094.当たって爆発しろ
ピンポーン――――
珍しく早く起きた朝、学校へ行く準備も終わりノンビリとコーヒーを飲みながらいつもの時間まで時間つぶしをしていたところに、そんな無機質な音が聞こえてきた。
これは我が家に誰か来たという合図、インターホンの音。リビングに全員集合していた全員がその音の発生源を見る。
朝ごはんも終えてゆっくりしていたとはいえ学校が始まる前。まだまだ朝早い時間だ。
一体誰だろう。ここのところグッズを買わない雪が珍しく何か買ったとか、母さんの趣味グッズとやらで宅配でも来たのだろうか。
それならば俺の出る幕はない。このままソファーにゆっくり背中を預けながら学校に行く時間まで優雅にリラックスを――――
―――なんて、いうはずもないでしょうが。
これまで数度、早朝インターホンが鳴ってロクな事が起こっていない。
俺は過去の経験から学ぶ男だ。普段来ないこんな時間からの来客なんて特に、厄ネタの気しかない。
でも、それはそれで1つ大きな疑問が残る。それは
チラリと視線をキッチンテーブルまで持っていくと全く心当たりの無さそうな顔をする若葉が目に入る。
これはつまり若葉は関係していない?
ならなおさらわからない。若葉の顔を見て1人、その母親の咲良さんが思い浮かんだが、あんな忙しい人がそう何度もウチに来ることも無いだろうと振り払う。
まぁ、ここで悩んでいても仕方ない。母さんも若葉も忙しそうだし俺が出ていくか。
「陽紀君、私出ようか?」
「いや、若葉はこれでもお客さんなんだからよっぽどじゃない限り俺たちに任せて」
「わかった。それじゃあお願いね」
さすがに彼女もそこらはわきまえていたのか素直に引き下がってくれた。
さて、誰が来るかな。咲良さんか、宅配か……それとも大穴か……。
「は~い」
「おはようございますっ!お兄さん!!」
「…………那由多さん?」
扉を開けた先で待ち構えていたのは茶色の髪を2つに纏めておさげにした少女、那由多さんだった。
その身は妹と同じ制服で包まれており、手を後ろに回しながら笑顔でこちらを見上げている。
「はいっ! それからぁ……あっちにお姉ちゃんもいますよ!」
「……麻由加さん?」
「お、おはようございます陽紀くん! その、勝手に玄関まで入っちゃってすみませんっ!」
「も~。お姉ちゃんは硬いなぁ。それくらいお兄さんなら許してくれるって! ね~お兄さん?」
「あ、あぁ……」
那由多さんに促された先、玄関の更に向こうにある我が家の門外には彼女の姉である麻由加さんが立っていた。
あぁ……あぁまさか2人だったとは!しかも片方が好きな人!変に疑ってしまったのが恥ずかしくなってくる!!
それに麻由加さん、ちゃんと門の外で待ってくれるなんて律儀だなぁ……。さすが真面目で優しいことはある。
「それで、どうしたの今日は?」
「やだなぁ、平日の朝早くに家に来る理由なんて1つしかないじゃないですか」
「たしかにそれもそうか。雪、呼ぶか?」
「はい!お願いします!!」
俺の呼びかけに元気いっぱいで答える那由多さん。
どうやら彼女は人前では本性……というのが正しいのかわからないが"セツナ"のように話すことはなさそうだ。
きっと何らかの事情があるのだろうしそれには乗るとして、リビングに聞こえるように妹の名を呼ぶ。
「あれ? 陽紀君、宅急便じゃなかったの?」
呼んだのは雪。しかしヒョコッと姿を現したのは妹ではなく若葉だった。
……あれ?そういえばこの状況ってやばくね?
よその女の子に、俺が女の子と……水瀬若葉と暮らしてるって知られたらなんて思われるだろう。
それがたとえ聖人のように優しい女の子でも良い印象は与えられないはずだ。しかも俺へ矢印が向いている(かもしれない)麻由加さん。矢印どころか嫌われる可能性だって……!!
