁ……おにいさんってばもうわからせ済みだったかぁ……」

「なにそれ。わからせ済みってなんだよ」

「細かい事気にしなくていいの! さ、そろそろ始まるみたいだよ!」

「お、おぉ……」


 那由多さんの声かけによって画面に目を向ければ、俺が立つ戦闘外フィールドの先、システムによって区分された境界の向こう側に立つアスルとリンネルさんが互いに剣を抜いて構えていた。

 さっきまでボイスチャットから交わされていた言葉はもう何もなく、俺自身の息遣いのみが鼓膜を震わせる。

 きっともう2人の勝負は始まっているのだろう。どちらがどう動くか、その様子見をしているのだ。


 しかし現実で顔を突き合すこと無く繋がりはボイスチャットとゲームのみ。互いの合図になるようなものはなく永遠ににらみ合いが続くと思われた……が、スタートの合図は案外早く訪れた。


 現実世界よりも数十倍早く進むゲーム内時間。朝が来れば夜も訪れ、日が昇ればいずれ落ちる。 

 ついさっきまで光り輝いていた星空がいつの間にか青くなっていき、文字通り世界の果てに存在する太陽の一欠片が姿を表した時、どちらからとも無く動き出した。

 東を向いている俺が昇ってくる太陽の光を画面に収めて少し顔をしかめたその一瞬。光が世界に差し込むと同時に2人は動き出した。


 盾職全員に備わっている超速度の接近スキル。

 ヒーラーの攻撃手段である聖属性魔法を応用し、自身に聖属性魔法と防御スキルを纏って突進するパラディン専用スキル『ホーリーチャージ』

 敵の接近、攻撃、防御力アップの三役を同時にこなせる万能技だ。


 互いに全く同じタイミングで『ホーリーチャージ』を使った2人は丁度2人の中間地点であるフィールドど真ん中で接敵する。

 今、2人の戦いの火蓋が切って落とされるのであった。



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



「本日はこんなところまで連れ回してしまってすみません。来てくださりありがとうございました。それに学校も……」

「ううん、俺は麻由加さんと遊べて楽しかったよ。ゲームも一緒にできたしね」


 時は少し過ぎてすっかり暗くなった空の下。

 もう冬本番だと思うくらいまで寒くなった寒空の下で俺は麻由加さんらの見送りを受けていた。


 結果的に学校をサボってしまったがそれ以上に楽しい一日だった。

 楽しいと同じくらい色々と大変だったがそれも過ぎてしまえば全て楽しいで括れるだろう。


「でも、最後のは惜しかったね」

「………そうですね。本当にギリギリでした」


 思い出すのはついさっきのこと、アスルとの一騎打ち。

 パラディン対パラディンでアスルとリンネルさんが一騎打ちをしたが最終的にアスルの勝利で決着を決めることとなった。


 互いに全力を出し切った勝負。

 スタンも耐性が付くまで連発し、回復スキルも使い切ったギリギリの勝負。

 しかし最後はほんの一瞬の判断で若葉が勝利する結果となった。

 その差はおおよそ3%。あと一発多く与えていたらリンネルさんの勝ちだったが、勝利の女神はアスルに微笑んだようだ。


「でもベテランのアスルをあそこまで追い詰めたんだから凄いよ。麻由加さんも上手かった!」

「みなさんがインしてない時にコッソリ練習していたかいがありました。でも、陽紀くんの迷いを断ち切ることは出来なかったです……」

「……そのことなんだけど、なんで勝ったら断ち切ることになったの?」


 そう言って心から悔しそうに肩を落とす麻由加さんに俺は1つ疑問を呈す。


 そもそもの話だ。

 なんでタイマンで若葉に勝ったら迷いを断ち切るということになっていたのだろう。

 これまで勢いに押されてスルーしてしまったがいざ冷静に考えると疑問に残ってしまう。


 しかし彼女は至って冷静に、俺を見つめてからスッと顔を伏せてみせる。


「……私には、誇れるものがなにもないのです。お家は父の者ですし容姿だって可愛くありません。性格だってずっと根暗なままです」

「そんなこと……」

「いいえ、そうなんです。私も何度も変わろうとしました。でも、好きな人のことが好きな女の子が出てきて……それがあの水瀬 若葉ちゃんで……あの子を一目見た時から敵わない。そう思ってきました」

「…………」


 それは彼女の心からの告白。

 懺悔するように胸に手を当て告白するように。俺はそれに口を挟むこと無く彼女を見守る。


「正直告白を受け入れてもらえなくてホッとしている自分がいます。もしあの時手を取って貰っても、きっと私が怖気づいていたか長続きしなかったと思います。なので今日、ゲームで若葉さんに勝って自信をつけようと……。それに――――」

「それに?」

「―――それに、私は陽紀くんの"自慢の"彼女になりたいのです。たとえゲームの出来事でも、「俺の彼女はこんなに凄いんだぞ」って自慢できることが1つでも欲しいじゃありませんか」

「――――」


 そこまで言われて俺はようやく理解した。

 あの時の告白に返事をすることが出来なかった俺。間違いなく麻由加さんのことが好きだが若葉が頭をよぎって答えきれなかった。

 それを麻由加さんは自分のせいだと判断してしまったのだ。自分が至らないから、自分に取り柄がないから手を取ってくれなかったのだと。そう解釈してしまったのだ。


 だからせめて1つでもと若葉をゲームで倒そうとしたのだろう。

 もとを辿れば完全に俺の優柔不断な性格が原因だが、彼女はそれを自分事として捉えてしまったのだ。

 優しすぎる彼女。そんな言葉を受けて申し訳なく思ってしまうが俺は頷くだけにとどめて彼女に笑顔を見せる。


「……ありがとう麻由加さん。それじゃあ俺はもう行くね」

「はい。私の方こそありがとうございました。空は暗いのでお気をつけて帰ってください」


 彼女の告白にも似た答えを聞いた俺は明確な答えを示さぬまま背を向いて歩きだす。

 きっと彼女も俺の返事なぞ望んでいないだろう。その時はまた――――麻由加さんが勝負に勝ってからだ。

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