095.探し求めていた答え


 私は彼の語る冒険譚を聞いてゲームを始めました。


 毎週委員会で会う彼。そんな彼とふとしたきっかけに話しはじめたのが、彼自らやっているゲームのお話でした。

 最初はちょっとした好奇心からの問いかけ。しかし話を聞く内に心躍り、彼自身とも話すようになり、彼に惹かれるようにもなりました。


 彼の話す物語が好きです。彼の匂いが好きです。少しおっちょこちょいで素直なところが好きです。いざという時は助けてくれるのが好きです。

 彼の隣にいると安心します。彼が喜んでいる姿を見ると自分のこと以上に嬉しくなります。

 つまり、私はもう彼のことがどうしようもなく好きになってしまっているのです。


 そして好きな彼の話を聞いている内に気になって、ついには手まで出してしまったゲーム、『Adrift on Earth』

 私は既にやり込んでいた妹の那由多の力も借りて未知なる世界へ飛び込んでいきました。

 那由多と、その妹が大切にしている仲間の皆さんの力も借りて私は初めてのゲームを楽しく、そして賑やかに進めることができました。

 もうレベルは60手前。最前線のレベル100に比べればまだまだ赤ちゃんみたいなものですが着実に、そして確実に近づけている実感もあります。


 全ては最前線の中でもトップのボスを倒した彼と一緒に遊ぶため。

 その為に皆さんとても良く優しくしてくださいました。

 特にセリアさん、彼は一番はじめから教えてくださった優しい方です。専門でもないのに四苦八苦しながら盾職について教えていただき、危険なところは身をもって教えて下さいました。

 まだファルケさんという方とお目見えしたことは無いのですが、アスルさんも私と同職ということもあって随分と気にかけてもらってます。



 そんな優しい方々がいらっしゃる那由多のパーティー。

 家ではゲームの話もよくするのですが、まさか家の外で……しかもよく知る人物がそれを口にするなんて。


 セツナ、アスルさん……そしてセリアさん。

 そのどれもが私もよく知る名前です。妹のキャラクター名にその仲間のお名前。それをまさかゲームの中だけでなく現実で耳にするなんて。

 それも驚くべきは場所と人物です。場所は私の好きな彼の家、そして人物は最近友人となったアイドルの女性と、私の好きな人。


 私は耳を疑いました。これは夢かと、幻聴とさえ疑いました。

 しかしどう足掻いても現実が、これはリアルだと告げてきます。さっきの言葉は聞き間違いではないのだと、無情にも耳元で囁いてきたのです。


 それは全ての点と点が線でつながっていくような感覚。

 彼がセリアさんだというのはある意味で腑に落ちた部分もあります。彼の持つ優しさ、面倒見の良さはそうそう他の人に出せるものではありません。

 声で気づかなかったのはおそらくマイクの問題でしょう。しかし腑に落ちると同時に幾つもの問題が同時に私の頭を駆け巡ります。


 1つの問題、は那由多のこと。

 そして妹のセツナはセリアさんが好き。それはつまり、那由多は私と同じく彼の事が好き……ということになってしまいます。

 もちろんリアルとゲームは別、ということもありえなくありません。那由多もゲーム上で好きなだけで現実ではそうでもないという可能性も有り得ます。

 けれど同時にあり得ないという感情も湧いてきます。だって私はあの子のお姉さんなのです。きっとセリアさんが好きということは中身の彼のことも好きなのでしょう。


 しかし、那由多は私が彼のことを好きという事実を見抜いていました。

 それは一体どんな感情で言っていたのでしょう。『自分の好きな人は姉も好き』という事実に一体どのように受け止めていたのでしょうか。


 そしてもう一つの問題は、彼が"知ってしまった"かもしれないということです。

 私は那由多経由でゲームを初める理由として1つの事実を教えていました。『委員会に好きな人がいる』と。

 つまりもし……もし彼がセリアさんで、その時のことを覚えていたとしたら、彼には私の好きな人が自分だと気づいているということに………………!!


「~~~~~~!!!」


 まさか起こりうると思っていなかった角度からの身バレに私は火を吹いたと思うほど顔を真っ赤にして唸り声をあげます。

 ここが誰もいない場所でよかったです。もし周りに誰かいたらきっと私は変な人だと思われていたでしょう。


 上を見上げれば青々とした雲ひとつ無い空が広がっています。

 ふと目の端に映るは空を自由に飛び回る鳥が二羽。あの鳥にとっては私の悩みなんてちっぽけなものだと思うでしょう。きっと心地よい風を浴びながら自由に飛ぶとどんな悩みだって矮小なものへと変貌するでしょう。


