101.一対一
「おかえりなさいませ。お嬢様」
「―――――」
ポカン。
それが俺が目にした光景の第一印象だった。
学校をサボって行われたデートの終い、麻由加さんに引っ張られるがまま進んだ先にあったのは彼女の住まうお家であった。
街近くの駅からいくつか進んだ先。どちらかといえば前回のデートで行った物価の高いお嬢様方が通う街にほど近い高級住宅街。
その中でも駅から5分圏内の場所に彼女の家はあった。
他の家も随分と立派だが俺の背よりも高い塀に大きなガレージ。そして他の家より2倍位大きい3階建ての建物がそこにはあった。
外から見たら塀に囲まれた要塞のような家、そして一歩中に入ると存分に大きい洋風の家が俺を待ち構えていたのだ。
圧倒される俺に眉1つ動かすことなく玄関の扉を開ける彼女。
そこには数多くのメイドたちが…………ということは流石になく、ハウスキーパーさんらしき女性がエプロンを着用し俺たちを出迎えてくれた。
俺から見たら十分に世界が違う光景。けれど確実にある彼女の家に俺は恐れ多くも何度も会釈しつつ、そっと玄関を上がり先導する後ろ姿を追っていく。
まさかハウスキーパーさんまでいるとは。お嬢様とは思っていたがこれほどとは。
こうして廊下を進んでいくだけでも様々な絵画が俺の目に映っては通り過ぎてを繰り返す。
今通ったとこにある絵なんか俺でも見たことあるやつなんだけど、偽物だよね?レプリカなんだよね?
「……麻由加さんの家って本当に凄いんだね」
「ありがとうございます。ですが繰り返しになりますけど私が凄いのではありませんよ。凄いのはお父様ですし、この家こそ実家ですが他と比べても大きくありませんので」
…………今なんと?
この家はって、"この"ってってなに!?もしかして複数あるの!?
彼女の口から出る言葉に戦々恐々しつつ着いていくも、彼女は少しだけ苦笑するに留めてその凄さをひけらかすことなくただただ道を進んでいく。
廊下途中にあった階段で2階に登り、立ち止まったのは最奥から1つ手前にある扉。
1階はいろいろなものが飾られていたが2階はそんなことなくシンプルな廊下だった。
ここだけ切り取ってみれば俺の家と幅以外そう変わらないと思ってしまうくらいには。
きっと、今立ち止まっている扉が麻由加さんの部屋なのだろう。
一体どんな部屋なのか。どんな物を置いているのだろうか。無限大に広がるその想像を膨らませて開くのを待っているも、その扉は一向に開く気配を見せない。
それどころか麻由加さんは扉に手をかけたまま顔を伏せ固まってしまっていたのだ。
「麻由加さん?」
「あの……陽紀くん。 すみません。勢いでここまで来たのはいいのですが、いざ陽紀くんにお部屋を見せるって考えるとなんだか恥ずかしくなってしまいまして……」
「―――――」
扉が目の前にあるのに何故か開こうとしない。
その疑問に帰ってきた答えに目を丸くしたと同時に納得がいくものだった。
納得したのは俺も看病の時同じ気持ちだったから。
そしてなにも驚いたから目を丸くしたわけではない。その言葉をきっかけに、俺も雷に打たれたかのように目が覚めた気に襲われたからだ。
たしかに。あれよあれよと流れと勢いのままにここまで来てしまったが、今目の前にあるのは大好きな麻由加さんの私室なのだ。
一部では深窓の令嬢とまで言われることがある麻由加さん。そんな彼女が好きだと言ってくれた上家にまで連れて来てくれたのだ。
そんなの光栄ってレベルでは………って、いきなり家まで押しかけて何をするというの!?まさか………大人の階段!?
もしかしたら無意識的に目を背けていた可能性。しかしこのタイミングで自覚してしまうと、かつて無いほどの高鳴りが心の臓から聞こえてくる。
ただ突っ立っているだけなのにマラソンで心臓破りの坂を全力疾走したかと思うほどの胸の高鳴り。
まるで彼女から伝播するように緊張が伝わってきて思わず俺も視線を下げてしまう。
「………」
「………」
互いに無言になってにっちもさっちもいかない状況。
さてどうしよう。開けてくれないとどうしようもならなくなった。でも開けられるのは恥ずかしい。
完全に矛盾した心を持って頭がショートしかけていると、突然背後にスッと何者か近づいてくることに俺たちは気づかなかった。
「――――な~にしてんの?」
「ひゃっ……!?」
「おわぁ!?」
それは隣り合った俺たちの、更に後方から掛けられる声。
突然から死角の、まったく意識さえしていなかった声に俺たちは同時に声を上げて慌てて振り返る。
「な……那由多……?」
「えへへ~。おかえりお姉ちゃん。早かったね。 それとぉ………」
俺たちの後方に立っていたのは間違いなく那由多さんだった。
別名セツナ。今回の口調は那由多さんらしくはにかんだ笑顔で笑いかけると同時に俺へと視線を向けると瞬く間にニヤリとした表情に変わっていく。
「那由多……さん?」
「お兄さんも来てたんだぁ……。 なぁに?もしかして私へ愛を囁きに来てくれたの?」
「そ、そんな事無いから! ほら、離れて!!」
彼女は俺にターゲットを向けた途端スルスルと近づいていき片手を俺の胸に、もう片手を顎から頬にかけて滑らせていく。
それは一言で言うなら魔性。まさに誘惑するように俺へ触れてきた彼女に驚いた俺は肩を持って無理やり引き剥がす。
ある意味では嬉しいけど視線が……!隣から冷たい視線が突き刺さってくる感覚が……!!
