102.声なき叫び
「おはよ~リンネルさん……。どうしたんだぁこんなお昼の真っ只中にインしてだなんて? ふわぁ……」
PCでゲームを起動し、同時に繋いだボイスチャットソフトから聞こえる声は、そんな眠気全開の声だった。
まさしくたった今起きたかのようなボケボケの声。ノートパソコンに内蔵されているスピーカーから聞こえる男声を耳にしてクスリと笑った麻由加さんは、ヘッドセットのマイクに手を添えてゆっくり話し出す。
「おはようございます。すみません、お休み中でしたか?」
「昨日はちょっと寝るの遅くてねぇ。普段の日課はお休みして睡眠を…………って、リンネルさん、ボイチェン忘れてない!?」
俺の耳に届くのは当然何のエフェクトもかかっていない麻由加さん自身の声。
そして画面の向こうにいる彼女もまた、同じ声を聞いていたようだ。これまでなら忘れることなくオンにして男として喋っていた麻由加さん。しかし今日に限っては敢えてそれをオフにして喋っていたらしい。スピーカーからは眠気が吹き飛んで焦ったような声が聞こえてくる。
「いえ、忘れていませんよ。知らない中でもありませんし今更いいではありませんか。―――若葉さん」
「…………。 そっかぁ。やっぱりもう全部わかっちゃったんだね」
今ボイスチャットで通話している相手………若葉の名を口にすると、彼女もそれに呼応するようにボイスチェンジャーを切って返事をした。
昨日も一昨日も、今朝も耳にした彼女の声。機器の影響か少しリアルで聞いたものと違うがそれでも話し方は明らかにそれだった。
「はい。今朝にはもう」
「そっかぁ……そうだよね。 ごめんね麻由加ちゃん。私の不注意であんな事になっちゃって」
「いえ、気にしないでください。少し驚きはしましたが私としては知ることが出来てよかったと思ってますので」
申し訳無さそうに謝罪する若葉とは一転、嬉しそうに返事をする麻由加さんの言葉は嘘偽りないように思えた。
同時にチラリと向けられる彼女の視線。そっか、嬉しかったか……。
「そう言ってくれると私としても心軽くなるけど……。それで今日はどうしたの?わざわざボイチェン切って私を呼び出して。というか学校は?陽紀君帰ってきてないし、まだ学校の時間だよね?」
「っ……!」
思いついたように聞かれるまっとうな疑問に、思わず俺はビクンと身体を震わせる。
そうだよね。やっぱりそこ気になるよね。今は午後3時。テストも無く通常通りの日程で行われる学校では絶賛授業中の時間帯だ。
不思議に思うのは当然。果たして麻由加さんの返答は……。
「もちろんサボっちゃいました。さっきまで陽紀くんとデートしてまして、今も彼は隣にいますよ」
「えっ!?ウソ!? 陽紀君も!?」
キィィィン!とスピーカーからここ一番の絶叫が聞こえてくる。
それほどまでの驚き。彼女の部屋から通話していても外に聞こえてしまったかもしれない。スピーカーで良かった。ヘッドホンだと耳ぶっ壊れていただろう。
近所迷惑という言葉が頭の隅をよぎったがとりあえず言及しないことにしていると、ふとチョンチョンと肩を叩かれる感覚に頭を動かせば、麻由加さんの妹である那由多さんがこちらに手招きしながらもう一つのヘッドセットを示される。
なんだ?付けられたPCを示して……。
あぁなるほど。那由多さんもとい、セツナのアカウントでボイスチャットに入室して俺が喋れということね。
「あ……あ~。若葉、聞こえるか?」
「陽紀君!?」
「あぁ。 さっきの絶叫びっくりしたじゃないか。耳壊れるかと思ったぞ」
「ご、ごめん! ……じゃなくって!なんで麻由加ちゃんが隣にいるの!?そこ麻由加さんのお家だよね!?そもそもそれセツナのだよね!?」
さすが若葉。ボイチャ画面のリストからセツナのアカウントだと判断したか。
正直俺も気づいたらここに居たって感じなんだよなぁ……。
「なんというか……成り行きで?」
「成り行きって………それじゃあ陽紀君は成り行きで麻由加ちゃんとハジメテを終えちゃったの!?しかも3人で!?」
「ぶっ……!!は、はじ……!?」
と、突然昼間っからなんてこと言い出すんだこの娘は!?
思いもよらぬ爆弾発言につい流れ弾を喰らった麻由加さんへ視線を向けると彼女はパソコン画面へ視線を落としているもその耳は真っ赤になっているのが見て取れる。
「うわ~ん!ダメだよそんなの~! 陽紀君のハジメテはホテルの最上階のスイートルームで私とって決めてるのに~!!」
「えらく具体的な要求だな!? なんでそこまで早とちりする!? 普通に街で遊んだだけだからっ!!」
勢いづいた彼女からトンデモな計画の一端を見た気もするが大慌てで根拠のない勘違いを否定する。
勘違い甚だし過ぎるだろ!さ……3人とかとんでもない!!
