100.心からの言葉
「おまたせ麻由加さん。ホットのカフェラテでよかった?」
「はい……ありがとうございます」
冬の気候に暖かさが混ざり、上着もいらなくなった11月のとある平日。
学校をサボった俺たちは街へ出て、近くの公園のベンチへとたどり着いた。
遠くに犬の散歩をするおばあさんが見えるくらいで他には誰もいない公園。
天高く昇った太陽によって比較的暖かくなった風がヒュウと吹かれながら、俺は2つの缶を持って彼女の待つベンチへとたどり着く。
そのうち麻由加さんに渡したのは片側のカフェラテ。もう片方のコーヒーは隣に座してから蓋を開け喉へと流し込む。
近くの自販機で買ったブラック缶コーヒー。あまり進んでは飲まないが、缶でも十分美味しく飲める。
口の中に目いっぱいの苦味と芳醇な香りを堪能しつつ手から口から暖かさを感じていると、自然と冬風に吹かれた身体が温まるような気がした。
「いい天気だね……」
「……はい」
座って言葉少なく返事をする麻由加さんは、手にしたカフェオレに目を落とした様子であからさまに元気なさげだ。
そんなにさっきの勘違いが効いたのだろうか。しかし無遠慮に理由を聞くわけにもいかず俺は天を見上げる。
冬に入ってきているというのに暖かさをも感じる快晴。こんないい天気の日にわざわざ学校へ行って室内で授業を受けるだなんてもったいないにも程がある。
こういう日は俺たちみたいに外へ出て伸び伸びと過ごすべきだ。
「こんなにいい天気といえば、麻由……リンネルさんはレベル60近いよね?だったらもうストーリーで雪原のフィールドにも行ったんじゃない?」
「……はい」
「あそこずっと吹雪いてるか曇ってるかのどっちかなんだけどね、極稀に快晴になる時があるんだ。それが早朝と重なればすごく綺麗な景色になるんだよ」
「…………」
「確率としてはリアルの年に1回くらいなんだけど、見られたらすごく運がいいんだって」
「…………」
くそう。
落ち込んでいる彼女を励まそうとなにか話題を探してもやっぱりゲームのことしか言えない……!
なんで俺はこうもゲームのことしか頭にないのだろう。もっとこう……リアルの話が上手なら彼女を励ますことだってできたのにっ!
「………」
「………」
やはりというべきか当然というべきか、その後に訪れるのは無慈悲な静寂であった。
こんな時にゲームの話はおかしいというのもわかってる。でも仕方ないじゃないかっ!コレ以外ロクに話せそうなものないんだから!!
「………今日はすみませんでした」
「……えっ」
そんな静寂のさなか、もはや諦めの境地にすら入りかけていると、ふと風が木々を揺らす音とともにそんな声が聞こえてきた。
声の主は当然隣の麻由加さん。彼女を見ると僅かながら缶を握る手に力が籠もっているように見える。
「それってさっきのこと?」
「はい。 陽紀くんがナンパされているのを見て私、すっごく怖くなりました。 私なんかいらないって、そのまま2人について行かれたらどうしようって……」
ポツリ、ポツリと出る言葉はまるで自白する犯人のよう。
その言葉に返すべき答えを見つけられないでいると、彼女はさらに言葉を続けてくる。
「それに、今日のデートで振り向いて貰おうって頑張ってましたけど空回りしてばっかりでした。陽紀くんの近くにいるアスルさん……いいえ、若葉さんにようになれたらって頑張ったのですが」
「麻由加さん…………」
「すみません陽紀くん。やっぱり私はどこまで行っても"私"から抜け出せなかったようです。元気で明るい引っ張れる子になろうとしましたが、私は私。根暗のままで―――――」
「麻由加さん」
「――――!!」
まるで自分で自分を責めるように、言い聞かせるように悲痛な笑みを浮かべてくる彼女を、俺はその手をそっと包み込んでみせる。
確かに彼女は街に出てからおかしかった。まるで別人のようだと思ったくらいに。
けれどそれは彼女なりに若葉という一個人を参考に自らを変えようと奮起した結果だったのだ。
俺のためにそんなことまで頑張ってくれていただなんて……
「俺、麻由加さんの事が好きだよ」
「ぇっ…………」
手を包んで告げるのは俺の素直な感情。
よかった。今なら言えそうだ。そのまま心を映し出すように自然と言葉が紡がれていく。
「いつからかはわからないけど、ずっと好きだって思ってた。いつかは告白して綺麗に玉砕してみせようとも」