「ま、いいわ。それで何しに来たの? お姉ちゃんとイチャコラしに?私も混ざっていい?」
「そんなことするわけありませんよ那由多。私たちはゲームにログインしに来たのです」
…………あ、イチャコラしにきたわけじゃないんだ。
い、いや!わかってたよそんなことくらい!ちゃんと純然たる考えがあって来たんだもんね!うん!
でもログイン?
ゲームにログインって俺たちがいつもやってる『Adrift on Earth』だよな?なんでまた。
「へぇ~。じゃああたしもログインしていい!?」
「もちろん構いませんよ。せっかくですし私のノートパソコンを持っていきますので那由多の部屋でやりましょう。 陽紀くん、先に那由多の部屋へ入っていてください」
「う、うん……」
「わかった! お兄さん、コッチだよ!」
突然腕をつかんでくる那由多さんに引っ張られるがまま、俺は廊下最奥にある扉まで一直線へ向かっていく。
あぁ……麻由加さんの部屋を目にすることができると思ったけどお預けだったか。
俺が遠くなるのを確認した上で部屋に一人入っていく麻由加さんを見て少し残念な気持ちに襲われる。
しかしそうしている間にもドンドン近づく次の部屋。あっというまにたどり着いた彼女は何の抵抗もなくその扉を開け放つ。
「お兄さん、これがあたしの部屋だよ! ここでいつもゲームしてるの!」
そう言って見せびらかした部屋は随分片付けられた一人部屋だった。
ベッドやタンスなど人が生きる上で必要なものは当然設置されており、逆に人形などファンシーグッズは目に入る限り無い至って普通の部屋。
下手すれば男性の部屋と言われてもおかしくないだろう。
良く言えばシンプル。悪く言えば無機質なその部屋だったが、1つだけ特筆すべきところがあるとするならばその机だ。
流石に勉強用と思しき机はまた別にあるが、それよりも大きく無骨なのがもう一つこの部屋にはある。それはまさしく全てパソコンのためだけにある机だった。
ウルトラワイドモニターが正面とその上に2枚、更に20インチに満たないほどの小さなモニターが1枚とモニターが並べられ、そこを見ただけでわかる。明らかにPCへ全ての力を集中させた部屋となっていた。
「なんというか……凄いな」
「でしょ~! お姉ちゃんにはいっつも変な顔されるけどね。でもこれくらいしっかりしないと落ち着かなくって。ほら便利じゃん?ゲームしてる時でも色々したいし」
わかる。
俺もゲームしながら動画見たりしたいもの。
そう考えると俺からみたら理想的な環境に見えてくる。むしろこの部屋に住みたい。
俺みたいなゲーマーから見たら垂涎ものの部屋。きっとこんなにモニターを動かせるのだから中に入っているパーツも随分いいものだろう。
そんな彼女の部屋に羨ましく思っていると、ふと視線を感じて振り返ればニヤニヤとした那由多さんの顔がそこにはあった。
「な、なに……?」
「いんやぁ~? 羨ましそうな顔だなぁ~って。私と付き合ってくれるならずっとこの部屋に居てもらってもいいですよぉ?そのパソコンだっていくらでも触っていいし」
「グッ……! え……遠慮、しとく……」
まさにこの世のものとは思えないほどの悪魔のような甘美の囁き。
しかしこの誘惑には負け…………負けないさっ!
「おまたせしました陽紀くん。丁度連絡も着きましたよ」
「お、おかえり麻由加さん……」
那由多……いやセツナから繰り出される俺への誘惑。
それになんとか打ち勝っているとようやく麻由加さんが部屋に入ってきた。
片手にはスマホを持ちどこか連絡していたかのような仕草をする。
「なぁに?ゲームって誰かとやるの?」
「はい。若葉さんと少々。ちょうどいま連絡がついてインしてくれるようです」
どうやらその相手とは若葉だったみたいだ。
勉強用と思しき机に手慣れた様子でノートパソコンを準備する麻由加さんはヘッドセットをも装着し、少しだけ緊張した面持ちで俺を見る。
勝負……アスルと……まさか。
それには心当たりがある。
勝負の理由はほとんどわからないものの、あのゲームで他人と直接競うものは1つしかなかった。
以前俺も若葉とあそんだコンテンツ。最大規模というわけではないが、一定層からは根強い人気を誇っているとあるサブコンテンツ。
「麻由加さん。もしかしてアスルと決着って………」
「はい。このゲームのPvP……一対一でアスルさんと勝負をつけようと思います」
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