「……ほんとぉ?」
「ホントホント。ねぇ麻由加さん」
「えぇ。非常に残念なことですが、"今"は」
このタイミングで危うい匂わせ方は勘弁して!!
まさに甘えの境地といった声色で聞いてくる若葉に深くにもドキッとした。もしかしたら隣に若葉がいたらその時点で俺は陥落していたかもしれない。
しかし今このタイミングでそれはマズイということで俺は大げさに咳払いをしながら今回の本題を切り出していく。
「それより麻由加さん! 今日若葉を呼んだのはPvPがなんとかって話だったよね!?」
「……そうでした。陽紀くんのハジメテ計画を立て始めていてすっかり忘れてました」
「はぇ?PvP?」
………何の計画だって?
麻由加さん、今朝のカミングアウトから随分キャラ変わりましたよね?
いや、その理由も俺のためだってわかってるからなんとも言えないんだけど……。
「冗談は置いておきまして若葉さん、私とPvPで勝負してもらえませんか?」
「別にいいけど……それがどうかしたの?」
『Adrift on Earth』のPvP
それは対エネミーが主流のこのゲームにおいても実装されているコンテンツの1つである。
プレイヤーVSプレイヤー。つまりは対人戦。何人で行うかはフィールドによって異なるが総じてプレイヤーを攻撃できる唯一のコンテンツだ。
普段はフレンドリーファイアが存在しないがPvPは特別なエリアに設定されており、使用するスキルも全くもって変わってくる。
そして何より通常エリアと違うのはレベルという概念が存在しないことだ。
レベル1でもレベル100でもそのフィールドに入れば全員が平等。スキルも全て万人にアンロックされており、ただひたすらにその人個人のプレイヤースキルが重要になってくるものである。
その理由もあって普段はレベル60に達していないリンネルさんがレベルカンストの100であるアスルに勝つことなど実質不可能だが、PvPエリアでは下剋上も可能となる。
もちろん、キャラを動かす腕が勝っていればの話だが。
「………今日、陽紀くんに告白しました」
「―――――!」
若葉からの問いを無視するかのようなその言葉に、ヘッドセットから息を呑む音が聞こえてくる。
俺でもないし当然麻由加さんでもない。那由多さんはベッドから遠巻きに俺たちを見ている。となればその発声者は一人しかいない。
「……そっか。よかったね、陽紀君。 陽紀君も麻由加ちゃんのこと好きだって言ってたからこれで両思いだ」
「はい。陽紀くんからも好きだと言ってくださいました」
「――――。…………そっか」
ヘッドセットからこれまでに聞いたことのないような若葉の声が聞こえてくる。
何かを耐えている。何かを声なき声で叫んでいる。そんな感情が叫ばれた気がした。
「…………それで私と勝負ってどうしたのかな!? あっ!もしかして麻由加ちゃんが勝ったらこの家を出ていってくれってことだったり!?」
「いえ、その話はご両親の間で決まったことだと聞きましたのでとやかく言うことはありません」
「じゃ……じゃあ、陽紀君と一切会話するなって……こと?」
「いいえ、それも違います」
「じゃあどうしてっ……!!」
堪えきれなくなったのか若葉の叫びにも似た声がこの部屋に響き渡る。
顔など見えはしない。でもその顔は悲痛に歪んでいるのだということは嫌でも理解できた。
シンと静まり返る室内。若葉の気持ちもわからなくはない。
さすがにこれ以上は俺も感化できないと口を出そうとしたところで、フッと背中から影が差して肩に手が置かれる。
「那由多さん…………」
「…………」
シーッと。人差し指を立てて見せてくる仕草に俺の口は再び噤まれた。
ならば一体どうするのだろう。そう思って麻由加さんを見ると表情こそ見えないが深呼吸して再びヘッドセットに手を添える。
「紛らわしい言い方をしてすみません。若葉さんとはそのような条件など一切なく、単純に勝負がしたいのです」
「条件無く……?どうして…………?」
不安げな、そして戸惑いの声が若葉から漏れ出る。
無理もない。俺は麻由加さんの事が好きだと若葉は知っている。だから告白してしまえばおしまいだと思っているのだ。
だから当然付き合って、俺に近づくなという考えに帰結するのは当然だろう。
しかし麻由加さんの答えは違った。
そんな力技など真っ向から否定して声高に若葉へ告げる。それを耳にした若葉も不安と同時に安堵の色もその声から見え隠れしていた。
そして麻由加さんは自信満々に告げる。
「そんなの決まっているじゃないですか」と、後顧の憂いを断つように、その眼鏡を輝かせニッと笑いながら。
「陽紀くんは好きだと言ってくれましたが若葉さんが頭によぎると言って付き合っていただけませんでした。なので正々堂々と若葉さんに勝って!その迷いを断ち切りたいのです!!」
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