091.不思議な世界


「陽紀君! 次はあっち見に行ってみよう!」

「そうだな。あっちは……スイーツのエリアか」


 とあるショッピングモールを俺は少女とともに歩いている。

 この街の中では比較的大きなショッピングモール。中には様々な店が出店していてゲームや雑貨、服などを見て回っていた。

 一通り服を見終えた彼女が次と指を指した先はフードエリア。その中でもスイーツが多く立ち並ぶ場所だ。


 俺は隣の少女……若葉とともに道を歩く。

 少し視線を下げれば腕にギュッと抱きついている彼女が楽しそうにしているのが目に映り、視線に気づいたのか顔を上げて目を合わせればまた随分な笑顔を見せてくれた。

 普段帽子をして隠している金青の髪を解き放ち、その服もいつか見たライブで着用していたフリフリのステージ衣装そのままだ。

 つまり明らかに今の彼女はアイドルとしての水瀬 若葉を象徴するような格好。たとえ本人でなくともコスプレかと思うくらいに目を引くほどの目立つ衣装。しかし周りの人は何一つ気にすることなく俺たちの横を通り過ぎていく。


「あっ!このお店出店してたんだ!」

「知ってるのか?」

「いつだったかのロケで差し入れしてくれてね、すっごく美味しかったからいつか行きたいなぁって思ってたの!」

「そっか。じゃあ並んでみようか」

「うん!」


 道行く人同様に何も気にしていない彼女が指さしたのは、最近出店したらしいシュークリーム専門店。俺も何かで特集されていたのを見た覚えがある。

 しかし美味しいものには人が集まり、更に人が人を呼ぶ状況でレジの前には随分と列が形成されていた。普段なら億劫になる列だが、若葉がいうならば俺も興味がある。


「えへへ!楽しいね、陽紀君!」

「そうか? ただ並んでるだけだろ」

「それでも楽しいの!私にはこうして遊べる日がなかったんだから!」


 ただ並んでいるだけなのに笑顔をみせてくる若葉に俺も苦笑する。

 ギュウッ!と腕に抱きつく力を強めて頬を擦り寄せてくるものだから何も言えない。

 若葉はずっと忙しくて休止するまでは……そして休止してからも人目を気にしてあんまり遊べなかったもんな。



 …………あれ?そもそも俺、なんでこんなところで若葉と2人いるんだっけ。

 それに周りも。なんでこんな有名人がすぐ近くにいるのに誰一人として反応してないんだろう。


「陽紀君! もう列進んじゃってるよ!早く!」

「あっ!悪い!」


 どうやら列が長くてもそれを掃くスピードが早くどんどん進んでいたようだ。

 物思いに耽る俺へかけてくる声に慌ててついていくと、次第に先頭までの距離が短くなりレジまでたどり着いた。

 もうすっかりさっきの考え事なんか忘れてしまった俺は目当てのものを注文し、早速近くに設置されていた椅子に腰を下ろして袋の中の買ったものを取り出していく。


「ん~!おいし~!」

「あぁほら若葉、早速頬にクリーム付いてるぞ」

「えっ!?ウソ!? 取って~!」

「はいはい。じっとしてろよ」


 早速シュークリームに舌鼓を打っていた俺たちだったが、一口目から美味しさに身悶えする若葉の頬にしっかりとクリームが付いているお約束に肩を上下させた。

 その箇所は頬に最も近い口の端っこ。自分でやればいいのに取ってと甘えてくる若葉に、俺は特に抵抗することもなくティッシュ片手に近づけたところで…………ヒョイッと若葉の頭が逆方向に動いてクリームのキャッチを阻止された。


「………若葉?」

「そうじゃない……そうじゃないんだよ陽紀君。 ほら、こういう時はわかるでしょ?」


 そんなものわかるわけ…………なんて思考が普段ならば浮かぶが、この時の俺は何故か答えが即座に頭に浮かんでいた。

 

 彼女の求めるものは舐め取ってほしいということ。

 "何故か"答えを理解していた俺も「しょうがないなぁ」とつぶやいて腰を浮かす。

 ゆっくり……ゆっくりと彼女に近づける俺の顔。一方若葉は目を瞑ってじっとしているだけで動く気配がない。そのことを好機を見た俺は、口の先を突き出して若葉の口元へと―――――――――





「っ………………!!」


 バッと。

 大きく身震いさせて目を開いた。


 そこは喧騒溢れるショッピングモールではなく俺の部屋。視界に広がるは真っ暗になった天井。

 視線を左右に揺らしてもそこに客や店員はおろか彼女も居るはずはなく、たった一人仰向けになっていることを確認してダラダラと汗が吹き出してくる。


 これは…………やっちまった!

