087.好みの服


 先程まで行動をともにしていた少女が妹へ語り継いでいる頃。

 少年は寒空の下を1人帰路についていた。

 もうすっかり暗くなった秋とも冬とも取れる空の下。太陽が出ていた時はまだ暖かさもそこそこに動けば少しだけ汗ばむ程度だったものの、いざ太陽がいなくなれば厚着でないと凍えてしまうんじゃないかと思えるくらい寒暖差の大きいこの季節。


 生まれてから今日までの十数年間、何度も何度も通り慣れた道を歩いてすっかり見慣れた家の前へと到着する。

 窓から漏れるは暖かな家族の光。きっともうみんな帰ってきているのだろうと思って少年は我が家の扉を開ける。


「ただまー」

「ん? おかりーおにぃ。遅かったね」


 俺が玄関の扉を開けると丁度いいタイミングで出会ったのは雪だった。

 丁度リビングから出てきたところだろう。タプタプとスマホを操作しながら出てきたところだったが俺の存在に気づくと顔をあげる。


 もうどれほど見たことか数えたことすら無い妹の姿。けれどいつもと違う様子に、俺も思わず「ん?」と声を上げる。


「雪、そんな服持ってたっけか?」


 俺が指摘したのは今現在雪が着用している服のこと。

 何の変哲のないただの洋服だが、少なくとも俺にとって違和感を覚えるものだった

 普段は雪の服なんてどうだっていいのだが今回は少し違う。いつもヤツは白とか黒とか紺とか俺に似てカジュアルな服装を好むのだが今回は赤なのだ。

 白いトレーナーにキュッと締められた腰から続くロングスカート。スカートが赤のチェック柄で随分と派手目に見える。


「ん~?……おにぃはこの服どう思う?」

「いいと思う。もう冬だし活発な感じも出て似合ってると思うぞ」

「………はぁ。なんであたしにはそう自然に言えるのに他の子たちにはねぇ」


 普段見ない雪の新たなファッション。無難に褒めたハズなのに返ってきたのは大きなため息だった。

 はて、なにか褒め方間違っただろうか。問題なく素直に褒められたと思うけど。


 大きめにわざとらしくため息をつく雪に疑問符を浮かべていると、突如ドタドタと誰かが走る音が聞こえてきた。

 音の発生源は2階から。バタンと扉の開け閉めをする音の後には階段を駆け下りる気配が迫ってきて――――


「おかえりなさい陽紀君! ご飯にする?料理にする?そ・れ・と・も~」


 ――――バタン。


 上から駆け下りてくる人物。その姿を見た俺の行動は自分でも驚くほど早かった。

 帰ってきた時に閉めた扉。それを再び開き、外から入ってくる冷風を身体に浴びながら最小限の開け閉めですむように身体をスライドさせて外へ出る。

 それからは優しく扉を閉めて出来上がりだ。


 しまった。そうだった。

 今日から"彼女"がいるんだった。

 名取さ……麻由加さん関連ですっかり頭から抜け落ちていた。


 さて、せっかく家に入るのを諦めて外に出たわけだし、俺は1人夜の街へと――――


「もうっ!なんで閉めちゃうの陽紀君!!」

「!?」


 俺が家の敷地から出ようと一歩足を踏み出したタイミングで家から件の"彼女"までも飛び出してきた。

 白と黒のフリフリで膝丈までのスカート。頭には白いキャップを付けて首元にはリボンを付けたその格好は…………


「……なんでメイド服?」

「え~!? だって陽紀君!?メイド服好きなんじゃないの!?」


 好きでも嫌いでもないんだが。

 確かに可愛いと思うし似合ってるとも思う。でもだからってメイド服自体に特別な感情は持ち合わせていない。


「え、おにぃ。あれだけ麻由加さんに興奮してたのにメイド服好きじゃないの?」

「雪……」


 若葉の後ろから聞こえてきた声でわかった。なるほど、犯人は雪か。

 そして若葉がこの服を着た原因は以前のお泊り会でのことだろう。