 あの時は突然の事実に驚いてその場から逃げ、今は見つからないようにとこんなところにいて。

 私、逃げてばっかりです。きっと私が彼のことを好きでも彼は逃げ回る私のことなんか好きと思ってくれないでしょう。

 そう考えると眼鏡越しに見える景色がぼやけてきてグッと目を閉じ溢れ出るものをせき止めます。

 今はダメ。そんなことで泣いてしまえば本当に私は彼に顔向けする自信を失ってしまう。そう自分の中で繰り返しつつ耐えていると、突然ここに繋がるたった1つの扉がキィィ……と音を立てて開いていきました。


「やっと見つけた…………」

「えっ……」


 それは今最も会いたくなかった会いたかった彼の姿。

 私は風吹く青空の下、大きく肩で息をする彼の姿がそこにはありました。



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



「はぁ……はぁ……麻由加さんは一体どこへ……」


 そこは人がどんどん入ってくる学校の昇降口。

 俺は学校中を駆け巡った後再びここへとたどり着いた。


 麻由加さんを探して数十分。普段の2倍くらい早い速度で学校へたどり着き心当たりのあるところをその足で駆け巡っていた。

 彼女の教室は行ったし図書室だって行った。保健室も行ったしもしかしたらと思って職員室にも。

 しかしどこに行っても彼女の姿は見つからない。もしかしたら学校外に出ていったかと思ったがそうとも違うようだ。昇降口にある彼女の下駄箱には間違いなく靴があって上履きがなくなっている。


 つまり学校にいることは確実だがその場所がわからない。

 もう考えうる場所は全て行ったはずなのにその姿が捉えられない。

 それとも女子トイレに行ったのかもしれない。それだったら俺は入ることもできないから見つけることはできないだろう。

 しかしその場合、どうやって見つけ出す?学校は広いが故にトイレの数も多い。張り込むのは不可能に近い。

 ならばどうしようとアテもなく校内を歩き回っていたところ、ふと目の前に一人の人物がこちらに向かって仁王立ちしているのが目に入った。


「おや芦刈君!こんなところで奇遇だねぇ。おはよう!」

「……おはようございます。 ―――委員長」


 その人物は俺が所属している図書委員のトップ。

 この学校の3年生で生徒会の人とも仲が良く、明るくていつもみんなのフォローをしてくれる頼れる先輩だ。

 そんな彼女がなにやら待ち構えていたかのような姿で立ち尽くしていた俺も思わず足を止める。


「どうしたんだい? なにやら慌てているようだったけど」

「いえ、ちょっと人探しをしてまして」

「そっかぁ………人探し、ねぇ……」


 俺のその回答になにやら意味ありげな視線を向ける図書委員長。

 なんだか含みを持たせた言い方だが、今はかまっていられない。俺は止めていた足を動かして通り抜けようとする。


「すみません急いでいるので。失礼します」

「――――あぁそういえば、今朝名取さんに会ったよ」

「っ……!!」


 名取さんに会っただって……!?

 彼女の横を通り過ぎた途端、聴き逃がせない言葉が聞こえてきて思わず振り返る。

 その顔はさっきと変わらぬ訳知り顔。まさか、俺の求めていることを知って……?


「委員長、彼女がどこに行ったのか知ってますか?」

「もちろん知ってるよ。でもゴメン、口止めされてるから場所を教えることはできないかな」

「………………そうですか」


 答えが目の前にあるのに、知ることができない。

 その歯がゆさにグッと下唇を噛んで耐える。

 しかし収穫もあった。彼女は間違いなくこの学校のどこかに居る。もう最初の授業まで時間がないがそれなら見つけることは不可能ではない。


「……わかりました。ありがとうございます。失礼します」

「あぁいや、待って。芦刈君」

「……なにか?」


 もうこれ以上得られるものはないと、少しの時間が惜しいと今度こそ退散しようとすると呼び止められてしまい振り返る。


「場所は教えられないけどね、あの時はハル―――生徒会長と一緒に居たときに名取さんと会ってね。丁度朝文化祭の片付けで使った場所の鍵を持ってたからそれを渡したよ」

「――――!!」

「ま、鍵を渡しただけでどこに行ったかは知らないけどね」


 なんともわざとらしく。もったいぶるような言い方で教えてくれるその真実に俺もすぐさま行くべき場所を特定する。


 生徒会長が持っていた鍵、そして文化祭の片付けで使う場所。そんなのもう殆ど答えを言っているようなものだった。


「ありがとうございます。図書委員長。 この借りはきっとまた別の機会に」

「それじゃあ2人仲良く手をつないで私のところへ挨拶しに来ること。ギスギスが一番イヤだからね私は」

「………はい」


 俺は一礼し、今度こそ彼女に背を向けて走り出す。

 場所は1つしか無い。以前も鍵を借りて二人きりの時間を過ごした場所、屋上へ。

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