097.それぞれの自分本位


「そうですか。春になったら東京に……」


 静かで段々と暖かさも増してきた学校の屋上。

 俺は麻由加さんと二人きりで授業をサボりながら肩を寄せ合って言葉を重ねていた。


 彼女の要望で告げるのは俺の抱えていること全て。

 セツナが好きだと言ってきたこと、若葉がウチでしばらく暮らすこと、そして二度に渡る東京行きのこと。


 躓きながらも話す俺に彼女は黙って聞きながら全てを聞き終えた直後咀嚼するように口元に手を当てて考え込んだ。

 小さな口から漏れ出るのは東京行きのこと。この中で最も大きな問題だった。

 しばらく無言の時が続き彼女も耳にした情報の整理が終わったのか手を口元から離して「わかりました」と小さくつぶやく。


「教えて頂きありがとうございます。まさか陽紀くんの周りでそんな事が起こっていたのですね」

「ほとんど若葉が原因だけどね……。直近ではファルケの週末東京行きだけど、これはどうせ男同士だし問題ないよ」

「はい。その件は東京観光楽しんできてください。それとファルケさんとお会いしたことはありませんが私のことを知っているはずですので、よろしくお伝えくださいませんか?」

「そうだね。了解」


 麻由加さん……もといリンネルさんがウチのチャットルームに入室するにあたって、前もってセツナがファルケに伝えていると言っていた。

 週末の件は流れで言ったが彼女も同じく問題視していないようだ。正確には観光じゃないけどね。


「あとは若葉さんが一ヶ月お泊りする件ですが、ご両親が決めた以上どうすることもできないでしょう。私としては好きな人の近くに可愛らしい女の子がいるのは妬けてしまいますが」

「…………」


 冷静に、客観的に。彼女は物事の精査を行っていく。

 彼女は先程俺に思いを伝えた結果「好き」と告げることにためらいがなくなったようだ。

 肩同士を触れさせて見上げる視線。そして妬いてくれている事実にとても……かなり嬉しくなる。

 が、一方で回避出来ない事情ということも相まって無言で虚空を見つめるしかできない。


「そんな私のワガママは今はいいんです。それより今一番悩んでいるのは来春のことですか?」

「そう……だね」


 正確に今を示すと、悩んでいるのは麻由加さんから好きだと言ってくれたこの現状だが、今は棚の上に置かれた感がある。

 それを除くと間違いなく来春の件だ。行くか、行かないか。その選択権すら俺の手にあるということでどうするべきか非常に悩んでいる。


「そうですよね……。2年後かと思っていた進路選択を突然聞かれるくらいのものですから」


 そう。これは一種の進路選択だ。

 どちらかを選ぶことによって俺の人生は大きく変わるだろう。両方なんて都合のいいことは決してできない。2つに1つなのだ。


 俺の心境を読み取ってくれた彼女は身体を捻ってこちらを向き、メガネ越しの瞳をジッと俺へ向けてくる。

 まっすぐの彼女の視線に揺れ動く俺の視線。対称的な目の動きを交わしていると、「でしたら……」と言葉を重ねてくる。


「幾つかそのことについて聞きたいのですが、陽紀くんって特別東京に行きたい理由はあるのですか?」

「いや、それは一切ないよ」

「じゃあ断らず悩む理由については……」

「……若葉のキャリアのこと、かな」


 俺が悩む理由。それは俺の選択によって若葉の人生さえも大きく変わるという点だ。

 俺一人の人生ならどうだっていい。もはやゲームに費やしている身、正直将来もノリで決めたっていいとさえ思っている。


 一方咲良さんの言うことはかなりの説得力があった。アイドルとして一度は頂点に立った彼女は相当の才能を持っていることだろう。

 それをこんな片田舎で潰していいとは思えない。そして今この瞬間にもどんどん才能ある人が進出してきているのだから、あの世界に戻るのは一日でも早いほうがいいのだろう。

 だからだ余計に考えるのだ。俺の安易な選択で彼女の輝かしい人生を棒に振っていいのかと。


「では、陽紀くんはどちらにしたいのですか?若葉さんのことを抜きにして」

「俺は……」


 俺は再度考える。今度は若葉のことを考えず自分本位として。

 今は交通の便はもちろんネットも発達してる。東京へ行っても毎日のように、今まで通り遊ぶことはできる。

 それはここに居たって何一つ変わらない。つまり俺はどちらでも変わらないからこだわりがないのだ。だからこそ、周りに理由を求めてしまう。


「……たぶん、どっちでもいいんだとおもう」

「そうですか……」


 最終的に至った結論。どっちでもいい。

 聞く方からしたらたまったものではないと思うのだがそれが俺の自分本意な言葉だ。


 再び世界に静寂が舞い戻る。

 遠くでスズメの鳴き声が聞こえ、風に揺らめく葉の音が俺の鼓膜を震わせる。

 しかしそれも束の間。お互い正面を向き合っていると思えばふと手に暖かくて柔らかい感触が触れ、同時に彼女の「でも……」という声が聞こえてきた。


「でも……私はイヤです」

「麻由加さん……?」

「私のワガママですが、陽紀くんには東京へ行ってほしくありません。 だって行ってしまえば毎日会いたいのに会えない、やっと好きって伝えられたのにこうして手を取ってあなたの体温を感じることさえできなくなってしまうのですよ……」


 重ねていた手を持ち上げ、両手でギュッと握りしめながら告げられる言葉は彼女本意の言葉だった。

 俺が自分本位で考えたように、彼女は彼女の思いがある。そしてそれはなによりも、俺へと向けられる感情だった。

 ジッと見つめる瞳は震え、端からは涙が溜まっているようにさえ思える。

 優しい、相手を優先する彼女から伝わる自らの思い。それは俺の心を大きく揺らすには十分だった。


「麻由加さん……俺……」

「…………」


 ピッと。俺が口を開こうとした瞬間、彼女の指がそっと触れて口を開くのを止めさせられた。

 まるで言葉は不要かのように首を横に降った彼女はそのままゆっくりと立ち上がり脇に置いてあった荷物をまとめ始める。


「陽紀くん、これから少し……いえ、今日の学校一日抜けちゃっても構いませんか?」

「へ?学校? 俺はいいけど、麻由加さんは……?」

「私はいいのです。たまにしかしないので」


 そりゃあ、麻由加さんは普段真面目で成績もいい。一日程度居ないところで大したロスにはならないだろう。

 俺は当然そこらへんはアバウトだから問題無いのだが、どこに行くというのか?


「先程おっしゃられた東京行きの件、そして陽紀くんに好きだと言った返事を聞くために、答えを得に行くのです」


 まさかそんなものが……そんなものがあるというのか。


 そんな都合のいい物があるとは思いもよらず、座っている俺に差し出された手を無意識ながらにつかんで立ち上がる。

 手を繋ぎながら向き合う俺と麻由加さん。さっきとは打って変わってなにやら自信有りげな表情を浮かべる彼女は突然回り込む形で俺の横に移動しギュッとその腕に抱きついてきた。


 腕に絡まる彼女の手と寄ってくる身体によって伝わっていくる彼女の柔らかさ。

 さっきとは空気すらもかわって思いもよらぬ接触に目を丸くし思考にアラートが鳴り響いていると彼女はピッとまっすぐ扉を指差して自信満々に目的を告げた。


「ま、麻由加さん!?なにを……!?」

「そんなの決まってるじゃないですか。私たちはこれから学校をサボって、仮の彼氏彼女としてお街デートにいきます!」

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