「若葉、ちょ――――」
「あっ!麻由加ちゃんに那由多ちゃん!おはよう!」
間に合わなかったか……。
「水瀬……若葉……!?」
「若葉さん、どうしてこの家に……?」
「えへへ、ちょっとね。 それより那由多ちゃん!また会えて嬉しいよ~!あの時全然お話できなかったからさっ!」
これは―――セーフか?
『ちょっと』という言葉で止まっているということをごまかした若葉。
これはいけるか!?
「………どうも。 雪ちゃんはまだかかりそうですか?」
「え?うん。 雪ちゃんもいま急いで準備してるからもう数分で来ると思うよ?」
「……ふぅん」
どうやら話の流れ的にセーフそうだ!
しかしなにやら那由多さんの様子がおかしい。さっきまであんなに元気いっぱいだったのに若葉を前にした途端スンッとなってしまっている。
眉間にシワ寄ってるけど睨みつけているのか?それにしては迫力が全然ないが。
「ねぇねぇ陽紀君、私、那由多ちゃんに何かしちゃったかな?」
「いや、それはないと思うぞ……」
「そうかなぁ? でも那由多ちゃん、なぁんか引っかかるとこがあるんだよねぇ……」
那由多さんの対応の変化。それは当事者である若葉も過敏に感じ取ったようだ。
そして引っかかるもの。もしかしたらどこかで彼女をセツナだと思っているのかもしれない。
しかし真実をおいそれとそのことを若葉に告げることはできない。特に今は場を混乱させるだけだ。
「ごめんね待ったぁ~?」
「あっ!雪ちゃん!」
そんなこんなで少しだけ戸惑っている若葉を抑えていると、不意に後方の扉が開いて雪が姿を現した。
その姿は那由多さんと同じく制服着用。学校へ行く準備はバッチリだ。
「思ったより遅かったな、雪」
「……誰のせいだと思ってんの?」
「えっ?」
えっ、俺何かやらかした?
準備は済んでたハズなのに出てくるのが遅いから少しの疑問を投げかけたつもりが思いっきり睨まれてしまった。
「なんかあったか?」
「……おにぃのパソコンつけっぱなし」
「ぁっ…………。スマン」
「も~、大変だったんだからね。 パソコン落としたらアップデートかかって勝手に再起動しちゃうしもぅ」
まさか遅れた原因は俺のせいだったとは。
その時はスリープで全然良かったんだが、雪にそんな事言ってもわからないって一蹴されるだけだし素直に謝罪する他無い。
「まぁ間に合ったからいいけど。それじゃあ那由多ちゃん、そろそろ行こっか――――」
「――――あっ!やぁっとわかったぁ!!」
合流した雪がそのまま那由多さんのもとまで駆け寄ろうとした……その瞬間だった。
突如大きな声で何か判明したような声を上げる若葉。ビックリした……突然どうしたんだよ。
「いきなりどうしたんだ……?」
「どうしたもこうしたもないよ! 那由多ちゃんってセツナでしょう!?」
「!!!」
若葉が思い立ったように告げる言葉は、核心に至る一言だった。
驚いたように目を丸くする那由多さんは流れるように俺へ視線を向けるが慌てて首を横に振る。
俺は何も喋ってない!むしろなんで若葉が突然そんなこと言い出したのか驚いているのだ。
「なぁ、なんでそう思ったんだ?」
「えっ?だって焦った時の口調とか那由多ちゃんそっくりだし、それに陽紀君のベッドに那由多ちゃんの匂いも付いてたよ。これってそういうことだよね?」
「っ――――!!」
ゾッと。
背中全てにに冷たい何かが伝わった感覚がした。
まさに名探偵。人間業を越えた彼女のスキルに俺はただただ圧倒される。
確かに以前那由多さんは俺の部屋まで来てベッドに押し倒された。あれからそう日も経っていない。
昨晩俺は若葉に『セツナから告白された』と喋った覚えがある。それはつまりベッドの上で愛を囁かれたと、そういう意味合いだろう。むしろそういう感情がないと部屋まで来ない。
しかしそれだけで……それだけで特定できるものなのか?
