090.直近過ぎる依頼
誰もいなくなった部屋で俺は一人PCに向かう。
カタカタと慣れた手付きでキーボードやマウスを操作して眼の前の画面を動かしていく。
俺の手付きに対応するように動くのは自キャラであるセリア。
押したボタンに対応する動作をし、前後左右に動くのはもちろんジャンプや飛行も思いのままだ。
ボタンをワンクリックで強大なスキルを使用することもできるし、少しのお金さえ払えば様々な街へひとっ飛びすることができる。
もうすっかり慣れた操作で地図を開いて出てきた敵を一掃し、目的である宝箱の中身を確認してから肩を上下させる。
今日もやっぱりアタリの品は出てこなかったか。
あの時アスルとセツナから装備を貰ってからなんとなく欲が発生し、どうせなら全部位桜花装備を揃えたくなった。だから今もこうして一人宝の地図を漁っているがなかなか目当てのものに出会うことができない。
さすが現状最高レアアイテム。高額ということは市場に流通する数も少なく、少ないということは限りなく排出確率も絞られているはずだ。
だからそう簡単に出ないということもわかっているのだが、欲が出るとどうしてもハズレた時落胆してしまう。
当たらないなら買えばいいじゃないということも考えられるのだが、そもそもそんな金はない。
さっきチラリと若葉に聞いてみたが、彼女もあの一回以来当たったことはないらしい。
そんな彼女も今はインすることなく1階のリビングに居る。時折雪たちの楽しげな笑い声が聞こえるのがその証拠だ。
ログインリストを見てもセツナやリンネルさんは来ていないらしい。……いや、来たとしても何を話せばいいのか非常に困るのだが。
セツナとリンネルさん、その正体は那由多さんと麻由加さんでほぼほぼ間違いない。こんな身近で集まるのはもちろん、好いている人なのだからボイチャ越しで何を話せばいいのかさっぱりわからないのだ。
昨日は俺がインしなかったし、今日は2人がしていないというすれ違い生活だが、いずれはぶつかる時が必ず来る。その時何を切り出せばいいか考えるもダメそうだ。いい考えが全く浮かばない。
勝手知ったる感じでリアルのように話しかけてもいいのだろうか。いやしかし、麻由加さんがこちらの正体を知らないのだから困ってしまうだろう。
知ってるがゆえに湧き上がる幾つかの問題。そんな問題にゲームをしながら頭を悩ませていると、ピコンと1つ通知音が聞こえてきた。
「あれ? これは…………」
それは俺たちメンバーの誰かがログインした合図。
アスルは下だからあり得ない。ならセツナかリンネルさんかどちらかと思い確認すると、思わずその希少さに二度見してしまった。
まるでツチノコでも発見したかのような二度見の仕方。
普段ならば1秒と出すことのないリストだが今回ばかりは10秒近く表示されてしまった画面。
そして誰が入ってきたかを確認した俺は急いでマイク等を準備しボイスチャットへと入室していく。
「もう……一ヶ月は越えたか? ずいぶん久しぶりだな…………ファルケ」
ボイスチャット越しに語りかける名前はもうずいぶんと久しい期間見ることのなかった名前。
アフリマンを倒して以降、人づてに忙しくなったと聞いていた仲間の一人、ファルケだった。
彼は久しぶりのゲームで少し手間取っているのかマイク越しにガチャガチャと音を鳴らしながら『あ~』だの『ん~』だの聞こえてくる。
「……よし。この声はセリアか? 久しぶりだな」
「あぁ……本当に」
返ってきたのは間違いなくファルケの声だった。
落ち着いた男性の声。冷静さを感じさせるその声は悩み事に溢れている俺の心を落ち着かせてくれさえした。
随分……随分と待ったよ!ファルケが来てくれるまで男女比とんでもないことになってたんだからね!!
