098.彼女でない彼女

「陽紀くん!どこか行きたい所ありますか!?」


 開口一番そんな楽しげな声がすぐ隣から聞こえてくる。



 人々の多くが学校なり仕事なり、何かしらの義務についている平日の昼間。

 コソコソとまるでコソドロのように学校を抜け出した俺たちはそのまま人々の流れに乗って街へとたどり着いた。

 そこは昨日行った高級所が並ぶ身なりの良い人々が通う街ではなく、前回若葉と来た普段庶民である俺が通う街。

 休日だったあの日と違い随分と空いていて道歩く人々もスカスカな街に学生服を着た俺たちはたどり着いた。


 それはどこからどう見ても学校をサボったとしか思えない格好。

 少し罪悪感はあるものの、ここまで来たからと俺も思い切って道を歩く。



「そ、そうだなぁ……とり、とりあえず……ご飯、かな?」

「それもそうですね。どこか美味しいところ探しましょうか!」


 声の発声主は言わずもがな麻由加さん。

 彼女に対し軽く言葉を返しながら目的地もない道を歩いているが、その口調はボロボロである。

 理由は簡単。彼女は俺のすぐ隣に位置していて、ゆっくり歩くにしても彼女との距離が異常に近いからだ。


 その距離まさに0センチ。俺の腕に絡ませている彼女はピッタリとくっついているのだ。

 手は繋がれている上に指をも絡ませ、密着しているが故に彼女の持つ柔らかくて大きなアレが容赦なく二の腕に触れてくる。

 自身が自覚しているのかわからない。けれどここまで密着されるのは初めてだ。

 これまで言葉を多く交わした事はあったが学外で一緒なのは昨日が初めてという経験の無さ。そして彼女と手を繋ぐことすら初めてなのにこうまでピッタリくっつかれちゃ俺の脳も正常な思考ができなくなってしまう。


 柔らかさの上彼女の持つ華やかないい香りが俺の鼻孔をくすぐり、その場でトリップしそうになるのをなんとか精神力で持っている状態だ。

 正直言えば緊張やら恥ずかしさやらで今すぐ逃げ出したい。けれどそれは絶対にしない。これは答えを見つけるために必要なことなのだ。

 その上俺のことを好きと言ってくれた彼女も頑張ってくれているのだろう。そんな頑張りを無下にすることなんてできやしない。


 でも……さすがにこの密着度は……


「ねぇ、ちょっとこれはひっつきすぎじゃない?もう街についたんだし少しは離れない……?」

「そうですか? 私たちはなんてったって彼氏彼女ですし、これくらい普通……いえ、まだまだ足りないと思うのですけど」


 まだこの上が存在するだと……!?

 お街デートをするにあたって、俺と彼女は今日一日限りの彼氏彼女となった。

 なんでもシミュレーション、こうしてお互いを少しでも知るためにということだ。


 先程最後の最後で言葉が言えなかった俺に与えられた最後のチャンスとも言っていいかもしれない。

 まさかこんな流れで仮とはいえ恋人ができ、その上密着されてデートされるなんて思わなかった俺は平静を装いつつ「それでは……」と声をかける彼女に視線を向ける。


「でしたら、陽紀くんってなにか食べたいものあります?」

「どうだろう……これと言っていま絶対っていうのはないけど、麻由加さんは?」

「私も同じです。えへへ、おそろいですね」


 何も決まらない意見の合致。それでも彼女は可愛らしく笑ってみせた。

 メガネ越しの目がフニャリとなり、口角を上げて可愛らしく微笑む。可愛い。

 しかし現実問題どこに食べに行こう。時刻は11時を回った所。お昼にしては僅かながら早い時間だ。

 チラリと辺りを見渡しても服や雑貨、ゲーセンなどはあるが肝心の飲食店が無さ過ぎる。

 スマホを取り出していい感じのところを調べれば手っ取り早いのだがそういうのは風情が、ねぇ。


 できれば重たいものではなく軽いものを食べたい。

 唯一あるとすればファミリーレストランのチェーン店だろう。

 しかしあそこは貧乏学生などがたむろするのにうってつけの格安レストラン。俺と雪ならば喜んで入るのだが、少なくとも以前高級カフェに行った彼女から見たら行くどころか視界に納めるのすらありえないだろう。

 あんまり興味ないうえ非常に気が引けるのだが、たしか街の奥の方にはお高そうな飲食店があったはず――――


「あ、あそこに良さそうなお店がありますね。あちらでいかがですか?」

「えっ……いいの?」

「何がです?」


 街の奥の飲食店は高い。けれど背に腹は変えられない。

 そんな俺の思いとは裏腹に彼女が提案したのは件のレストランだった。

 まさか視界に収めるのを許すどころかあちらから提案してくるだと……!?


