099.焦りと勘違い


「レストランも随分久しぶりですが、美味しかったですね!陽紀くん」

「そうだね。麻由加さんは足りた?あの量で」

「もちろんです。陽紀くんこそ足りましたか?」


 俺と麻由加さんは再び街中を手を絡ませて歩いて行く。

 午前中より僅かながら人が多くなった街中。しかし休日に比べたら遥かにガラガラな道を俺たちは楽しく歩いてく。



 レストランでの一件から一段落。

 片隅とはいえ人の目の中2人で料理を食べさせ合うという辱め………もといご褒美を堪能した俺たちはまたも街中へ出てアテもなく突き進んでいた。

 隣にはまたも腕に抱きつきつつも俺の食事量を心配している麻由加さん。


 もしかしたら男子だから食べる量が少ないと思ったのかもしれない。

 確かに俺の昼食は麻由加さんとそう変わらない量。しかしインドアの俺にはそれくらいで十分なのだ。

 普段の運動なんて行き帰りの通学くらい。あとは部屋にこもってひたすらPCとにらみ合う作業なのだから摂取したところで使うカロリーがない。

 だから食事量は少なくていいのだ。イザとなれば最後の手段、カップ麺という甘美な夜食だってある。


「……それにしても、学校を抜けて遊びに行くというのも案外楽しいものですね」

「そうだね……。サボっちゃってよかったの?麻由加さんってこれまで遅刻すらしてこなかったのに」

「ノートは鈴さん―――友達に頼んでますので大丈夫ですよ。陽紀くんも、追いつけなかったらお教えしますので言ってくださいね?」

「その時はまぁ……お願いするよ」


 これまで無遅刻無欠席だった彼女。先生たちからの評価的な意味で聞いたのだが返ってきたのは授業進行度について。

 まぁ、気にもしていないということは大丈夫なのだろう。勉強面ではたしかに俺のほうが心配されるべきかもな……。

 それと鈴さんって人は知ってる。麻由加さんと同じクラスの明るくて有名な人だ。


 ってそうじゃない。今は学校のことよりも目の前のことに集中しなければ。


「それじゃあ麻由加さん、次はどこに行こうか?」

「……あっ!すみません。少しお手洗い行きたいのでいいでしょうか?」

「ん? もちろん。行ってらっしゃい」


 レストランを出て2、3分。

 アテもなく歩きだしてさて次はどこにいこうと考えだしたところで、ふと彼女は堰を切ったようにパッと繋いでいた手を離した。

 「すぐ戻りますから!待っててくださいね!」と念押しする彼女に手を振りながらどこか適当な店に入り込んだのを見送りつつ車道との境界にあるフェンスに身体を預ける。


 店を出てすぐとは意外だな。

 しっかり者の彼女なのだから事前に行っておくと思っていたが。しかしトイレというのはいつ突然やってくるかわからないから。だからこうして突然行くのも仕方ないかもな。



 そう適当に自らを納得させつつ建物に入っていった麻由加さんを待つべくスマホをつついていると、ふと「すみません」と声をかけられて顔を上げた。


「あの、すみません。ちょっといいですか?」

「はい?」

「道を聞きたいんです。ここらへん観光に来たばかりで詳しくなくって」


 話しかけてきたのは女性が2人。おそらくその雰囲気的に大学生かそこらへんだろう。

 一切化粧をしていない麻由加さんや通常モード若葉とは違い、目の端のシャドウやらチークやらでなんとなくおめかしをしているのだとわかる2人。

 何の用かと、変な勧誘かと思って少し警戒したが道を尋ねているのを理解したおれはスマホをおろして警戒を解く。


「もちろんいいですよ。俺にわかる場所であればですが」

「ありがとうございます。場所はココなんですけど……わかります?」


 彼女が観光雑誌を開いて見せたのは、ここいらにある偉人の資料館だった。

 あぁよかった。変にマイナーな所だったらどうしようかと思ったがここならわかりそうだ。


「えぇはい、なんとかわかりそうです」

「…………! あぁ、よかった~! なんとか行けそうだね!」

「うん!」


 俺の言葉に安堵する二人組。

 一体どれだけ迷ったのだろうか。


 それにこの資料館って、記憶はもちろん地図を見る限り場所はこっちではなく…………


「でもこの場所って駅の反対側ですよ? 今居るここは南口から出たところで、行きたいところは一旦駅まで戻って北口に行くのがわかりやすいかもです」

「そうなんですか!? だからいくら探しても見当たらなかったんだ~」


 俺の指摘にグデー、とようやく見つからない理由に得心がいったのか脱力する女性。

 駅の出口から間違えてたわけね。そりゃあ見つからなくて焦るわけだ。

 ……でもこの時代に珍しいな。俺なら即スマホ開いてナビ頼むのに。


「すみませんが、俺に聞くよりスマホで調べたほうが早かったんじゃないです?」

「そうなんですけど、私達がこうやって旅する時はスマホを家に置いていってるんです。不便でも俗世から離れてゆっくりしようって決めてて」

「…………マジすか」

「はい。マジです」


 思わず出てしまった俺の言葉を笑顔で返してくれるお姉さん。

 そんな……スマホ無しだと!?俺なんて"スマホが無い=死"が余裕で成り立つのにわざわざ手放すなんて!!