身近だけれど遠いその名前。しかし見事言い当てられた那由多さんは目を丸くしていた。
声の大きさに驚いてかスズメたちが一斉に飛び立つがそんなの構う者などいない。ここの中心人物である那由多さん……セツナは目を丸くしたまま若葉を見つめていたが、彼女が意識を取り戻すよりも早く若葉が近づいてその手を取る。
「セツナ!会えて嬉しいよ! アスルだよっ!」
「えっ、あっ!ちょっ……!アスル!?なにを!?」
ようやく那由多さんが意識を取り戻した時には、若葉は彼女をギュッと抱きしめようと手を大きく広げる寸前だった。
手を広げてハグしようとしている若葉を必死に止める那由多さん。なんてことだ……知られてしまった。
「前車で私に言ってた事、アレ私が何者なのか知ってたんだよね!?なんで教えてくれなかったの!?」
「あ~もうっ!なんでバレるのよ!? そんなの機を狙ってたに決まってたじゃないっ!一番アスルを驚かせるいい感じのとこでバラそうと思ってたのに!!」
「そうだったの!? じゃあじゃあっ!陽紀君がセリアだってことも知ってるんだね!?」
「知ってるわよっ! 一番はじめに気づいたのあたしだものっ!」
どうやら彼女には彼女なりのバラすタイミングというものがあったようだ。
しかし若葉に押され押されてそれはご破産。もう諦めたように自身の計画を話し若葉のハグを受け入れている。
まさか会えると思っていなかった仲間に会えて若葉も随分嬉しそうだ。
力いっぱい那由多さんを抱きしめているせいで少し苦しげにしているが、ふと何か思い当たる事があったようで若葉の口から「あっ」と声が漏れる。
「そういえばセツナ。セツナが最近引き入れたリンネルさんはお姉さんって言ってたよね? 那由多ちゃんのお姉ちゃんってもしかして…………」
「あっ…………」
最後の感嘆の声は俺の台詞。
そういえば……ここには那由多さんだけでなく彼女も居るんだった。
少し離れた場所に立っている彼女。離れてはいるが確実に声は聞こえているであろう位置にいる彼女。
"彼女"も、その会話を聞いて目を丸くし口元を手で抑えていた。
そういえばアスルとセツナの名前が出た上、もう一つ名前が出た。その名は『セリア』。
俺の名前で間違いなく俺と『セリア』をリンクさせる言葉。
その言葉も当然、彼女の耳に入っていたようで――――
「そんなっ……うそっ……それじゃあ、陽紀くんが……セリアさん……?」
「麻由加さん…………」
「っ―――! ご……ごめんなさいっ! 私……先に学校行ってますね!!」
それは全てを理解したような顔。
驚きに満ちて信じられないという表情を抱えたまま、彼女は踵を返して走り去っていってしまう。
知られてしまった。バレてしまった。つながってしまった。
彼女の後ろ姿を俺は見つめたまま追いかけなかった。
否、追いかけることができなかった。足は動かずたどり着いたとこで何を言えばいいかわからない。
「おにぃ、追いかけなくていいの?」
そんな立ち尽くす俺を気遣ってかそうでないか、気づけば隣に雪が立っていた。
それができれば苦労しない。
さっき足が動かなかった理由もそうだが何をどう説明しろと。
そんな視線を込めて雪を見ると、さすがは生まれてからずっと一緒にいた妹だからか意思を読み取ってくれたようで呆れたように肩を上下させていく。
「はぁ……。おにぃってば変にごちゃごちゃ考え過ぎ。当たって爆発するのが仕事でしょ?」
「どういう仕事だよ。そもそも砕けるどころか爆発することが前提?」
「そうだよ! おにぃは爆発してなんぼなの!! いいから行った行った!どっちにしろ時間無いんでしょ?」
「えっ……あっ、そうだな! 行ってきます!!」
その言葉にスマホを取り出して時計を見ればいつの間にやら普段学校出る時間になってしまっていた。
慌てて出ようとすると雪から物理的に一発貰って学校までの道を駆け出していく。
追いつけなくても、せめて学校で彼女と話せるように。
そう考える俺の脳内は雪のお陰でごちゃごちゃ考えることなく走ることができる。
爆発は嫌だがせめて砕ける程度にはどうにかなれと、半ばヤケになりながら麻由加さんを追いかけていった。
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