092.チケット争奪戦
ここで現状、俺の中で抱えている懸案事項について纏めてみよう。
まず一番はじめとして好きな人である麻由加さんへの想いについてだ。
いつ告白するか、どうやってするか。それは最も大事で最も最優先に考えるべき事柄なのだが、逆に最も優先順位が低いといっても差し支えない。
次にセツナが正体が那由多さんかつ、彼女が好きだと言ってきたこと。そして姉であるリンネルさんが麻由加さんという事実。
続いて若葉が一ヶ月ウチで寝泊まりする事になったことに加え、週末東京行きが決定したということだ。
最後に若葉の母親、咲良さんに提示された来春東京に行かないかという提案もある。
これはまさかのルートによって若葉本人にバレた。しかし彼女自身はすぐに行く気はないと言っていたし一度腰を据えて話し合う必要がある。
計6件。
どれもこれも非常に悩むべき懸案だが、目下直近で考えるべきはファルケの件だろう。
詳しいことはまた明日メッセージにてと言い残し落ちていったファルケだったが、俺も俺で明日のことは明日の俺に任せようとベッドに飛び込んで寝てしまったのだ。
つまり何も決まっていない。進んでいない。もちろん、母さんの許可が降りなければ彼の頼みはご破産になるのだが。
そんな懸案事項山積みの中、俺はベッドの縁に腰を下ろし同じく座っている彼女と顔を合わせる。
今日これまで物置兼客間だったこの部屋で寝泊まりすることとなった若葉。彼女も女の子らしい寝巻きを着用し腰まで届く金青の髪を何も纏めることなくロングストレートとして垂らし、ベッドに腰掛けている。
今は午前2時。夜もすっかり更け普通ならば寝ているのが当たり前の時間帯だ。そんな中ふと起きていた俺とダンボールに向かって何かをしていた彼女が向かい合う。
そういえばこんな時間まで若葉は何をしていたのだろう。そう思ってさっきまで向かっていたダンボールに目を向けると、教科書とノートに電卓が広がっているのが見て取れた。
「勉強してたのか?こんな時間まで?」
「うん。……と言っても半ば趣味みたいなものなんだけどね。アイドル時代はレッスンとかずっとしてたからなにかしてないと落ち着かないんだ」
そう言って広げられているのを引っ張って見せてきたのはさっきまで勉強していたであろう簿記の教科書。
対するノートも数字やらがビッシリと。頭いいとは思っていたがこんな遅くまで勉強を……。
「……こんな時間まで勉強してるなら昼、俺が学校行ってる時って何してるんだ?」
「お昼? 色々だよ?午前中は走ったりして運動してるし、午後は勉強したり陽紀君のお母さんとお茶したり相場とにらめっこしたり」
…………なんだか知らぬ間に俺の母さんと密接な繋がりができているみたいだが、今はよしとしよう。
つまり俺が学校へ行っている間にも何かしらしているということだ。度々彼女は自らのことをニートと呼んでいて部屋でダラダラ過ごしていると思っていたが、その実態は常に何かしらのことを成しているみたいで舌を巻く。
アイドル時代はレッスン、そして休止した今も夜遅くまで勉強など。それはまさに――――
「若葉って……ワーカーホリック?」
「あはは。そうかも。 こっちに来た初日は本当にゆっくりしてたんだけど落ち着かなくってね」
仕事から解放されてもまた自ら動こうとする。その姿はまさにワーカーホリックのようであった。
俺がエブリデイ夏休みならば毎週末の休日の如くPCに向かって1日を消費できるのに。でもなんとなく若葉らしい。
「それより陽紀君は? 陽紀君は学校でどんなふうに過ごしてるの?」
「どんなふうにって、言うほどのことか?普通に授業受けてお昼食べて、偶に委員会出て帰るだけなんだが」
次彼女に問われたのはまさかの学校のことだった。
別に学校であったことなんて特筆すべきことは無いと思う。あまりに変化がなさすぎてずっと寝ていたいくらいなのに。
「言うほどだよ~。 例えば体育でこんな活躍したとか、麻由加ちゃんとこんなお話したとか、クラスの女の子とこんなことで盛り上がったとか、先輩の女の子に勉強教えてもらったとか!」
いや、なにそれ。
麻由加さんはともかく他の女子とそんな絡みないんだけど。そもそも女性関係ばっかりすぎやしませんかね。
「そんなのはないよ。俺、友達は少ないし体育もお察しだから」
「え~そうかなぁ? じゃあこれまでに女の子に告白されたことは?私以外で」
「記憶してる限りは一度たりとも……あぁ、一度だけあったかな」
一度とは懸案事項の1つ、セツナのこと。
その言葉を耳にした若葉は自分の予想していた答えが違ったのか一瞬だけムッとした表情を見せた後、すぐに顔を伏せて正面を向いてプラプラと放っていた足を動かす。
「ふ~ん。やっぱり陽紀君ってモテるんだぁ…………それで相手ってだぁれ?」
「い、いや!あの告白は事故というかなんというか……!」
「うんうん。それで相手は?」
「………………セツナ」
笑顔なのに裏でとんでもない圧を感じ、耐えきれなくなった結果すんなり喋ってしまった。
俺の口軽すぎない?いや、でもさっきのは無理だ。どうやってもアレは喋ってしまう。
しかし喋ったあとで背中に冷や汗が一筋伝うのを感じる。どんな反応をされるのか。怒るのか、泣くのか。予測できない未来に恐る恐る彼女の様子を伺うと「そっかぁ……セツナかぁ……」と呟きながら冷静に物事を受け取っていた。
「……若葉?」
「えっ?どうしたの?」
「いや、怒らないのかなって」
「怒る!?そんな事しないよ!無理やり聞いたのは私だし陽紀くんにも、もちろんセツナにも怒ることはないよ!」
それは……よかった、のか?