「いや、前回のカフェが高級店だったからホテルとかじゃないとダメだと思ってて」

「あっ、あれは折角の初デートだったから私もちょっと見栄を張っただけです! むぅ……。私だって普段は安くて美味しい店を利用するんですよっ」


 そう言って彼女の見せる膨れ面は、若葉のいつも見る様相と違って美しさの中に一入ひとしおの可愛らしさが垣間見えてドキリとしてしまう。

 普段と違う、学校では見たこと無い彼女の新たな一面見て少し呆けてしまっていると、彼女が抱きついていた腕が急に引っ張られてそのまま足が動いてしまう。


「行きましょう陽紀くん!ここでジッとしていたら他の方の迷惑になりますし、なにより遊べる時間が減っていっちゃいます!」

「わっ!?ちょっと待って麻由加さん! 歩きにくい!歩きにくいからっ!!」


 二の腕をしっかりホールドされたまま引っ張られちゃ当然バランスを崩し何度も躓きながら前に進んでしまう。

 結局俺の必死の訴えで抱きついていた腕を離したはいいが、最後の最後まで指を絡ませた手つなぎは譲ってもらえず恋人つなぎのままレストランへと向かうのであった。



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



「いらっしゃいませぇ。お好きな席へどうぞ~!」


 彼女に引っ張られたレストラン店内は、随分と伽藍堂としていた。

 それも当然だろう。まだお昼には一時間ほど早く、人々はそれぞれ勤めている平日。こんな時に人が多ければ逆に何かあったのかと疑うほどだ。

 ザッと見渡してもスーツを着た仕事中の人が一服したり大学生らしき人が本を広げたりしている程度。そんな中に飛び込んだ俺たちも贅沢に4人がけ席へと向かって腰を下ろす。


「あの……麻由加さん」

「どうされましたか?」

「なんだか座る配置おかしくない?」

「そうですか? これは普通だと思うのですが?」


 俺の指摘にとぼける表情を見せるも明らかにこれはおかしい。

 俺たちが選んだのはボックス席。店の隅にあった周りがパーティションで区切られている目立たない席だ。

 彼女に促されて俺が奥に座ったのはまぁいい。問題はそれに続くように彼女が詰めて座ってきたことだ。

 本来なら向かい合わせになるはずが二人とも同じ方向を向いた着席。その上ピッタリ密着した形だ。

 4人用なのに使っているのは1.5人分ほど。ほら、お水運んできてくれた店員さんから温かい視線向けられてたじゃん。


 なんだか距離の詰め方とか諸々若葉を思い出すな……


「ということは、若葉さんとデートする時もこんな感じだったのです?」


 まるで心の中を当てたかのようなタイミングバッチリ、内容バッチリの問いかけに思わず目を丸くして俺も顔を向ける。

 まさか心読まれた!?……いや、これは読まれたのではなくどちらかというと――――


「…………もしかして、声に出てた?」

「はい。バッチリです」


 冷や汗が垂れる俺にニッコリ微笑まれる麻由加さん。

 どうやら心の声がガッツリ漏れてしまっていたようだ。仕方ないだろう。好きな麻由加さんと学校抜け出してデートして、なおかつここまで距離詰められれば脳もバグる。


「これほどじゃなかったけど……まぁ、うん」

「そうだったのですね。でもそれは仕方ないと思います」

「仕方ない?」

「はい。だって若葉さんも私も陽紀くんのことが大好きなのですから。恋する女の子はその人に触れていたいものなんですよ?」


 クッ……!ウィンクは……ウィンクは反則でしょ……!

 引っ付いているためすぐ近くから繰り出される彼女のウィンク攻撃に俺は見事ダイレクト&クリティカルヒットを喰らい顔からボッと火を発してしまう。

 一方で横目で見た彼女の頬も普段よりずっと赤くなっている。どうやらこれは反動も大きかったようだ。


「そっ、それより注文しちゃおっか! 麻由加さんはなにか決めた?」

「いえ。ですが陽紀くんとは違うものを頼もうと思ってます」

「俺と違うもの? それまたなんで?」


 慌ててメニューを一部引っ張り出してテーブルに広げると思っていなかった答えに思わず聞き返した。

 好きなものを選べばいいはずなのになんでまたあてつけのように俺と違うものを?


「だって、陽紀くんの選んだものは私にも食べさせてもらいますから。もちろん陽紀くんにも私のをあ~んして差し上げますね?」

「っ――――! お、俺が食べられるものだったらね……」


 何の臆面もなく言い放つそれに俺はぶっきらぼうになりながら視線をメニューへ落とす。

 恥ずかしいけど嬉しい……麻由加さんにあ~んされるのは文化祭のときでも至福の時だった。それがまた味わえるなんて。


 ぜひやってほしいけどやめてほしい。そんな相反する心の中、俺は未だに顔から火を発したまま選んでいくのであった。

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