 なんて夢を見てしまったんだ!

 麻由加さんの事が好きな俺が!よりにもよって若葉とデートしている上に!あまつさえキスまでしそうになるなんて!!


 なんでこんな夢を見てしまったのか……いいや、答えは単純。今日からひとつ屋根の下に彼女がいるからだ。

 わかりきっていた答え、そして見るとは思わなかった夢を見た俺はムクリと身体を起こし冷たいフローリングにペタリと足裏を触れさせる。

 あまりに衝撃的な夢を見たせいで変に目が冴えてしまった。水でも飲んでこよ。




「…………ん?」


 水を飲みに1階のリビングへ足を伸ばそうとした俺は、廊下に出た瞬間小さな声を上げた。


 我が家の2階には部屋が4つある。

 まずは言うまでもなく俺の部屋、そして雪の部屋、更に両親が寝る寝室に、物置兼書斎兼客間だ。

 今日から泊まる事となった彼女はその客間で寝てもらっている。物が色々あるがそれはおいおい片付けるとはいえ、夜を過ごすぶんには問題ないからだ。

 ベッドはあるがテーブルや鏡、クローゼットなどはない。それでもいいと彼女は快諾してくれたため、とりあえず寝てもらっている。

 そんな客間から光が漏れていた。さっき起きたときチラリと時間を確認した時には2時を越えていた。高校生でもさすがに寝る時間。もしかして電気つけたまま寝落ちしてしまったのだろうか。


 そう思って階段に向かうことなく客間に向かい、音を立てないようそっとドアを開けて中を覗いてみる。

 しかし、現実は彼女が寝落ちしたとかそういうことではなかった。ほんの数センチだけ開けて見た客間には膝丈ほどのダンボールに向かい、何か手を動かしている若葉の姿があった。

 あれは……勉強か?冷たいフローリングにクッションを引くこともなく正座し環境も悪いであろうダンボールに何かを広げて手を動かしている姿はまさしくそうとしか思えなかった。


 寝ているかと思ったが起きていた。とりあえずその事実だけを理解した俺はそっと扉を離れようとしたところで、ペンらしきものを置いた彼女は一息ついて言葉を告げる。


「陽紀君、入ってきてもいいよ」

「…………気づいてたのか」


 邪魔しないように、早いとこその場から立ち去ろうと思っていた俺だったが、その言葉を受けたからには諦めて扉を開く。

 改めて見ると物に溢れた部屋の片隅で正座し、ノートを開いて明らかに勉強している若葉が落ち着いた様子でこちらを見つめていた。


「だってあんなに熱を帯びた視線で見られてたんだもん。ついに来てくれたのかな~って思ってたんだよ?」

「そんな熱持った覚えが無いんだが……」

「冗談だよ。 ねぇ、丁度いいところだし少し話さない?目、冴えちゃったんでしょ?」


 フローリングから腰を浮かせた彼女はそのままスライドするようにベッドの縁へ。

 同じくこちらへ座れとポンポンと叩きながら促してくる彼女に俺もゆっくりと近づき腰を下ろす。


「どうしたのこんな時間に? 怖い夢でも見ちゃった?お姉さんが慰めてあげよっか?」

「いや、そんな夢は見てないし、そもそも若葉ってお姉さんって感じがあんまり……」

「え~!ひど~い! これでも陽紀君よりひとつ年上なのに~!」


 率直な感想を告げる俺とそれに憤慨する若葉。


 そうだ、すっかり忘れてた。若葉って年上だったんだな。

 あまりにワンコがすぎて記憶の彼方だったわ。


「だったら敬語のほうがいいですか? 若葉先輩?」

「……一瞬アリかなって思ったけどいつも通りでいいや。陽紀君はいつも通りがカッコイイよ」

「…………そうかい」


 おちゃらけて少し冗談交じりに告げたはいいが、あまりに大人な答えが返ってきてつい答えがぶっきらぼうになってしまう。


 ……その攻撃はズルくない?

 唐突にカッコイイとか不意打ちを喰らった気分。


 こんにゃろ。だったら…………


「今の若葉は随分と大人びて綺麗だな。さすがお姉さん」

「えっ!?そう!? そうかなぁ……私、綺麗かぁ………。うぇっへへへ…………」


 前言撤回。随分と顔が緩んで大人びた感がなくなった。

 どうやらまだまだ若葉にお姉さん感は似合わないと、俺は静かにしみじみするのであった。

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