「久しぶりだがファルケ、仕事は落ち着いたのか?」
「いんや? むしろ現在進行形で忙しいな今も」
「なんでインしたし……」
これからは存分にインできると思ったが違うようだ。
くそう……これからは5人一緒だと思ったのに。
「忙しくてもポッカリ時間空く時があるんだ。そういう時にインして最低限の地図くらいはやってるんだよ」
「そっか……」
彼のログを見る限り、これまで週一程度だがログインしている形跡はあった。
しかし平日の昼間とか俺が確実にいないタイミングで。さらにごく短時間だったからカウントしなかったが今日も同じなのか。
「あ~……そういえば新しく人、入れたんだっけな。リンネルだっけ?」
「えっ? あぁうん。リンネルさん。セツナのお姉さんだってさ」
「どうだ?才能ありそうか?」
話題を変えるように彼が言葉を選んだのは新しく入ったリンネルさんだった。
結果的にファルケと入れ替わるような形となってしまったリンネルさん。彼の言う才能とは続けられるかとかゲーム自体の上手さとか複合的なものだろう。
「うん。さすがはセツナのお姉さんって感じ。教えたことは何でも吸収するし、すぐ俺たちに追いつきそう」
「凄いな。ならアスルがメイン盾を降りる時代も近いってか?」
「どうだろうな。仮にもアフリマンを倒した実績あるんだし、そう簡単にはいかないだろ」
「ははっ! そうだな」
リンネルさんがかつ未来も考えられるがまだアスルのほうが優勢だろうか。冷静に分析すると彼の笑い声が聞こえてくる。
あぁ、やっぱりこうやってとりとめのない会話をするのは楽しい。
これまで女性陣からいいようにやられてきたからな。本当に雑談って感じで新鮮だ。
「ははは…………」
「……? ファルケ?」
しかし俺の思いとは裏腹に彼の思いは違ったようだ。
ふと出る彼の乾いた笑いに俺は思わず疑問を呈してしまう。何か抱えている物があるかのような、そんな笑い方。
「それだけ新入りが上手なら、俺の出る幕はなさそうだ」
「出る幕……? いや、それは…………」
ポツリと出た独り言のような言葉。
その言葉に俺の脳は考えたくない結論を導き出した。できることなら避けたい。むしろずっと一緒に遊ぶためなら避けなければならない、そんな言葉。
「…………ファルケ、お前ゲーム辞めるのか?」
確かめるように、俺は続けて言葉を紡ぐ。
まるで自分がお役御免とでも言うような発言。
オンラインゲームにおいてその意味は1つしか心当たりがなかった。
後任に自分の席を譲る。彼はもしかしてその意味を持って出た言葉なのだろうか。その返事は随分と待たされた後にゆっくりと出てきた。
「………可能性の一つとしてはな」
「どうして……って、聞くまでもないか」
「あぁ」
理由は仕事が忙しいため。
このゲームは比較的一時休止しても復帰しやすいゲームだ。
しかしどんなものにおいても一旦退いたものにまた戻っていくのは心理的なハードルがグッと高くなる。
つまり彼が引退してしまえば戻ってくる保証はないのだ。この会話が今生の別れになる可能性だってある。
……だがまだ可能性の1つだ。それはまだまだ他の手だってとれるということ。
「他の可能性は?」
「あぁ。今日はそれについてセリアに話しに来たんだ。 いてくれて助かったぜ」
「俺に?」
彼の目的は俺だった?
それに目的はゲーム引退とはまた別の可能性について。それはつまり……彼自信もゲームを辞めたがっていないということ!
「それが、少しいきなりで厄介な頼み事でな……」
「おぉ! 何でも言ってくれ! もちろん犯罪にならないくらいで!」
「いいのか?」
「もちろん!」
彼が引退する以外の道があったことを知り俺はつい熱くなる。
俺はこのメンバー全員、誰一人欠けてはならないと思っている。ファルケもアスルもセツナも、もちろんリンネルさんも。
そこに中身なんて関係ない。ただゲームをする上でもっと一緒に遊んでいたいのだ。
「……助かる。じゃあ早速だが今週末の土曜日、東京まで来てくれ」
「わかった!土曜日に東京な! ―――――へっ?」
その言葉はあまりに近々で、あまりに突拍子もない頼み事。
俺はファルケの言葉に思わず呆けた声を出すのであった。
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