喋ってしまったことの罪悪感諸々が少し薄れたことでほっと胸を撫で下ろすと、彼女は軽い口調で話を続ける。
「大丈夫大丈夫。私はいくらぞんざいに扱われても健気に旦那をボロ布一枚で待っている、美しくて優しい健気な妻だから……グスン」
「…………」
……最初はへそを曲げられるかと思ったが、その言葉を聞いて即座に考えを改めた。
自分で何言ってるんだ若葉……。健気って2回言ってるぞ。
「いやっ!それよりそもそも妻なわけ――――」
「酷いわあなた! 私はこんなにもあなたのことを愛しているのに……あの子と一夜の過ちだけじゃ満足できなかったというの!?」
コレどういう設定!?俺相当クズ男になってない!?なんで突然寸劇が始まってるの!?
ヨヨヨと涙を流すフリをするも、本気でするつもりが無いのか演技がやけにワザとっぽい。その上どこから取り出したのか目薬まで完備だ。
ってそうじゃない。今はあのことを伝えておかないと。
「寸劇はいいんだ寸劇は。 それより若葉、今週末のことなんだが」
「今週末? もしかしてデートのお誘い? いつでもいいよ!どこに行こっか!」
「いいや、そうじゃなくてだな」
話題を切り替えるように週末のことを持ち出したら目元に付けた目薬をピッピッと弾いていつもの笑顔を見せつける。
しかしデートでは無いとわかるやいなやその明るいオーラが途端に陰りが差してくる。きっと耳としっぽがあればわかりやすいくらいにしなってくれただろう。
デート……デートか。
その言葉で思い出すのは先程の夢での出来事。若葉も外見を気にせず外を歩けられればいいのにな。
でもそうしたらあんな風に甘えてくるわけで……そう考えると少し気恥ずかしくなり、つい照れ隠しで前髪をいじってみせる。
「週末ちょっとファルケに呼ばれてな。東京行ってこようと思うんだ」
「ファルケに!? 会いに行くの!?」
「あぁ。頼み事があるから是非会えないかってな」
告げるのは先程お願いされた東京行きの件。
同じチームに所属しているのだからコレくらいは伝えておくべきだろう。
「ファルケかぁ……私も偶に話すけどちょっとよくわからないんだよね。女の子っぽいけど男の子っぽくて、学生っぽいけどそうじゃないような……」
「つまりわからないってことね」
「うん……。でも東京行きはわかった! 私もおすすめのところあるから案内するね!」
「おぉ頼…………いや、行くのは俺一人だぞ?」
「えっ―――――――」
いや、当然でしょう。雪だって一人で遠征するんだ。俺だって東京くらい行くことはできる。
なのに何故そんなこの世の終わりみたいな絶望顔を。
「だ、ダメだよ! 人がいっぱいいるんだよ!陽紀君が一人で行ったら見知らぬ人に襲われちゃう!口塞がれて狭い路地に連れ込まれてあんなことやこんなことを!!」
「東京修羅りすぎない? ファルケもいるし大丈夫だって」
「むー!」
修羅るってなんだよと自問自答。
しかしファルケに一人でと言われてるんだよな。だからいくら言われたって若葉を連れて行くことは叶わない。
「学校もあるから1日……もしかしたら2日になるかもしれないけど大丈夫だって。ファルケにはよろしく伝えておくから」
「………わかった」
非常に不服そうな顔を見せつけてはいるが、こればっかりは仕方ない。
俺は交わされる会話で次第に眠気が迫ってきていることに気づいて立ち上が―――ろうとするも、それはふと引っ張られる感覚によって阻まれた。
「若葉?」
「わかったけど……その、1つだけお願い事して、いい?」
立ち上がった俺の袖をつかんでいたのは少しだけ肩を落とした若葉だった。
さっきまで明るい表情には少し寂しさを感じさせるものになっていて、控えめながらしっかりと指先で服を摘んでいる。
「……お願い事?」
「うん。片手をまっすぐ前に出していてほしいの」
「? こうか?」
改まって言われるお願いに何かと思ったが、まさかのお願いに少し拍子抜けしてしまう。
どんな大それたことを言われるかと思いきやそんな簡単なことなら全然いいけれど。
「ありがと。それじゃあ、失礼するね」
「っ…………!」
「ん…………あったかい」
片腕を正面に伸ばした俺へ何をするかと思ったが、同じく立ち上がって向き合った彼女は伸ばされた手首を両手で持ち、俺の手のひらを自らの頬へと押し当てた。
手から伝わる彼女の柔らかな顔の感触。まさに甘えるようにギュッと押し当てて目を細めた彼女は次第に満足したようにそっと手を離す。
「ありがと。東京も行ってらっしゃい!」
「あ、あぁ。 行くと言っても週末だけどな」
「うん!」
今度こそ笑顔で手を振って見送ってくれる若葉に背を向け、もう一度寝ようと彼女の部屋を出る。
そして残った若葉は一人になったことを確認しスマホを取り出す。
目的は当然先程聞いた情報。即座に自分が何をすべきか判断した彼女は早速、東京行きのチケット取得サイトを開くのであった。
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