「玉砕だなんて……!私は………!」
彼女がなにか言いかけたところで俺は指を立て首を横に振る。
「それくらいの心積もりだったってこと。でも断られたらってウジウジして最終的に麻由加さんから言ってくれることになっちゃったけどね」
「…………」
「俺も麻由加さんと付き合いたいと思う。でも、さっき手を取ろうとしたら頭の中に若葉の姿が浮かんで……」
「そうですか……」
俺が顔を落とすと同時に彼女も視線を地面に向ける。
それこそが現在の心境。嘘偽りない真実。
しばらく互いに視線を落としている状況だったが、ふと肩に何かが当たる感覚がして俺は顔を上げた。
そこには隣に座る麻由加さんが俺に体をあずけるように寄りかかっていた。
茶色の髪に遮られてここからではその表情をうかがい知ることは出来ない。しかししばらくポカンとしていると寄りかかっている側の腕が動いて俺の手をキュッと握りしめた。
「……よかったです。独りよがりの想いではなくって」
「それでも、俺はちゃんと答えを出すことが…………!」
「ではお聞きしますが、私のことが好きなんですよね?」
ズイッと。俺の言葉を遮って身体を起こした彼女は俺とまっすぐ視線を合わせた。
メガネの奥から見える真剣な瞳。まっすぐ聞かれる感情に少し目を逸らしながらも確かに首を縦に振る。
「……うん」
「では、若葉さんのことは好きなのですか?」
「…………わからない」
「そうですか」
自身でもわからぬ曖昧な感情。それでも彼女は満足したように捻った身体を戻っていった。
そのまま脇に置いていた彼女自身のバッグを引っ張ってなにやら黒い袋を取り出し俺に渡してくる。
「これは?」
「今日の記念です。開けてみてもらえませんか?」
「うん……。 これは……マフラー?」
突然どうしたんだ?コレとさっきの会話に何の関係が?
そんな疑問を抱えながら言われるがままに渡された袋を開けていくと、ふんわりとしたライトグレーのマフラーが姿を現した。
この冬を見越して用意したかのように暖かそうな無地のマフラー。それを手にしながら彼女を見ると巻くような仕草を見せつけられて首に巻きつける。
「えぇ思った通り。陽紀くんに似合っていてとても素敵です」
「あの……これは……?」
「プレゼントです。今日の記念として、私から」
ラッピングされた袋から渡されて薄々感づいていたがやはりこれはプレゼントだったみたいだ。
マフラーからもたらされる首元の暖かな感覚を享受していると、彼女はもう一つ、バッグから全く同じものを取り出して自らの首元へ巻きつける。
「えへへ、お揃いですね」
そう言って彼女はまるでイタズラのバレた子供のようにはにかんで笑ってみせた。
そんな彼女の可愛さに見とれかけていると、突然首元に手を伸ばしてさっきまで巻いていたマフラーを解いていく。
きっと俺の巻き方が間違っていたのだろう。もう一度慣れた手付きでクルクルと巻き付けて見せると「よしっ」と小さくつぶやいて手を離し、ニッコリと笑いかける。
「告白の返事で悩んでいる陽紀くんですが、これくらいは構いませんよね? それとも、お嫌でしたか?」
「う、ううん!すっごく嬉しい!!」
好きな人が自ら選んでくれた大切なプレゼント。それもペアと来たら嫌なわけあるもんか。
フッと見える彼女の暗い顔に慌てて否定すると、彼女も微笑みをもってそれを返す
「ありがとうございます陽紀くん。 それから、先程の告白の件ですが……」
「うん……優柔不断でごめん」
「謝らないでください。私としては好きだと言われただけでとっても嬉しいのですから」
むざむざと突きつけられる俺の優柔不断さ。
その鋒を向けられつつも彼女の優しさに救われていると、彼女は突然立ち上がってもう一度俺に手を差し出してくる。
「……ですが、謝罪の心がおありでしたらこれから少し着いてきていただけますか?行きたいところがあるのです」
「着いてって、どこへ?」
それは朝の告白を彷彿とさせるもの。一体どこへ行くというのだろう。すると彼女はその言葉を待っていたかのように、眼鏡の端がキラリと光った気がした。
「それはもちろん私の家です。 若葉さんと……アスルさんと決着をつけにいきます」
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