 しかしこうして雑誌を開きながらああだこうだ言い合う姿はどうにも楽しそうにも思えた。

 今の時代レビューサイトなりSNS見てから決めるのが何よりも多いもんな。


「ありがとうございました。これでなんとか目的地に辿り着けそうです」

「いえいえ。お役に立てたようでなによりです。楽しんできてください」

「はい。キミも楽しんできてください。 授業サボりの学生さん?」

「……はい」


 …………渡されていた観光雑誌を返した途端、ニヤリと指摘されるその笑みに俺の心臓はドキリとしたが、同時にやっぱりという感情も芽生える。

 今俺の格好は学生服。そして周りに同じ服を着た者など誰もいない。これでサボりじゃないと判断される方がおかしいだろう。しかし2人はそのことについて怒る様子なく懐かしむように虚空を見つめだす。


「いやぁ。懐かしいなぁ高校時代。私も何度サボって遊びに行こうかって決心したことか」

「決心しただけで、結局実行しなかったよね?」

「まぁね。……というわけで実行したんだったら全力で楽しんでね!若人よ!」


 もう一人の女性に補足された彼女はまるで俺を鼓舞するようにバンバンと楽しそうに肩を叩いてくる。

 若人と言われましても、お二人も全然年変わらないでしょう。


「――――陽紀くんっ!!!」

「えっ?」


 そんな尋ね人の鼓舞を受けつつ苦笑いで返事をしていると、突如として別の方向からまた違う女性の声が俺を呼んだ。

 全員一斉にそちらを見ると肩で息をし驚きの顔で染まっている麻由加さんの姿が。


 彼女は大急ぎで俺のもとまで駆け寄って、まるで女性と分断するように腕を抱き2人に顔をむける。


「わぉ。彼女?」

「いえ、そういうのじゃ――――」

「はい!私が陽紀くんの彼女です! ……なので、この人のことを狙わないでいただけますか!?」


 俺の言葉を遮ったのは麻由加さんだった。

 まさに珍しい彼女の余裕のない表情。俺との距離感がさっきまでの腕を抱いているとき異常にバグってまさに抱きつくと言ったほうが正しいくらいまで密着し女性2人をあからさまな表情で威嚇している。


 麻由加さんには珍しく、そのまま飛びかかっていきそうな雰囲気。

 突然の変わりように俺はどうしようかとあたふたしていると、対して2人はすぐさま状況を理解したのか余裕の表情を崩さずに両手を上げて数歩下がる。


「……なるほど。こんな可愛い子が相手じゃあ私たちは太刀打ちできないね。 ごめんね、2人のデート楽しんで。ハルキクン?」

「ぁっ……!ちょっ…………!」


 麻由加さんの威嚇を受けた2人はそのまま素直に引き下がり、俺が否定するよりも早く観光雑誌片手に手を振りながら駅の方へと歩いていってしまった。

 この場に残るは俺と麻由加さんの2人。いずれお姉さん2人が人混みに紛れ消えてしまっても彼女は俺に抱きついたまま離れようとしない。


「麻由加さん、俺は大丈夫だよ」

「……本当ですか? あの2人に何もされていませんか?」

「もちろん。なんにも無かったよ」

「でも……」

「大丈夫。俺はちゃんとここに居るから」


 まるで慰めるように背中を軽く叩くも彼女は動かない。表情を読み取ろうにも顔が伏せられて見えることすら叶わない。


「……本当に本当ですか?やっぱりあの2人がいいって言いませんか?」 

「言うわけないよ。そもそもあの2人、俺に道を聞いてきただけだし」

「……………えっ!?」


 ようやく。ようやくその言葉で麻由加さんは顔を上げてその表情を見せてくれた。

 彼女の顔に浮かんでいたのは明らかに驚愕そのもの。

 俺の訂正するような言葉に顔を上げた彼女が示した感情はまさに典型的な驚きの表情だった。


 あぁ……もしかしたらと思ったけど、やっぱりそっち方面で勘違いしていたのか。俺がナンパされるはずないのに。


「えっ……あっ……道を……!?じゃあ、その…………。すみません陽紀くんっ!私ったらとんでもない勘違いを……!!」


 バッと。まるでうさぎが飛び跳ねるほどの俊敏さで飛び退いた彼女の取った行動は開口一番謝罪だった。

 顔をゆでダコのように真っ赤に染め見事な90度謝罪を決める麻由加さん。


 そのまま彼女はバスケットボールのように、片足を軸に身体を半回転させ――――


「ちょっと私……頭冷やしてきますねっ!!」

「えっ!?嘘!? 麻由加さん!?!?」


 それは唐突な駆け出し。

 俺から背を向けるように回転した彼女はまさに陸上選手顔負けなスタートスピードで地面を蹴りあっという間に距離を突き放す。


 そんな彼女をポカンとした様子で見ていたが遅れて俺も追いかける。

 突如として始まった追いかけっこは、お互いの体力の無さが功を奏したのか近場の公園にて決着するのであった。

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