 そういえば以前麻由加さんにメイド服を着させて二人きりにさせる罰ゲームを遂行させられたっけ。

 確かにあの時は色々と最高の時間だったけど……。


「あっ、もしかしておにぃ、胸が大きくないとダメなんだとか!?」

「そうなの陽紀君!? だから家を出るほどショックを受けて……ゴメンねぇ陽紀君……!私のなんかじゃ全然……麻由加ちゃんの足元にも及ばなくってぇ…………!!」

「ちょっ……!なっ……それは…………っ!?」


 2人とも外でなんてこと言い放つんだ!?

 外に人は見えなくてもお隣さんとかに聞かれてるかもしれないんだぞ!?


「おにぃ……せっかく来てくれた若葉さんになんて仕打ちを……」

「いいの雪ちゃん。陽紀くんがお胸しか見てないのは分かってるから。何をされたって私は構ってくれるだけでいいの……」

「事実無根が過ぎるだろっ! 俺も戻るからふたりともさっさと家入るっ!!」

「「は~いっ!!」」


 元気よく返事をしやがって……最後の方演技がわざとらしすぎるんだよ。

 まるで本当の姉妹のように「寒い寒い」と言いながら家へ戻っていく雪と若葉。

 俺も肩を上下させながら一旦辺りを見渡して家へ戻っていった。



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



「……そういえば今日から若葉がウチに泊まるんだってな」

「そうだよ~! だから粗相があっちゃいけないってことで若葉さんにはメイド服を着てもらったの!」


 外とは違い暖かな空気で充満された我が家のリビング。

 ようやく落ち着くことのできた俺は2人の姿を目に収めた。

 メイド服姿の若葉と普段着ないような服を来ている雪。そんな視線に気が付いたのか雪は思い出したかのように自らの赤い服を軽くあげる。


「そういえばこの服、若葉さんに借りたものなの。若葉さん、おにぃが似合ってるって言ってましたよ!」

「そうなの!? よかった~!メイド服じゃなくっても問題なさそうだね!」


 何度も言っているがメイド服に特別な感情は持ち合わせていないというに。

 しかし好み抜きにしても若葉の格好は似合っていると思う。元々素材がいいのだ。何を着ていても似合うというのはあるが、露出は少なく活発さを感じさせる格好は彼女にピッタリだ。


「なぁに~陽紀君。やっぱりこの服似合ってるって? 陽紀くんだったらいつでもギュってしてくれてもいいからね!」

「にっ、似合ってると思うがそういうのはしないからな」

「む~! 陽紀君のケチ~!」


 なんとでも言ってください。

 手をまっすぐ上げられてウインクされちゃ思わずドキッとしちゃったじゃないか。

 そんな折、キッチンの方から一人の足音が近づいてくる。


「ほらほら2人とも、陽紀は帰ってきたばかりなんだからゆっくりさせてあげちゃいなさい。陽紀も先にお風呂入ってきちゃいなさい」

「母さん……」


 はしゃぐ2人を窘めてくれたのは母さん。そのまま俺を風呂は入れと促してくる。

 夕飯は……まだ時間かかりそうだな。


「了解。じゃあ俺は風呂入ってくるよ」

「あっ!じゃあ私はメイドさんだから陽紀君の背中を流しに――――」

「一人で入ってくるよ」

「――――む~!」


 後ろからむくれた若葉の文句の声が聞こえてくるが俺は構わずリビングからお風呂場へ向かう。

 今日から始まった彼女との共同生活。幸先こんなので一抹の不安を抱えな――――


「いいもんっ!これからの同棲生活、いっぱいチャンスあるもんね~!」

「ちょっ……! ど、同棲じゃないから!!」


 最後の最後でトンデモ無いことを言い出す食客・・

 ドヤ顔で仁王立ちして見せる若葉を見て、不安は一抹どころじゃないと確信するのだった。

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